任務が終わったあと、階段を二段飛ばしして家に駆けこんだ少年は、玄関の鍵を開けながら大事なだいじな額宛を額からずりおろした。少し跳ねてしまった前髪を撫でつける。鏡の前においたゴーグルを頭につけ、財布の中身を確認する。すこし分厚い封筒もポーチにつっこみ、それから青なずむ夕暮れの町に駆けだした。

金木犀の花の香りがただよっていた。

駆けこんだのはタバコ屋の角にある電話ボックスだった。汗で少しぬくまった硬貨を押しこみ、ダイヤルを回す。呼び出し音が鳴るあいだも体は落ち着かず、少年は何度も何度も足踏みをした。電話帳の角をもちあげて、即席アニメをつくったときのように指からぱらぱらと放すと、映画のコピーのように文字が入れ替わっていく。だがそれが少年の目に映っても、何ら意味あるものではなかった。

「一楽!」

おい、と受話器から疑問の声がながれたが、それより先に硬貨がなくなった。ひくいブザーの音と同時に、少年は待ってるから、と言った。そして電波は絶ちきれた。待ってる、と口の中で繰り返した少年はポーチの上から財布のふくらみを確かめ、よく知った店に行くためにまた走り出した。一秒も止まっていられなかった。

川原へと向かう人々の行列とすれ違う。黒衣ではなかったが、小さな花灯篭を誰もが持っていた。大人たちの顔はすこし強ばり、手を引かれる子供たちは大人たちの顔色を見てしわぶき一つ立てず、粛々と行列に加わっていた。

少年の前にはしらず道ができていた。一度も立ち止まらずに沈黙の行列をかけぬけ、橋を渡りきった彼はふりかえる。桔梗色の空へと流れていく川面に橙の炎が蛍のようにひしめいている。

真昼のまやかしを破ってふかまる夜にみちた慰霊の明かりも街明かりもあまりに小さく、ものさびしさに少年はもう一度、ポーチの上から財布を押さえた。心臓よりいまは大事だった。怖いこともさびしいことも何ひとつないと思いこみ、ひとつ深呼吸をした。

(夜じゅうだって待ってる)

年中無休の暖簾を掲げたラーメン屋のトタン屋根から下がる風除けのビニールシートの中にも明かりが点っていた。いつも油染みた机をふいたり、椅子を片づけている娘の姿はなく、店主がいるだけだった。

常連の子供にまわりの落ち葉やゴミを箒で集めていたして店主は細い目を上げ、軽く頭を下げると、背もたれのない椅子を目で示した。少年はすこし戸惑ったあと、いつものとおり笑い、頭を下げてビニールシートと暖簾を両手でかきわけた。息を吐いたのは秋の夜風が直接あたらなくなったことだけが理由ではなかった。少年は我知らずお腹を押さえた。月の夜は熱くなるときがある。おりしも満月の夜だった。くらい虹色の暈をかぶった月は怖かった。

お冷の氷がすっかり溶けたころ、響いた足音に少年は顔をあげた。

「ナルト!」

息せき切って暖簾の中に顔を突っ込んだ黒髪の中忍に遅くなってすまん、を言わせる前に少年は叫んだ。

「大盛りみそチャーシュー二つ!」

カエルのガマぐちは今日のために太ったのだ。

中忍のポケットの中にろうそくに火を灯すためのマッチがあるのも、服喪のための黒いリボンがあるのは知っている。だから今日だけは我儘を言いたい。

「オレの給料でおごりだってばよ!せんせー!」

黒目をみひらいた一本傷の中忍は店主の手がひらめいて、湯気をたてる鍋にラーメンの玉を三つなげこむのを見つめ、それから金髪の少年の右回りになった旋毛を見おろした。ぐるん、とゴーグルの下から青い目が覗いた。

「バカもん」

イルカは笑った。それから拳を握り、ごつんと下ろした。一番かたいところではなく、握った拳のよこがわ、小指の痛くないところだった。そして指どおりのいい、蜂蜜色の髪をかきまわし、一生懸命に描く夢とラーメンでいっぱいの小さな頭蓋を手のひらでしみじみと撫でた。

「お前におごられるほど貧乏じゃないぞ」
「えー!?今日はオレが奢るの!しょ、ショニンキュウでするはずだったのに、できなかったからよー」
「ばかもん」

今度は拳骨のかたいところだった。彼は笑いながらすこし怒っていた。
いたい、と構ってもらえてうれしい犬のようにわらう少年を見おろす。電話なんてしなくたって、会うつもりだった。くわえパイプで祭事にいそがしい里長に頼まれなくたって、会うつもりだった。あたりまえだ。

「おめでとうだから、俺が奢る」

誕生日をむかえた少年がぶうたれるのは無視だ。家にかえったら冷蔵庫をあけ、明かりを消しポケットの中のマッチでろうそくに火をともそう。

何度だっておめでとうを言おう。
来年の今日、少年が夜の一方通行な電話なんてしたら、殴ってやる。

















「夜の虹」/ナルトとイルカ







書きものから移動。ナルト誕生日文。
ナルトはやっぱりいい子だよー。
そしてイルカ先生大好き。
でも、むずかしいなあ、この人。







back