「俺はですねえ、やっぱりむいてないかもしれません」
「はい?」

なにがですか、と尋ねればカカシはまるで日向にいる猫のようにゆったりと目を細めたが、おりた睫が霜のようにうそめいた白さで、イルカはああいやな感じだと思った。

「教えたりとか、お説教したりとか」
「なんでですか」
「教育者にはなれないです。とても導くなんてことはできない」

この笑い方はいやな笑い方だ。

「いつだったか、あなたに言ったこと謝ります。うそでした」
「え?」
「中忍試験のとき、あいつらは俺の部下ですとか威張っちゃいましたが、先生ってすごいですよね」

こんな風になるなんて思わなかったなあ、と言ったカカシは手のひらを握ったり閉じたりしながらぽかんぽかんととタバコの煙を吐き出した。まるでおぼれる金魚のような口の動きだった。

「あ。輪っか。うまくできましたよ、見ましたか、イルカ先生」
「どういう意味ですか」
「うん?…ああ、技術なら教えられますし、教えましたよ、生き延び方も殺し方も。あとはもう経験するしかないです。でも、なんだろう、ここぞって時にオレはだめだったんだなあって」

だからオレは教師失格なんです。

「ナルトにも、お説教くらいました。ときどきあいつ、すごい核心をつくんだ」
「わかります」
「あいつのああいうとこは、イルカ先生から学んだんですかねえ」

こんな風になるなんて思わなかったなあとカカシは手のひらをみつめてもう一度つぶやいた。とてつもない後悔しているような口調で、そのくせやさしい顔をしていた。

「俺はいつだってなんか中途半端なんだな」

もうやりたくないですよ教師なんか、とカカシは言った。三人だけで十分、と続けた。やはりやさしい顔だった。何か言おう、この人にいってやらなけりゃと思いながら焦るほど言葉は胸の中ですり抜けて、どんどん奥に落ちていきイルカは沈黙することしかできない。

泣かれて怒られて、と呟くのにイルカは驚いてグラスを落としそうになった。

「泣いたんですか、あいつ」
「……すみません」

いかにも居心地悪そうに頭をさげるカカシにいえ、とイルカは手をふって違います、と弁解した。

「ナルトって涙もろいみたいでめったに泣かないじゃないですか」
「そうなんですか?」
「ものすごい頑固なんだ」

そりゃ確かに、とカカシは笑ってそろそろ出ましょうかと立ち上がった。帰り道がわかれる曲がり角でそれじゃあまた、といい交わし背中を向ける。なにか言おう、言わなけりゃ、と闇雲におもってイルカはふりむいた。

「カカシさん!カカシ先生!」

大声をだすと街灯を背中にうけた猫背がゆっくり振り向く。

「ずっと気になってたんです、あのとき、あなたは教師失格だなんていったけどそれ間違いです、ちがう」
「へ?」
「教師なんてなるもんじゃないです、なれるもんでもないです。教え子が、ナルトとサクラとサスケが、あなたのこと先生ってよんだらそれだけで先生です。多分、そういうもんなんです」

ぽかんとするカカシにイルカは言い募る。

「なんか先生なんて、立派そうなものにあいつらがしてくれるんです。それでもだめなら友達でいいじゃないですか。あいつら、気持ちのいい奴でしょう」

すきでしょう、といって呆気にとられてるのもお構いなしにイルカは白い歯を咲かせるようにひとつ笑った。

「だったらそれだけでもういいじゃないですか」
(あいつらだって、泣くくらいあなたが好きなんだ)

アカデミーの教室の隅っこで悪戯を成功させて逃げるときだけ、精一杯笑っていた子供が、正面きって怒って泣いて、向き合えるようになったのだ。誕生日を祝ってほしいと取るに足らない些細な願い事もいえなかった子供が、誰も振り向いて手を差し伸べてくれないからろくに泣いたこともない子供が、おおきな声で泣けるようになったのだ。

そうですねえ、と笑ったカカシが、でも恥ずかしくありませんか、と続けるのにイルカは盛大に照れた。








「グッドナイト、グッドラック」/カカシとイルカ






イルカ先生はいいなあという話です。












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