「キバ、起きろ」 ガン、と机をけられた拍子に、肘がずれた。唐突におそった落下間と浮遊感にキバは竦みあがり、枕代わりにしていた英和辞書から顔をあげる。 「ぅー、シノかよ、なんだ?」 「サスケだ」 斜め前に座った友人に顎をしゃくられて視線を教室前のドアに流せば、見覚えのある袋をサスケが上げた。いつものとおり、パリっとアイロンをかけているに違いないワイシャツにきっちり締めたネクタイとベスト、たしか今度入学案内の撮影に出るとか言っていたが、ほんとうに生徒手帳にのっている校則どおりの格好をしているのに笑ってしまう。ブレザーさえあれば、セーターやカーディガンで間に合わせるため、防寒着というには中途半端で値段ばかり高いベストまで買う人数は学年でもあまりいなかった。しかも毎日着ている人物となったらそうとう限られる。 眠気ののこるのを伸びをしてからだから追い出し、キバは立ち上がった。 朝のショートホームルーム前の廊下は教室に向かうものや、しゃべるもの、自習をするものでそれなりにうるさい。D組のドアによりかかるサスケにキバは軽く手をあげる。 「ぅーっす、サスケ」 「ジャージ、助かった」 「別に昼休みでも良かったんだけどな」 袋をひらけば、きっちりたたんである。 なんとなく、鼻を近づけてニオイをかぐとサスケがメガネの奥で呆れたような顔をされた。まあ当たり前だ。 「なんだ、それ」 「わりぃ、別にサスケ君がくさいって訳じゃねえよ。うち赤丸いるし、犬飼ってるからよ、どうしても家とか獣っぽいニオイすんだよな。だから他人ところのニオイとかおもしろくてよ」 「ああ、動物飼ってると服とかも毛がつくよな」 「ん?ああ。まーな」 わざわざ洗ってくるあたりも、きっちりと畳んであるあたりもらしいと思う。 「体育うちのところ6限だから朝じゃなくても平気だったんだけどな」 「いや、昼休みはちょっとな」 「また会議かよ?」 訊ねれば形のよい眉がしかめられる。いかにも面倒くさそうだ。十月末の土日に文化祭が行われるため、夏休みが終わってからこっち、文化委員会とクラス委員、生徒会などのスタッフはしょっちゅう呼び出されている。 「まあな。早弁して直行するから、今日メシ食えねえ」 「あーわかった」 「おそらく、文化祭が終わるまではほとんど会議室で食うことになるとおもう」 了解、と言えばサスケは教室の中を覗き込んで、腕時計に目を落とす。そろそろショートホームルームをはじめるために担任たちが廊下を歩いてくるころだ。キバは廊下の窓、渡り廊下を職員室のほうから教室棟にわたってくるF組担任の姿をみつけた。サスケもつられて目をやる。 「じゃあな」 きびすを返そうとするサスケに、まだ時間はあるだろうと踏んだキバはどうでもいいことだが気になったことを訊ねる。 「おまえんちって誰かタバコ吸うのか?」 「なんでだ?」 「いや、なんかそれっぽい匂いしたから。あと、コーヒーか。コレ」 鼻のところに、犬みたいにニオイの粒子をためる仕組みがあるらしいのだ。そのせいか、遺伝的にけっこう他人より鼻がきく家系なのだ、犬塚家は。 「そうか?オレにはわかんねえぞ」 「まさか委員長様が吸うわけねえよなァ」 当たり前だろ、と言ったところで、ドアのガラスが軽く腕時計をした手に叩かれ、サスケとキバは話を打ち切った。チャイムが鳴り、生徒たちがいっせいに動き出し、朝の廊下はさらにざわつきだす。 サスケが頭を下げるのに、キバも倣った。 「おはようございます」 「おはようございます、はたけ先生」 「うん、おはよ。もうホームルームはじまるよ」 えー、なんではたけ先生がうちんとこのホームルームなんだよー、と教室にかけこむ生徒のもっともな質問に、どこのクラス担任も今年は受け持っていない地理教師は出席簿を小脇にはさんで首をかしげ、いつもどおりの笑顔だ。 「D組の担任、副担そろって出張なんだから仕方ないでしょ。ついでに1限だから学年主任に押し付けられたんだよ」 ほら、君も教室にいきなさい、チャイム鳴るまでに入室しないと遅刻扱いになるんだから、と言いながらカカシは二人の生徒の間をわざわざ通って教室に入り、教卓に出席簿を置いた。じゃあなとキバに手を振りサスケは自分のクラスであるF組の方に小走りに向かう。もう海野イルカが出席をとりだす声が廊下に響いていた。 自分の席の椅子を引きながらキバは首をかしげた。 何度かサスケにジャージを貸したことがあるのだが、なんだかサスケのうちのニオイではない。 ……気がする。 比較的近所だから知っているが、サスケの家が動物を飼ったという話を聞いたこともも確か、ない。 ……はずだと思う。 それから。 キバは手の中のジャージに目を落とした。 「油女は出席、犬塚ー」 「ぅーっす」 出席をとられて教壇に目をやれば、にわか担任の地理教師と目が合う。出席簿の向こうで目を眇め、おそらく笑ってるだろう男から視線をはずし、キバはふたたびジャージを見た。おもむろにキバは体操服袋につっこんで紐をしめて机にのせ、英和辞書よりよほど具合のいい即席枕を両手で抱えこみ、目をとじた。 「キバ、1限の地理はビデオだから移動教室だ」 「……」 「ここで寝ても意味がないぞ」 油女シノに、知ってるっつうの、とキバは呟く。ジャージからはやっぱりコーヒーとタバコの匂いがした。 |
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まだジャージネタを引っ張る……。 |