愛するということに意味は見出せなかった。
自分から動かなくても女はついてきた。
いろんな人種の、いろんな女を捕まえて、抱いて、見返りとでもいうように与えられて、挙句に奪って逃げてきた。

逃げた。そう・・・今も逃げている。









 L'amant















  



白塗りの壁が多いのは地中海の特色かと、目立つ黒衣を呪って汚い言葉を吐き散らしながら、カカシは身軽に壁面を登り、屋根に飛び移ってまた走り・・・。

逃げていた。もうかれこれ一時間。白スーツの男たちの目を欺き、壁に上り、時に飛び降り、不法侵入も何のその。銀糸の髪を揺らして走り回る。

一人や二人、否五人程度なら一度に相手にできようし、そんな危険を冒さずともこの足で逃げられたはずだった。しかし・・・

(・・・また違う顔・・・20人はくだらないってことかな?)

頬のかすり傷を指で拭うと、僅かの血が付着した。負わされた傷ではなく、日に焼けた白い壁に気付かずぶつかったのが原因だった。自ら「いい男が台無し」と、更に大きな傷を無視した一言。拭った血は無造作にボトムにこすりつける。黒の立ち襟、同じく黒のベルボトム。白壁と、白い道と、青い空。黒はどこまで行っても目立つ。上なら安全かと建物の上部、わずかばかり傾いた日によってできた影に身を潜めながら、下の様子を伺うがどうも雲行きが怪しい。見上げて探す男と目を合わせそうになりながら慌てて伏せる。どうも、カカシが常人以上に身軽なのを知っているらしい。

なかなかに頭のいい連中のようだ。全く・・・普段手玉にとってきた女ならばあと三ヶ月は騙されたことに気付かないわけだが、今回はそうは行かないようだ。流石にシシリア生まれの女傑は毛並みが違う。昨夜抱いた青白い肌、そして胸元の大きなルビー。

今はカカシの胸元にあるそれを布の上から一撫でしつつ、深く息を吐いた。 他人は利用するだけ利用しろ。それが彼の母親の口癖だった。厭う気もなかった。何故ならカカシの世界には彼女しかなかったからである。

「居たか?」
「いや、この辺だ。Dブロックでは目撃情報はない」

筒抜けの声に肝が冷える。どうやら追いかけつつもブロックわけをして綿密に網を張っているようだ。となれば今のうちに突破するしかあるまい。音を立てないように声とは逆の方向に走り、目算をつけて飛ぶ。危うく滑り落ちそうになりながら飛び移り、のぼり、辺りを見回してはまた、飛ぶ。繰り返し、気付けば町の外れにきていた。
まずい・・・と、思う。人ごみにまぎれたかったがそうも行かないか。武器はない。方向転換しようにも、飛び移れそうな樋はもうない。どうも下に降りるしか無さそうだ。
思っていたら・・・

「こっちに飛んだぞ!」

タイミングが最悪だ。カカシは注意深く回りを見回し、声がしたほうを避けて自分の居る建物を見る。 海が見えた。飛び込めるか?否・・・遠すぎる。何でソレントなんぞにきちまったかと舌打ちしつつ、あたりの様子を伺う。

建物には入れそうな入り口はナシ、飛び移れそうな建物もナシ、目が焼けて当たりが殆ど真っ白く見える。下の男どもはサングラス着用、人数も多いし・・・いや、まだまだ増えそうだ。丸腰、盗んだ宝石がいくつか。小銭も少々。全部ポケット、一番硬貨な紅玉だけは胸元に。

ぐずぐずしている暇はない。武器といえば、ソコに落ちている手ごろなサイズな石、と。

カカシは様子を伺う。どうも右手の真下にいるようだ。まだ四人程度。倒すか?否。

唐突に上着を脱いだ彼は、拾った石を手早く包み、丸く縛った。一か八か。そんな賭けは何度もあった。いつでも死ぬ気だったが毎度何とか逃げおおせている。

吉とでるか凶と出るか。それを、投げる。

前方に飛んだ上着は何とか隣の建物に移った。右手の男たちは何とかそれに気付いたらしい。声を上げて遠ざかる。

その隙にカカシは壁を伝い、逆側から下りた。素肌をジリジリと焼いていく日光。痛みすら覚える。紅玉をぶら下げたまま、回りを見回し、できるだけ遠くへ、と歩を進める。

右手は海、中々波が高い。

左手は倉庫街、人気はない。

奪った金で訪れたイタリアだ。元々土地勘はゼロ。海があるから逆にいけばいいなんて安易な考えで、一つ辻を挟んだ逆側から、素早く進む。

半裸では町にも潜めない。となると・・・

全力で辻を走り、右に折れる。幸い気配はない。しかし油断はならない・・・

思いながら駆け抜けると、僅かに生活の匂いが感じられるとおりに出た。洗濯物の干された通り、子供の遊具、魚の匂い。来た道から遠ざかるようにそこを突き進み、どこまでも白いこの街に汚い言葉を浴びせる。なんて隠れ難い町なんだ。それが印象だった。

僅かに覗く緑。駆け抜けると、白い壁がどこまでも続く。まずいと思ったときは遅かった。どうやら、この先は一本道。どこかの豪邸に続いている。振り返りながら駆け抜け、言い訳を考えること数秒。人気のない、草ばかり生えた、荒れた建物のの前にひとり。できるだけ焦ったようにドアチャイムを鳴らす。 マズは使用人だ。女だったらお手の物。男だったら・・・タイプによるな。下手に出とけば間違いない。言い訳は得意だ。

しかし・・・
「・・・なんのようだ」

でてきたのは、子供だった。
ただし、どんな宝石よりも綺麗な。






















words by Gilbert Vivianiさま(et veous)








マジものハーレクイン、冒頭から麗しのイタリア女をだまし
逃げるカカシ先生に引き込まれます。
青い海原やける白とオリーブの緑。
ああ、「魅せられて」が聞こえます…!
ありがとうございました!

ROSSO

GIFT