帰隊日が、交流会という名目のお祭騒ぎのまさにその日、訓練場の一部がバーベキュー場に改造されてんだから、神経磨り減らして体重3キロ落ちのこっちは笑うしかない。 わざわざ手作り突貫作業で張り巡らされた(無ければ作ってしまえというのがバカ)白熱球の明かりの下にいってこいと押し出されても、シャワー浴びただけのこっちはビール一杯で腰砕けになりそうなくらい疲れきってる。実力重視とかいっても、任務から外れたら年功がものをいうのでオレなんか当然下っ端、部下でも忍者デビューが先の先輩に注いでもらうならコップを干すのは当たり前、つぶれるのは覚悟だった。 さすがに帰隊翌日に日勤が入る人でなし勤務はないから、3日は休める。それでも色んな手続き報告を考えると時間があるとは言えない、でも急な参加でタダめしタダ飲みになるんならチャラだ。敵に対しては当然、余裕がないから身内に対してもギスギスしてささくれだってた勤務が終わった開放感、ほっぺたを軽やかになでていく笑い声たちの誘惑はたまんなかった。 あっちの肉に囓りついたりこっちの鮪の尾に箸をつけたりいるだけでこっちにコイ来い言われるんだから人気者は辛いもんだ。紙コップになみなみ注いでもらった純米吟醸のふくよかな馨りに発泡酒でいいのにななんて罰当たりなことを考えながら、 サスケがいねえなあとどこか探していた。 どうしたのといのに引っ張りこまれたサクラちゃんが焼きそばを食べながら訊いて来る、カリカリの皮がたまらなさそうな鳥肉の柚子胡椒焼きをトングでひっくり返しながら生返事をしていると、新しいチューハイの缶をクーラーボックスからとってきたいのが残念、とぼやいた。 「けっこう同期集まるかと思ったのにシカマルもチョージも哨戒、サスケくんなんかいきなり物見台だもんねー」 「勤務交代?」 「そう。なんか当番の妊娠中の奥さんが破水しちゃったんで早産になったみたいで」 「めでたいじゃん」 「同居してたお母さんが慌ててぎっくり腰になったんだってよー」 「……」 コメントしづらい。 非常時には駆り出されてナンボの職業だけど、恒常業務についたときは融通がつけやすいようにしてある。上司が理解のある人だと、奥さんが心配だろうからといって早退させてあげたり、勤務が楽なものにつけるようにしてくれたりもする幸運だってある。ささやかなものだけれどありがたいことだ。 「たまたま哨戒明けで報告上げに来たサスケくんしかいなくて、だって」 哨戒は里の周辺の主に道路付近の警戒が役目。もちろん忍者相手の警戒もあるけど、結界の維持修復がメイン業務で、中忍以上の術がつかえないときつい。物見台は哨戒業務の指示監督が必要で無線にへばり付いてモニタチェック、異常があれば当直にいって大隊長まで報告しなきゃいけないから中忍でも3年目くらいが適当。サスケは里抜けのごたごたで昇任こそこの春だったが、実力はあるとのことで上忍配置にもつけられる、非常に使い勝手のいい奴なのだ。おかげで忙しい。 わあわあ馬鹿騒ぎの渦の真ん中でいるのにサスケのことを思うと夕立を聞くようにすべてが遠くなる。いなかった時もあったけれど何故だろう、戻ってきてからずっとだ。 きっと、人と人の間には恐ろしい絶対の、底無しの崖があることを悟ってしまったからだ。肩を並べて同じ夕暮れを見ていても笑っていても、星々よりもっと遠い。人間はいつか分かり合えて、みんな仲良くいけるんだと十二歳のオレは言う。十四歳のオレも、でも十六のオレはそんなこと言えなくなってしまった。 クーラーボックスが間に合わないから洗ったポリバケツに大量の氷水、缶ビールと日本酒のどまんなかに夏の王様スイカが浮かぶ。 ぼんやり見ていたら帰るのか、とイルカ先生に訊かれてなんで何もいえなかったんだろう。まだあるからもってかえれ、と持たされたのは冷えたスイカとビール、ちょっと焦げた食べ物。 大騒ぎに背中をむけてオレは蛍みたいな灯りが点る青い帰り道を、ふらつきながらでも一歩ずつ歩き出したのだった。 崖の上にある物見台は大木の枝に隠されていて窓には分厚い黒の遮光カーテン、蒼白いモニタが虫の目のように並んでいる。土足で入るから土に塗れた床と間に合わせで天井についた扇風機が怠そうに回っていた。もう一人は休憩中なのかサスケはつまんなさそうにモニタ前の椅子に座っていた。 「よう」 「帰ってたのか」 「今日の夕方な。これ差し入れ」 ビニール袋に入れた救援物資に、勤務中に飲めるかなんて堅いこというのがサスケだ。 「すっげ盛り上がってるぜ」 「そりゃなによりだ」 客の気配にもう一人の当番が奥から顔をだした。ついでに時間だからとサスケを休憩にしてくれた。 部屋が別でも小屋自体にモニタの熱が籠ってるせいで吹き出た汗を拭う。断りもせずに窓を開けると、雨みたいな虫鳴り、木の葉に帰ってきたなと一番思わせる、森の匂いの夜風が首筋を撫でた。草いきれより深くて太陽の名残みたいな香ばしさだ。 薄く汗をかいたウーロン茶の缶を開けたサスケが、カーテンをめくって外を見る。 「あそこか」 眼下、黒々と広がる夜、路沿い気紛れにこぼされたスパンコールみたいにちゃちな光のなかで一番明るいところ。アカデミーに入れもしない小さなころ、明かりを暗くすると一等きれいだから電気を消した部屋の中、窓際に張り付いてじっと見つめることしかできなかった宝石箱みたいな場所。かすかなざわめきが聞こえるだけ、雲をほんの少し照らすあの場所にさっきまでいた。身震いするようにボロい冷蔵庫が鳴る此処はあんまり静かだ。 楽しそうだな、と穏やかに言う。けれどサスケの眼差しの中にサスケが心底欲しかったものは永劫ないのだ。 オレには分からない、と小さく呟いた声は今でもオレの胸の一番やわなところに刺さっている。 (兄さんが思ったように、木の葉を守るなんてオレは思えない) それだっていいとオレは喚いたけど、何がいいのかなんてオレだって知らない。無我夢中で叫んだだけだ。 でもオレが火影になるなら、十四や十六の子供がそんなことを言わないですむようにする。 「なあ」 「なんだ」 「スイカ割ろうぜ、任務上がったら」 サスケの交代は夜の12時だからあと一時間半。意味わかんねえと眉をひそめた奴は明日なんでもない顔をして、死んだ兄貴より一つ年をとる。死人の悪口はいけないが、ひでえことするよなあとオレだって思う。通り過ぎたサスケの思い出はあんまり優しかった。 成仏してくれとは思うが、たまの夢枕くらいはいいんじゃねえのかな。じゃないと、鴉のチャクラの名残かオレがなんでかこいつの誕生日を祝ってやらなきゃいけないような気がしてしょうがない。バカはオレの専売特許だから、今笑うのなんてお安い御用だ。 3カ月会えずじまいの彼女の部屋に行くより先に、サスケの背中を探すこと。ほのかに漂うスイカの青臭い甘さが少し胸苦しくって、オレはそわそわ焦っていた。 |
「流れ星まで」/ナルトサスケ |
ブログより転載。 |