ベッド脇に置かれた薔薇を象ったランプから漏れる淡い光に、キラリとナイフの切っ先が光った。それを振り下ろす事が出来ずにサスケは僅かに息を飲む。一体こんな事があるだろうか。
 天蓋から緩やかに降りる白いレースカーテンの中で、今静かに横たわるのはワインド公エドワード四世の娘、ルナ・T・ワインドでなければならないはずだった。
 だが今サスケがナイフを向けている相手はルナと同じ輝く金の髪を持ちながらも、違うはずもない。
「……男……?!」
 そう。違うはずもない、少年、だったのだ。







薔薇の名前 Il Nome della Rosa















 ルナであるはずの少年は突き付けられたナイフに臆することなく、サスケを睨み付けた。
「……それはこっちの台詞だってばよ。オレの方こそ男を雇ったつもりはさらさらなかったんだけどな。サーシャ・K・ファーン?」

 サーシャと自分が同一人物だとあっさり見抜かれ、サスケは激しく動揺する。闇の組織ダーク・クラブにあって変装の達人として名高かった、あの銀の二十面相カカシに一から手ほどきを受けた自分の変化を一目で見抜くとは……!

(こいつ……素人じゃない!)
 危険を感じ身を引こうとしたその瞬間、ナイフを持っていた右手をもの凄い力で捕まれた。そのまま力任せに少年はサスケの体制を崩させて、シルクのシーツへと押し倒す。ナイフが大理石の床に転がる硬い音が部屋に響いた。

「………ッ!てめえっ何者だっ!」
 少年に馬乗りの状態を許してしまい、サスケは屈辱に叫ぶ。その様子に少年は屈託無く笑った。
「お前は人違いなんかしてないってばよ。影武者でもなんでもない。オレが、ルナだ」
「………たおやかな姫としか聞いてなかったぞ」
「周りがオレをどう評価しようと興味ねぇってばよ。こっちにも色々事情があってさ。オレが男だと困る連中は多くてね」

 サスケは完全に予想外のこの状況を何とかしたくて、腕に渾身の力を入れるが、上から押さえつけられた手首はびくともしない。完全にパワー負けしていた。
(………ここまでか)
 諦めて全身の力を抜く。元よりターゲットが目を覚ましてしまった時点で任務は失敗だったのだ。
「………殺せ」
 ルナはその言葉に僅かに目を見張った。

「………いやだね」
 否定の言葉と同時に何かがサスケの唇に押しつけられた。
「?!!!………ンぅっ!」
 急に息が出来なくなってサスケは一瞬パニックに陥る。自分の唇に押しつけられたのがルナの唇で、自分がキスをされているのだと気づくには暫しの時間が必要だった。愕然とするサスケを余所にルナは強引にサスケの唇を割り、熱い舌でその口腔内を蹂躙する。
「…ぅっ……やめ……ンッ!……ル、ナっっ」

 サスケの必死の呼び声にルナはゆっくりと唇を離した。唾液が細い糸を引く。
「ナルトって呼べ」
 あまりの事態に呆然とするサスケの耳元に、傲岸不遜な声が届けられた。サスケは荒い息をろくに整える事も出来ないまま、信じられない程間近にあるサファイアの瞳を見つめる。何て深い蒼だ。

「………それが……本当の名前なのか」
 声は掠れ、自分でも驚くくらいに震えてしまっていた。
「本当の名前はルナだ。だけどそれはオレが呼ばれたい名前じゃない」
「……オレを……どうするつもりだ」
 尋ねるサスケにナルトは再びからからと笑った。よく笑う男だ。
「どうもしないってばよ?明日からもサーシャはオレの召使いだ」
「……バカなっっ!お前正気か?!オレはお前を殺しに来たんだぞ?!」
 信じられないナルトの発言にサスケは叫ぶ。

「正気かどうかなんてオレにはどうでもいいってば。どうせお前はもうこの薔薇屋敷から出る事なんて出来ないんだ。教えといてやるってばよ。ここは堅牢な鳥籠の中だ。そしてここではオレが主(あるじ)だ」

「……ここでオレを殺さなければオレはいずれまたお前を狙うぞ」
 サスケのオニキスの瞳に強い光が閃いた。
「望むところだな。オレは退屈してんだ。いつでも殺しに来いってばよ」












words by ベアトリスありとさま(friends)








ベアトリスありとさまから火花を思わせるナルト&サスケ。
刺客サスケと隠されるべき嫡子ナルト…!
陰謀うずまく中世ヨーロッパ!
を彷彿とさせる舞台に私はめろめろでした。
このナルトのカッコよさったらないです。
そしてさらに続きがこちら→「薔薇の名前2

















薔薇の名前2 Il Nome della Rosa A




辺り一面むせ返るようなダマスクの香りが立ち込めていた。
「……ん……ふっ」
 大輪のロサ・ケンティフォーリアが来る夏を称えるように咲き誇る中で、密やかな吐息が絡み合う。半ば脱げかけたシャツの下に潜り込んで来た手が、サスケの肌の奥の静けさを揺さぶり始める。
「……ナルト…っ、やめろ…っこんなとこでっ」
「いいじゃん。誰も来やしねーよ」

 広大なローズガーデンの奥深く、モミの木の根本の陰りに二人重なり合い、囁き合う掠れた声がお互いの熱を加速させていく。
「っ……、退屈凌ぎなら……誰か他の女にしろよッッ」
「おっ前まだそんな事言うのかよぉ。何度言ったら信じてくれってば?退屈凌ぎじゃねーの!お前が好きなの!お前に欲情してんだよ!いい加減分かれってば!!」
 上がる息を無理矢理押さえたサスケの言葉に、ナルトは殆ど怒鳴り返す。

「お前だってオレの事好きなくせに」
「……誰がっっ……巫山戯るなッ」
 ナルトの極めつけの傲慢過ぎる台詞に、カッと頭に血が上って身動ぎするが、上から名一杯体重をかけられているせいで、その腕から抜け出す事すら叶わない。
「巫山戯てなんかねーってば。さっさと認めろ。お前は好きでもないヤツには死んだってこんな事させねーんだよ」











 人里離れたワインド家所有のこの巨大な屋敷は、表向き病気で療養に来ているルナ・T・ワインドをその主人としている。しかし病弱でベッドに寝たきり、カーテン越しにしか人とも会わない内気で可哀想な姫君と、この庭園の薔薇の世話を任されている陽気なガーデナーが、実は同一人物である事を知るものは少ない。  サスケがサーシャ・K・ファーンの名でこの屋敷に使用人として雇われてから、すでに半月が経っていた。今やサーシャはルナの大のお気に入りで、身の回りの事は全部サーシャに頼むからと姫君らしい我が儘で仰せになったものだから、実質今サスケは自分が殺そうとした相手と『一緒』に『暮らして』いる。

(一体何だってこんな事になっちまったんだ……)

 おかしいのは断じて自分ではなくナルトの方だとサスケは思う。この少年の突拍子もない事といったら、兎に角サスケの想像を絶するのだ。傲慢で強情で天然ボケ。ここに来てからサスケは正直このヒヨコ頭に振り回されっぱなしだった。

(だってありえねぇだろうが………!!!)

 そうだとも。断じて有り得ない。普通じゃない。殺されそうになったヤツが殺そうとしたヤツに向かって面と向かって『愛してる』なんて……。











「なぁ……オレ…お前の名前、呼びたいってばよ……」
 熱に浮かされた声音が切ない吐息と共にサスケの耳朶に落ちてくる。その感触に体の奥の方がじーんと痺れて、思わずサスケは身震いをした。

『お前だってオレの事好きなくせに』
 先程のナルトの言葉が頭の中でリフレインする。

 だって………もう知ってしまったのだ。
 薔薇の蕾一つ一つに向ける優し過ぎる笑顔だとか、母親の事を話す時の、少しだけ寂しげな横顔だとか。
 或いはサスケの顔を伺うどこか怯えを孕んだ、不安そうな表情、そして……愛を囁く時の恐ろしくなる程真剣な瞳……。
 それらの一つ一つは、サスケの思いもしなかったような深さでその心に突き刺さった。ナルトが自分と同じ孤独を抱えて生きている事を、サスケはもう、知っていた。

「……お前の名前を……すごく…呼びたい……」

 秘密の呪文のように繰り返し唱えられる願い事に、サスケは無意識のうちに軽く唇を噛む。強すぎる薔薇の香りに頭がクラクラしている。

 答えたら終わりだ、と思う。この誘惑に答えてはダメだと強く自分に言い聞かせる。

 この潤んだ蒼い双眸に本当の自分の名前を呼ばれてしまったら、今度こそ……自分はきっと捕らえてしまうから。






























ROSSO

GIFT