1,2,3 「おまえら、…またやったのか?」 頭の上からふってくる呆れた声にナルトがサスケの肩にどん、と肘を当ててきた。体が揺れるのが癪でことさら踏ん張ればナルトがカッコツケ野郎といってくる。足を踏んづけた。 「バカか!」 ごっつん、と大音量でイルカの雷が落ちて、ナルトの頭が五センチぐらい沈んだ。びっくりしながらざまあみろ、と笑おうとしたら「―――おまえら!」と声が頭のうえから、目の前に火花が散る。 「…………ッ」 「〜〜〜ってえッてば。ひでーよ、イルカ先生」 両頭をかかえてしゃがみこむ、ナルトとサスケに拳をつくった右手左手をぶらぶらと振ったイルカは、もう一度怒鳴った。 「喧嘩両成敗だ、このバッカもんども……って、うわ、サスケ!」 「……」 日曜日のあぜ道で突進する猪にかちあったような顔をしたイルカに、サスケが顔をあげればナルトもぎょっとして青い目を剥いた。 「うわわわ、サスケ、すんげー鼻血!」 「ごめんごめん、先生が悪かった、やりすぎた、暴力反対、うわ、サスケ、うわ、うわ、すげえな、おい!」 「……」 ぬるぬるすると思ったら鼻血だったらしい。鼻から唇の横をとおって落ちた鼻血はぽたぽたとみょうにのんきなリズムで落ちる。伸ばした指で鼻の下を触れば、感じが墨汁みたいだ、と思いながらサスケは指をじっと見た。と、おもったらぐりんと視界が反転する。 「そんなもんじっと見てんなって」 見てるこっちがいてえ!と叫ばれて、耳が痛い。 「上むかねえと駄目だろ。そんで頭トントン」 たよな、先生?と尻すぼみの声でナルトは不安そうに尋ねる。どうでもいいが首根っこごと髪の毛を掴むのはよして欲しい。しかもトントン、と頭の後ろを叩こうとして、ナルトがやりにくいってばよ、とぼやいている。 「上向かしてどうすんだ…」 言ったとたん生ぬるい錆の臭いが口腔に流れ込んできた。 「ちがう、そんなふうに上向かせたら、気管が血で詰まるだろうが!おまえは心肺蘇生訓練をちゃんと受けたのか!」 「ぐ」 ナルトの手がはずされたかとおもったら、手甲のついた手が伸びてきて、サスケの頭を漬物のように押さえ込む。その拍子に血を飲み込んでしまい、サスケは顔をしかめた。だいたい、心肺蘇生の場合、気道の確保は横に寝かせた状態でなければ意味はないはずではないか。 なんなんだこいつら、とサスケは心肺蘇生はだなあ、そんなんおぼえてるわけねえってばよ!と鼻血ごときでさわぐ大人と子供を横目にした。鼻血が妙な方向に流れ込んだのか、出てないほうの穴からも鼻血が出る感触がした。 ウスラトンカチどもめ。 袖口や襟口を血で汚し、ところどころを土をつけたり破いたりでずたぼろの子供をふたり両脇に従えた常連に、店主はかるく目礼をした。 「すみません、ちょっと椅子かりてもいいですか」 「どうぞ」 夕方ちかいがまだ一番の混雑時には早い。しかも屋台だし晴れだから屋外に椅子が出せる。三人ぐらいなんてことはなかった。しかも気のいい常連客だ。 「助かります。ちゃんと食いますから、あとで注文いいですか?」 「ミソで先生がしょうゆ特盛り、……そちらさんは?」 常連ではない子供を一瞥すると、鼻の疵をなでた常連は笑う。アカデミーの教師だという話だから、当然教え子なのだろう。 「サスケ、なにがいい?今日はおごりだぞ」 「しょうゆでいい」 「はい、しょうゆ」 「あ、あと餃子も三人前、つけてください」 「はい、餃子三ね」 先生、今日はなんか豪華じゃね?と金髪の子供がいうのに、給料日だからなと常連は笑った。 ポーチの中にはいった救急キットでとりあえず子供たちの手当てを済ませる。 借りたお絞りでかたまりかけた傷口の泥を取ってやって、消毒スプレーを掛ける。のぞきこむナルトの頭をぐりぐりと撫でて、隣の椅子にすわってバンソウコウを自分ではるサスケに目をやった。 「サスケ、鼻血とまったか」 「だいたい」 「とって見せてくれるか」 まるめたティッシュをとって顔を上向けさせる。こごんでサスケの鼻をのぞきこむイルカに、なんだかむっとするナルトだ。だいたいサスケはカカシのときよりなんだか優等生っぽい顔をしている。ええかっこしいめ。 「へっ、だっせーの!」 「懲りてないのか、お前は。まったく」 とたんにしゅんとしたナルトにサスケがフン、と鼻を鳴らすものだからイルカはため息を禁じえなかった。 うっすら汗をかいたお冷のグラスが目の前に置かれ、まだすこし雨がふったり冷えたりするため、保温器から湯気をあげたお手拭を渡される。手を拭きながら、金色と黒の旋毛二つを見下ろしたイルカはすこしため息をついた。 (サクラもカカシさんも大変そうだな) だが実際、カカシはほとんどの場合我関せずだから、苦労しているのはもっぱらサスケを守る(?)べく立ち上がるサクラだった。 焼きあがったパリパリの餃子が湯気をたてて目の前のカウンターに置かれるのを、三人それぞれ自分の前に置く。カウンターの端にすわったサスケが割り箸を三膳とって、そのうち二膳をナルトに手渡すと、ナルトは首をかしげた。眉をしかめたサスケが頭越しにイルカをみるのに、意を得たイルカはナルトの手から割り箸を一膳とる。ぽかんとイルカをみたナルトは、横でいただきます、と両手を合わせるサスケの横顔を見、餃子を見た。 に、とナルトが笑ったのがお冷に映る。 「いただきまっす」 「おう、食え」 人生の空しさの半分は空腹からきている、と名言を吐いたのは誰だろう。くちくなって眠気をさそうぐらいの満腹に、春の夜風が気持ちいい。花明かりの道を歩いて町をあるいていると、イルカが立ち止まってちょっと待ってろ、と子供二人を置き去りにした。 土のあまい匂い、草の匂い、夜のどこかで虫がすこし騒ぎ出す、そわそわと落ち着かない感じが首筋を撫でている。サスケがしゃべらないのはいつものことだが、ナルトも何も言わない。みょうに落ち着かなくて、サスケがじんじんまだ痛みをもっている頭をなでるとたんこぶができていた。 「お、痛いか?」 小走りにもどってきたイルカが言うのにサスケは黙っている。まったく、おまえらはなあ、と呆れるイルカだがこのたんこぶはおそらくイルカの拳骨だ。やっぱり子供と大人では腕力が違う。 「コレがサスケの、そんでコレがナルト、お前のだ」 どさどさと手の中に落とされたのが薬局の袋だ。バンソウコウやガーゼ、消毒薬が一そろい。 「いいか、おまえら、ちゃんと責任とってお互いのケガを手当てするんだぞ」 「ええ〜?」 「返事はハイだ」 「……ハイ」 「一応手当てしたっていっても、傷口あらっただけだからな、お前らにはいい機会だろ」 ナルトの抗議の声もものともせず、イルカはみょうな押しの強さで手当ての大事さを懇々ととき、気がつけば説得されてしまった。イルカが見ていなければばれようがないから、そこで別れてしまえばいいものの、けっきょく根がすなおな性質の二人は気づけばナルトの部屋までの道をたどっていた。(ただしコレがカカシなら話は違う、おそらく「ばれなきゃいいだろ」の一言でお互い家に帰って終わる。人徳のちがいだろうか) ぶんぶんとイルカの背中がずいぶん遠くなるまで手をふっていたナルトに、サスケはずいぶん先まで行ってしまっている。 「置いてくなってば」 「……」 「なんでお前、イルカ先生がいてもあんましゃべんねえの?」 はっはーん、俺とイルカ先生が仲いいのにシットしやがったな。と言うのにアホか、とサスケは鼻を鳴らした。 「おまえこそそんなんでイルカ先生が子供できたらどうすんだ」 「は?」 自覚がないのか、と呆れたサスケは鼻を鳴らした。子供じみた独占欲、といってもいいかもしれないが、それは親のない『かわいそうな』サスケが、あるいはナルトが言うには惨めすぎる気がする。無条件にあたえられる手に対する条件反射のような飢え。 「できたってどうもしねえよ」 からりと聞こえた声にサスケは振り返る。黄昏のあおい闇がナルトの顔をかくすまですこし間があった。意外そうにひらかれた青い虹彩の真ん中、瞳孔のぽかりとした穴。 「だってオレ、イルカ先生の子供じゃねえもん」 「……そうだな」 「それがなんだよ?」 「なんでもねえ。とっとと歩けよ」 サスケがなんだか妙な顔をしていた、と歩きながらナルトは思った。 1脚しか椅子がないテーブルに手当ての道具をどさどさと置いたナルトはサスケに洗面所にいって傷をあらってくるよう言う。悪態もつかずおとなしく向かうサスケの背中を見送って、なんだか気持ち悪い、と思いながら口元がふしぎと浮つく。変なの、と思いながらナルトは台所の蛇口で手についた傷を洗う。 『はっはーん、俺とイルカ先生が仲いいのにシットしやがったな?』 そんな言葉を吐いてからだ、サスケがおかしいのは。 シット?なんだか漢字でかけない言葉。イコールやきもち。やきもちを焼く。誰かと誰かが自分より仲がいいのをいやがる、邪魔する。話したり触るのをいやがる、邪魔する。 ぱちんと手当てされるイルカとサスケが思い浮かんだ。そう、いやだった。 「?」 (やきもち?) (ってどっちに?) 「……ん?」 (って『どっち』って、なんだ?イルカ先生と?) 「……んん?」 ――このへたくそな人形はカカシなんだろうか。 洗面所のベランダ近くで揺れる人形を凝視し、真剣に考え眉をしかめるサスケの後ろでナルトは「ノオオオオォ!」と冷や汗をたらしながら頭を抱えている。 |
「1,2,3」/ナルトサスケ |
アンケートご協力、
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おまけ 「―――ノォオオオオオオオ!」 「……カカシか?」 ベランダに首根っこをビニール紐で縛られ、綿のとびでた眠そうなボタンの目がついた人形をサスケは指差す。はっと思考の海からのがれたナルトはこっくり大きく頷いた。 「おう!トレーニングのおともだってばよ!し、シミュ、しゅみれーしょんすんの!」 「……ちょっとやらせろ」 「……すかっとすんぜ」 「だろうな」 「いやーん、先生こまっちゃーう」 「!」 「!」 ずーいぶんと仲良しさんだねえ、君たち。と野菜籠を抱えたカカシは笑った。 「先生はうれしーいよ」 野菜籠の中味は納豆と生野菜だったらしい。 |