je te veux
















  



あの、国中を騒がした銀髪の暗殺者がオレ達前から姿を消して半年が過ぎた。

国中のいたるところではじまった復旧作業の最中、収容所へと連れて行かれた人々も元気な姿をみせ、それを迎えた家族や恋人達は喜びに湧いた。そして、それと同じだけ、遺体すらも残せなかった者を想い、自然と黙祷とレクイエムが国中に流れた。その間に、国の王政は廃止の方向へ向かい、現在は手探りではあるが新しい在り方を模索しはじめているところだ。

サスケは、その過程に関心は見せるものの、自らの身分を明かすことも無く今や大好きなピアノを思う存分楽しむ生活を過ごしていた。







「サスケぇー」

ドタバタと忙しない足音を響かせながら顔をみせたナルトに、サスケはちいさな苦笑で迎えた。

いつもの隠れ家、秘密基地。
その場所に正式な居を構え、ふたりで住みはじめたのは二ヵ月程前から。

理由はいくつかあった。
組み立てたピアノをもう一度バラすのも、別の場所に運ぶのも、天津さえ組み立てるのなんて酷く面倒でご免だったとか。毎日のように押しかけてきては、ゴロゴロと勝手に私物を増やしてゆくナルトがイヤでなかったとか。周りの環境を気にすることなく、存分にピアノが弾けるとか。ちいさなことを合わせれば、それこそ莫迦みたいな理由ばかり。でも、結局は、唯、一緒にいたかっただけなのだとサスケは思っていた。

「なんだ?」

サスケは、手に持っていた写譜ペンを無造作に鍵盤の上に転がして、ナルトに向き直る。

「あ、先ずはただいまのキス」
「オマエな…」

文句を言いつつ、ナルトからの接吻を受けとめる為にサスケは静かに目を閉じた。ゆっくりと近づいてくる気配に知らず息を止め、僅かに身構える。そして、掠めるように触れ、離れたかと思えばまた啄ばむように何度も触れる。そのうち深く重ねられ、サスケの吐息ごと奪おうとするキスに、サスケは眩暈を起こすような感覚のまま、身を預けた。…と、それまでおとなしくしていたナルトの不埒な右手が、サスケの真新しい綿のシャツの裾を捲し上げた。

「って、こら待てっ、どこに手ぇ…つっこんでんだよ、ウスラトンカチ!」

サスケは、慌ててナルトを引き離そうとするが、ナルトはビクとも動かずサスケの首筋に鼻先を埋めてしまう。その場所で思い切り息を吸われれば、なんともいえないくすぐったさにサスケの肩がピクリと跳ねる。抵抗が怯んだ隙に、ナルトはサスケの項に舌を這わせ無造作に深く吸いついた。ピアノを背に、サスケは身動きが取れないまま縋るようにナルトの腕に手を伸ばす。ふと、その手が鍵盤を掠め、ちいさな和音が狭い空間に響いた。

「サスケの匂いって、甘くて好きだ」
「………」

あまり深く考えずにナルトが零せば、サスケが複雑そうな顔を作り眉を寄せた。

「どうした?」
「………な、なんでもねえ」

問いかけるナルトに、まさか銀髪の暗殺者のことを思い出したなどとはとても言えず、サスケはお茶を濁した。それから、不思議そうに自分をみつめるナルトの視線が居心地悪くて、サスケは適当に言葉を告いだ。

「おいっ、なんか話があったんじゃねえのかよ」
「あー…、うん、あった」
「なんだ?」

今度はナルトの方の歯切れが悪い。どうしたのかと顔を近づければ、部屋の入口付近から人の気配がし、そして懐かしい声がサスケの鼓膜を揺らした。

「これはこれはプリンス、お目にかかれて光栄です」
「………!!」

あまりのことに絶句して、サスケは戸口に立つ銀髪の暗殺者と凝視した。

その風貌は以前のそれとなんら変わることなく、唯、身につけている衣服が妙にこざっぱりとしていた。洗いざらしのような薄い青色のシャツに、黒のパンツ、そして胸にはなぜか十字のペンダント。 どう考えても有り得ない組み合わせだ。まるで不審人物を見るかのような顔で自分を凝視し続けるサスケに、カカシは「おや?」っと、困った顔を浮かべてポリポリと自らの顔を掻いた。

「あれ?俺のこと忘れちゃった」
「……か、…カカシ……?」

困ったな、そう呟く銀髪の暗殺者…カカシに、サスケはポツリと名前を零すことで応えた。

「そっ、良かった覚えててくれたんだ。っていうかさ、君たち、まさかまだこんな穴倉に住んでるとは思ってなかったよ。俺は」
「………アンタに関係ねえ」

変わらない口調で話しかけてくるカカシに戸惑いながらも、サスケはぶっきらぼうに応答する。訊きたいことは山ほどあったが、頭の中は霞がかかったように働かずサスケは舌打ちをした。

まず、なにをどうしなきゃならないのか考えるうちにどんどんドツボに嵌ってゆく。今までどこにいたのだとか…、どうして直ぐに帰ってこなかったのか…、どこか怪我でもしていたのかだとか…、訊きたいこと。尋ねたいこと。なにから訊けばいい?いや、そんなことより、今どうしているのかを…。

走馬灯のように巡る記憶に、サスケは頭を殴られたような衝撃を受けながら、それでもカカシをみつめていた。それから、ふと、お礼を言わなきゃと思い直し口を開こうとしたが、口内がカラカラに乾いて声が出なかった。そんなサスケの動揺を知ってか知らずか、ナルトがサスケの隣りまで歩み寄る、とカカシに向かってはっきりと言葉を紡いだ。

「アンタが帰ってこれるようにだってばよ」

そう言って、ナルトは舌を出して笑った。

「アンタがちゃんと帰ってこれるように、ここにいたんだ」
「……へえ、それは感動…、かな」

きっぱりと告げたナルトに、カカシが嬉しそうに笑う。その笑みは、今までみたどんな笑みよりも嬉しそうで、本当に感動でもしているようにナルトにもサスケにもみえた。

「つーか、遅すぎなんだよ」

ナルトの援護射撃を受けてやっとこさ開いたサスケの口からは、やはり憎まれ口が響いたが、含まれた声音のやさしさが、その内容を否定していた。

「あー、だってさ。いろいろヤバい状態だったし。ねえ?」

いとも簡単に言い放ちながらカカシは、ナルトとサスケを交互に眺めた。

離れていた期間は、時間にして半年。それでも、子供の成長に半年はやはり早く、ふたりとも以前のそれよよりも大人びてみえるものだとカカシは思った。しかし、それは仕方の無いことで、カカシがこれからこの場所で生きてゆく為に必要な時間だったのだから諦めるしかない。なにより、この温かな場所に、迎えられているという実感がカカシの心を穏やかにしたし、満ち足りているとも感じていた。そう…、この日の為に、自分は生きてきたのだと思う。

カカシは、ふたりに向かって今後の自分の身の振り方についてドーンと説明する為に、胸をおおきく張って、更に腰に手を当てると声を高らかに宣言した。

「あ、それでさ。今日から見習いなんだけど、教会で働かせて貰えることになったから。よろしくね」
「「教会っっっ!!!」」

言葉に、ナルトとサスケ…、双方から見事にシンクロした言葉が帰ってきてカカシは満足そうに頷いた。目をまん丸にした少年達に向かって、カカシは得意げに、自らの胸にかかっている十字のペンダントを指差した。

「そっ、教会」
「「………」」

呆気に取られる少年ふたりは、お互い顔を見合わせ、そして同時に首を捻った。

「それがさぁ、ただ飯食わせる余裕はないだとか言っちゃって…」
「「………」」

淡々と言い放つのは、元指折りの暗殺者。

国を救った英雄…だったかもしれない…、暗殺者。

「でもこれがさあ、結構面白いっていうか…、ってどうしたの?ふたりとも…」
「「………」」

ポケ〜っとした表情で、自分を見つめる少年達にカカシは首を捻った。が、その仕種が妙に胡散臭くてどうしようもない…、とナルトもサスケも心の中で思っていた。

「なんで、教会?」
ナルトが問えば、

「え?宿に困った時は先ず教会。鉄則でしょうが」
なんて答えが返ってくる。そして、

「あ、そうだ。えーっと、ナルト?」
カカシはナルトに向き直り、如何わしい笑みを浮かべてみせる。

「な、なんだ」

たじろぐナルトに、カカシは静かに言葉を告ぐ。

「俺ってば、サスケのこと諦めた訳じゃないから、そこんとこよろしくね」
「ええっーーーーっっ!!!」

「サスケも、覚えててね」
「………」

言いたいことを言って満足したのか、カカシはおおきく伸びをして高笑いをはじめた。

「血なまぐさい世界から足を洗って、教会でバイト…!楽しいなぁーー!!」

自己満足を十分に満喫しすると、呆然と立ち尽くす少年のことにはもう眼中にないのか、カカシは慣れた調子で水道の蛇口を捻り、傍にあったグラスに注ぎはじめた。

「………」
「………」

いまいち行動が読めずに、ナルトもサスケも目を点にした。そして…。

「サスケ…」
「なんだ」

どこか虚ろな表情をして、ナルトがサスケの名前を呼んだ。呼ばれたサスケも、呆然と返事を返し、その間もカカシの妖しげな行動を注視してた。

「俺ってば疲れたから、今日はもう寝るってばよ…」

届いた声に、サスケは静かにナルトの方に振り返った。それから少しの間逡巡し、サスケも同様に頷くとカカシの存在を視界の外に追い出すことにした。

「……ああ、俺も」

呟いて、ちいさな溜息が狭い空間に満ちる。

「………」
「………」

開け放たれたピアノの鍵盤に蓋をして、サスケはそのまま椅子に座るとピアノの蓋に身体を預ける。ナルトもその足元に座りこんで丸まった。

「無事に帰ってきたのに、喜べないってなんでだろ…」
「知らねえ」

音の無い区間に、衣擦れの音だけが微かに聞えた。

「………」
「………」

「なあ、なんか弾いて?」
「いいけど…」

「じゃ、アレがいいってばよ!お前が欲しいってヤツ」 「変なことだけ覚えんな」

「いいじゃん、アレにしようってば」
「いいけど、途中で寝んなよ。アイツとふたりっきりなんてイヤだぜ」

「わかってるってばよ」
「………」

そのうち、響きはじめた音色にナルトは目を閉じ聴き入った。

難しいことはわからないが、サスケの奏でる音色はどれも大好きだと思う。やさしい感じがするからかもしれない。どこかの偉い人が、サスケの曲を聞いて「硬質な音色」だとか、「それでいて艶がある」だとか言っていたがナルトにはちんぷんかんぷんだった。けれで、そう言われたサスケが、そんなことわからなくてもいいと言ったので、ナルトは安心してサスケの音に身を任せた。

気持ちいいってことが一番なんだから…、そう言ったサスケの音は確かに気持ちが良くて安堵する。だから本当は、あの銀髪の暗殺者にもちゃんとお礼を言わないと、と思ったけど…、それはまた今度でいいやとナルトは目を閉じた。











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思慮分別も遠く過ぎ去って 悲しみなどは最早ない
わたしは強く憧れる 二人して幸せなあの時を


あなたが欲しい

わたしは少しも悔やまない 願いはたった一つだけ
あなたの傍で すぐ傍のここにいて 生涯を送ること

どうかわたしの心があなたの心に
あなたの唇がわたしの唇になりますように

あなたの身体がわたしの身体に
わたしの肉体のすべてがあなたの血肉となりますように

わたしにはあなたの苦しみがわかったから…

そう わたしはあなたの眼の中に 神聖な約束を読んでいる
あなたに恋する心は わたしの愛撫を求めにくるから

永遠に抱き合い 同じ炎に燃えたって 愛の夢の中で交換しましょう

わたしたち二人の魂を

わたしにはあなたの苦しみがわかったから…









words by 月影あおいさま(NO DOUBT)





おそれおおくも月影あおいさまと
お名前をつけさせていただきました。
春の小高い丘にやさしくながれる旋律が
きこえてきそうではありませんか?
思わず膝をかかえて笑いたくなるような
お話ありがとうございました!









ROSSO

GIFT