「あんたは結局、正論しかいわないよな」
ひどい既視感にカカシは戸惑う。めずらしく饒舌なサスケの顔はひどく穏やかだった。 十四年、あんたより遅く生まれてきたから、しょうがないんだと思う。だけどオレだってガキなりに思考したし、想像もした。それらを『経験がないから』の一言で終わらせられて、『お前にはわからないんだからしょうがない』って言って、そのくせわからないのが嫌なんだよな。そう言われたらオレはどうすればよかった?オレになにができた? 「それは」 「ちがかったって言えねえだろ」 結局、あんたはオレを一人前に見れないんだろうな。 わかってないかもしれねえけど、あんたさ、いっつも訊くんだよ、『どうしようか』って。昔は訊かれもしないで決定事項の命令しか言われなかったから、さいしょは、オレも認められたかって思ったんだ。だけど違うよな。あんたは、若輩の意見を優先するって言って、あんたの意見を言わない。あんたの望みも言わない。意見交換なんてそもそもねえんだ、結局どっちだって、どうでもいいって思ってるから。 「けっきょく、オレがあんたとちゃんと話したことなんてねえんだ。あんたはいつも一方的に言うか、きくがわに回るだけで、話す気なんてあんたには最初からないんだよな」 そんなの、オレはいやなんだよ。 「もうあんたの生徒じゃねえんだ」 『だって結局オレの生徒だし』 ナルトも俺も、親がいなかったから、結局あんたが面倒みてくれたようなもんだし、親みたいなもんでけっきょく依存してたんだと思う。あんたに頼まないとしょうがないことも会ったし、あんた見かけの割りにまともなセンセイだしな。 「だけど、オレもうあんたの生徒じゃねえから正直、つらい」 サスケは言い切り、長いため息をついた。 「あんたには世話になった」 ありがとう、という言葉に理解はもとめてないから、と言われた気がした。突きつけられることが、どれほど辛いことかも改めて知った。何度も何度も叫んでいたサスケの声を握りつぶした結果、返し矢がきたのだ。 「また来てもいいか」 ここでカカシが頷いたらまたサスケはきっと笑うに違いなかった。いつかと同じ、あのひらめくような一瞬の穏やかな顔だ。 そして二度と来ないだろう。 言葉が頭の中で形をとったとき、体が動いていた。 「放せ」 「サスケ」 「放せよ」 カカシにつかまれ引き止められた左手が重い。声が震えないようにするだけで精いっぱいだ。諦めようと思った心が足がたやすく折れてうずくまってしまいそうだ。しゃがみ込んだところで誰も助けてくれないのはあの満月の夜に悟っているのに。 (もういやなんだ) カカシはきっと手を放さない。サスケを手に入れようとはしないくせに、手が届かないのはいやがる、臆病で最低な優男だ。写真立ての中の3人しかカカシの目の中にはいないのだ、ずっと。 それを芯から悟った。悟って諦めた。 心が破れると知ってようやくいくらかの真実と建前で言ったのに。 「サスケ」 「放せ」 「サスケ、俺が好きか」 「――――は?」 何をいったのだろう、この男は。 「俺が好き?」 「なに言ってんだ」 「お前が好きだよ」 おまえがすきなんだ、と低く声が聞こえてもよくわからない。呆然としたまま背中から骨が軋むほど抱きすくめられ、肋骨の奥、更に奥をさした痛みが悲鳴になって喉からもれた。 「……ひでぇよ」 あんまりだ。あんまり、カカシはひどい。指先一つ平気な顔でサスケの心臓をにぎりつぶすことをやってのける。声はみっともなくひび割れ、老人のようにしゃがれた。 「あんたはひどい。いまさら」 「今さらだよ。知ってる」 「ずるい」 「お前が好きだよ」 「――いやだ」 ガラスケースの中の玩具を欲しがって泣く子供をなだめる手のひらで頭をなでてやりさえすればいいと思っているのだカカシは。女の下着を脱がすための媚びと優しさに色づいた声で言いさえすればいいと思っているのだ、この男は。 あんまりサスケをバカにしている。 「いやだ、放してくれ」 「放さないよ、もうお前来ないんだろ」 「……もう、いやなんだ」 自分の声が届かないカカシの声を聞くのも触られるのも気まぐれなキスも、それを待ちわびる自分も、ただそれだけでた易く傷つき血を流す心臓も、自分のものでないくせに胸の中で息づくこの心もなにもかもがいやだ。棄てたい。理解なんて別に求めていないし、憐れみもいらない。ただサスケがカカシに今このとき望むのは路傍の石のように打ち棄ててくれることだ。二度とかえりみないことだ。 それを、今さら。 「……ずりぃよ」 「お前が好きだよ」 かぼそく詰る声がひくい嗚咽に変わり、カカシを責めたてたが放さなかった。 『もし一度でもオレの前で声をあげて泣いてくれたら』 『抱きしめたって文句がないのに』 (そんなこと、一言もこの子に言ってやらなかったくせに) |