もうすこしいればいいのに、とすすめてくれる夫婦に頭を下げて、街灯がともる夜道を歩き出した。

負ぶりなおした弟の寝息が耳元で僅かに白くなり、目の前を霞ませた。背中ばかりが温かく、顔も足もひどく悴む。泣きつかれて眠ったせいか、寝息に笛がなるみたいな間抜けな音がまじっていて、小さく口笛を吹いた。 ふと身じろぎをするのに起きたのかと声をかけると頷くのがわかる。

「帰るの」
「ああ」
「ふうん。……さっきの、なに」

さっきのって、と足の下で真新しい霜柱がくだける小さな音がした。

「笛みたいな」
「ああ、口笛だ」
「どうやるの」
「オレはあまりうまくない」
「でも出来てる」
「それより起きたなら下りろ」
「教えてよ」

教えるから、というと寝起きのわがままかごねていたのがようやくに背中から足を下ろす。

「口をすこしすぼめて、息を吸うんだ」
「……そんなんじゃわからないよ」
「だからあまりうまくないって言っただろう」

なんだよ、と足元の水たまりの氷を弟の踵が踏み砕く。すべるぞ、と言う前に思い切りすべって転んだ。

手を差し出す前に立ち上がった弟はズボンの汚れを払って俯く。性懲りも無く口笛を鳴らそうとしているのは気配でわかった。

「舌も多分、使う」
「した?」

いった途端、短い、鳥のさえずりのような音が夜気にかぼそく響いた。

「鳴った!」
「ああ」

ふりむいた弟が、赤い頬をして笑い、静まり返った道に笑い声が響く。どこかの枝から雪の塊が落ちる音がした。冬の雀のさえずりのような音だった。

帰り着いた玄関にはもう明かりが点っていた。空気があまり暖かくないから、母が帰ってからあまり時が経っていないことが知れた。泥のついた靴を脱ぎ捨てて母に抱きついた弟が、口笛を吹けるようになった、と告げるとよかったわね、と柔らかい声で言う。

「ほんとだよ」
「でも夜は駄目よ」

夜にはしないで、と母はいって弟の頭を撫でた。

「人攫いが来るから、もうやっては駄目よ」





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