ぶうん、と蚊雷が耳のわきでうなっていた。 いっぱいに開かれた板戸、背後からさしこむ昼下がりの日差しがながく影をのばしているのがサスケの目眩をさそう。

「ご当主、ご母堂に相違ないか」

夕風に線香の煙がちぎれた。もちあげられた白い布をもちあげた立会い役がいうのに、血の気のひいた白い頬でのろりと頷く。

「車は持ってきたか」
「あちらに」

答えたのは少年ではなく板戸脇にひかえた検分所の若党だ。
むしろと大八が検分所の白い練塀をはさみ門外にあるのが見える。立会い役は正座をして二親の骸をまじろぎもせずひたと見据えたままの子供を傷ましげに見やった。いかい男といえまだ数えで十ニになるやならずの子供である、しかも武家屋敷のならぶあたりは城下でも高台にある、坂の長手を車でひいていくのはつらかろう。

人手をかしてやりたいと思うがお上がいたくご不興を蒙られたとは立会い役も聞き及んでいた。 直参をゆるされぬとはいえ、れっきとした武家である、それが賊にたいして腰のものを抜きもせずしてやられるとはなにごとか、とのことらしい。

板戸をはずして骸を車にのせ藁をかぶせるだけはしてやったが、若党の手を貸すことは罷りならぬ、と再三上役にいわれては仕方あるまい。顔をゆがめた立会い役は重そうに大八をひきずる少年の背中をみやり、若党を呼びつけた。







うつむいた拍子に顎先からしたたった汗がしろくやけた土にぽたりと落ちる。ふみしめすぎた草履が親指の股にこすれて血が出て痛い。ぶうん、と蚊雷が聞こえ、頬のあたりに止まるのがわかった。頭をふって追い払う。卯月とはいえすでに日差しは夏のものに近い。父母の骸は羽虫にはさぞやあまいことだろう。

大八の棒をささえる手のひらは汗まみれで力が上手く入らない。休もうにも坂の途中だ、気を抜けば草履がすべって後ろに倒れそうになった。板塀のつづく坂道はしらじらと焼け、陽炎にゆられて長い。

(どうして)

がちん、と車輪が石を噛む音がしてつっかえる。よろめきかけたところをふくらはぎを震わせてどうにか堪えた。倒れるわけにはいかない。誰ももう助けてはくれないのだ。父も母もいない。兄は先々代がお上からご下賜された太刀をもったまま逐電した。その柄には父の右腕が肘から先ぶらさがっているのだろう。血の海になったうちは屋敷のなかで父の右腕だけが見つからなかったのだ。

(どうして)

つきだした顎からまた汗が伝った。ふ、と重みが軽くなる。

「こっち向いてる暇があんなら歩きな。押すから」
「……なんで、あんたが」
「道場に検分所から使いが来たよ」
「そうか」
「三代目が落ち着いたらこちらに来いと仰ってる。心配しなさんな」
「……悪い」
「なにが」


きき返す男の平素とかわらぬ穏やかさにもう一度、悪いと呟いたサスケの足元に白雨ゆうだちがおちるぱたぱたと軽い音が響いた。眼に汗が入ったのだと誰にともなく言い訳を呟き、ぬぐいもせぬまま長い道をにらみつけた。

三年前の初夏だった。

















「白雨」/カカシサスケ





日記に以前書いた奴、は消去されちゃったので、 記憶力だけで復活。