白く焼けた長い長い坂の上り、へばんじゃねーよ、と肩をたたけば湿った黒髪の隙間から氷柱みたいな目つきで睨まれる。 「てめ……、降りろ、デブ!」 「賭けは賭けだってばよ」 毒舌も今日のオレには通用しない。タチアオイが海風にゆれる。 「ひっひ、身長が高くてごめんねえ」 「五ミリだろ」 「五ミリでも高ぇもん。とっとと走れよ、負け犬サスケ」 負け犬、の一言に切れたのか、がちんとギアを一段あげたサスケが軋むペダルを踏み抜く。片足に体重をかけるごとに、タンクトップの背中で貝殻骨がアニメにでてきたカラクリ飛行機の羽みたいに閉じたり開いたりする。触って動きを確かめたい、だがそんなことすれば自転車の後部座席から蹴り落とされるのは確実だ。サスケのアパートから出てまだたったの三分、ジャンケンで勝ち取ったこの特別シートから降りるなんて冗談じゃない。 うちはサスケに自転車漕がせるなんて気分、味わうことはめったにないから思う存分満喫したい。 こいつはことジャンケンに関して、ものすごく弱いのだ。なんでか、っていうぐらいによく負ける。本当によく負ける。だが生来の負けず嫌いが顔を出し、ジャンケンをやめようとはけして言わないから思う壺でたのしい。 バカだこいつ。 サクラちゃんに昔どこが好きなの、と訊いたら、クールでカッコいいとこと言っていた。そのときオレはふうん、なんてつまらないのもあったし、なんかちょろそうだと思って軽く流した。だけどこの間はだってバカなんだもの、と言っていて、こんどこそサクラちゃんは本気で本気なのだと気がついてしまってほんの少し焦ったのは数日前の話だ。 サクラちゃんは賢いから、なんかもうオレとかサスケを見る目が厳しくなってて幻滅しない分、ほんとにやばいなあと思いながらサスケのつむじを見下ろした。触ったら多分ものすごい熱いだろう。サスケはもうたちこぎになってペダルを踏むたびに体重を片足に思い切り乗せている。 がたん、と坂のてっぺんにのりあげた瞬間、目の前をうめつくす青空と碧い水平線。タンクトップが汐のにおいがする南風を孕んで、一気に下れば景色が全部ながれて、サスケの満足そうなため息が聞こえた。得意になりやがってばかじゃねえの。 ビニール袋についた水滴がプリズムみたいに散らばって、雲が白くて空が青くてこの夏最初の蝉の声、ぜんぶ全部めちゃくちゃきれいだった。 |