ソーダポップ


















じりじりと首筋を夏至の日が焼いている。

北回帰線の真上、いちばん太陽が近く夜が短い日だ。そうしてふたたび赤道直上に太陽は戻り、南へと帰っていく。お誂えに梅雨の合間の快晴、一面の青空に白く眩しい雲、電波も良好で南風にまじってラジオニュースが流れてきている。白く焼けた土に陽炎は立たなくても翡翠のような木洩れ日が揺れ、夏に向けて緑はいよいよ影深くもう若葉とはとてもいえない。万朶のバラと百日紅の赤だけが負けていない。

町の中心からやがて道はゆるやかな起伏を繰り返しながら道幅を広げ細くなり、あるいは石砂利だけになり、またアスファルトになる。やがて木下闇を通り抜け坂をくだると、ちいさな用水と青々とした田圃がひろがった。鉄塔の白と赤がやけに鮮やかだ。

じわりと首筋に浮いた汗を拭い、日なたにたかる蚋を乱暴に手で追っ払った。日蔭から日向へ出るたびに視界が赤く白く灼ける。タチアオイはまだ蕾もつけていない、向日葵もひくく、朝顔も蔦が伸びるだけ、まだ蝉は鳴いていない。

だがまぎれもない夏だ。

「あちー」

右手に提げたビニールから歩きながらナルトがカンをとりだしプルトップをあける。放り投げられたカンを受け取ったサスケは銘柄を見て顔を顰めた。

炭酸は好まない。というよりもなじまないと言うべきか。ナルトは毒々しい紫色のソーダ水を喉を鳴らして飲み干している。甘味とはじけて喉をこそげ取るような乱暴な感触が好きだといっていた。だからナルトはこの時期になるとしょっちゅう買っている。

「骨がとけるぞ」
「なんかそれきいたことあんな」
「頭も悪くなる」

だからてめえは頭が悪い。空梅雨のためかわずか川幅を減らした用水路の上に渡されたコンクリート作りの橋、赤錆びた鉄筋の手すりを歩くナルトは空き缶をぐしゃりとつぶした。

「そんなんで悪くなる頭なら大したことねーんだ、きっと」

通じない厭味にサスケは眉間にしわを寄せる。最近、ナルトは妙に達観して見える。

「あー、そうだ、イルカ先生だ、それ言ってたの。ホーショク?」
「飽食だろ」
「人間の体って飢餓には慣れてるんだと」
「ああ、それか」

アカデミーの授業だ。理科のつれづれに話していたのを聞いたことがある。

「だけど食いもんが余るほどあるのにはなれてねーから、すぐ体が悪くなるんだって」
「チョウジは」
「ありゃ論外だってば」

向こう岸まであと三メートル、橋桁が低くなったあたりでナルトは手すりからコンクリートの川岸に飛び降りた。サスケも手すりを飛び越えて、なかばススキやセイタカアワダチソウに侵食されだしている川岸に足を下ろした。

だれが使ったのかもわからない階段を昇れば、緑色に歪んだフェンスの境から用水は放置されたプールのような場所に引き入れられ、黒い上澄みをもったよどみに姿を変えている。写真だけで見たことのある、ダムの水門に規模こそ劣るがとてもよく似ていた。

「なんだ、此処」
「遊水池。こっからじゃ見えねーけど向こう側に行くともっとでっかいのがあるぜ。お前しらねえの」

ナルトはフェンスの上の有刺鉄線を見てすこし顔を顰めたが、すぐにこっちに来いと歩きだした。

「マムシとかいるから気をつけろよ」
「ああ」

ハーフパンツから剥きだしの脛をススキの葉がかすめて、痛いような痒いような感覚だ。一歩足を踏み出すたびに立ちのぼる濃い土の匂いや、虫の気配に窒息しそうだとおもった。手の中、半分以上残した炭酸水はすでにぬるんでいる。

「ナルト」
「なに」
「やる」
「気、抜けてるってばよ」

オレに押しつけんなよな、と不貞腐れる相手にほんのすこし笑い、笑っていることに気がついて口元を引き締めた。

自分の笑い顔は好きではない。なんだか顔の筋肉が不恰好に痙攣しているような気がするからだ。笑う筋肉が上手くできていないのかもしれない。だがナルトが笑う、その顔は好きだ。ナルトはよく笑う。だから笑顔がいいのだろうかと思う。つられて自分も笑うが、やはり自分の笑顔は好きになれそうもない。

笑う、とは、歯を剥き出しにすること。武器をおおっぴらに見せて自分にはなにも敵意はない、と猿が見せることから始まったらしい。どっかのお金持ちの道楽息子がはじき出した猿がヒトのご先祖説に、どこかの神様は非常に困ったそうだ。とはいっても地球はまわってる説にもアワ食った神様だから、崇められるというのも大変だ。

好意をみせるものの象徴が敵意はないと言う符号だというのは、なんだか非常に皮肉だと思う。

足元に蟻が列をなし色濃い影を落とした土のうえを這っていた。生まれたときから運命と階級が決まり、ただひたすらに黙々と働き続けている。

かつての上司に言われたことがある。

(死人は何も思いやしないよ)

後悔ではないの、と呆れるでもなく責めるでもなく淡々と訊かれて自分は何も答えることができなかった。もう泣くことも笑うこともできない人達が自分の背後にいる。肯定ともつかない沈黙に男は、ばかだねおまえ、とだけ言った。

「サスケ?」

ナルトがわずかに目を細めたのに、サスケはもう一度笑って見せた。にっとナルトの口の端が持ち上がり、白い歯がぱっと咲く。がしりと手をつかまれた。

「あっちにフェンスが破れてるところがあんだ」
「破ったんじゃねーのか」
「オレじゃねえよ、けっこう前から開いてたんだってば」

(理由なんてたいしたものじゃなくていい)

好きになれなくてもいいと思った。ただナルトが笑っている。
サスケは汗ばんだその手を握り返した。理由はみんなこの手の中にある。いつかこの手が自分を傷つけようと、自分はこの手を傷つけない。それだけでいい。

飢えることにはなれていても充足になれることがない。なんて因果な、と思って今度こそ浮かんだ心底の笑みは自嘲の形になった。

カンに口をつけたナルトが甘いと顔を顰めた。

「これじゃかえって喉かわく」

ナルトがゆっくりと手の中のカンを傾ける。

「蟻が飲むだろ」

アスファルトにこぼれたソーダ水が沸騰するように泡だった。なまぬるい飛沫が顔に飛ぶ。日差しに炙られ続けた地面はまるでフライパンのようで、とけだしそうに黒く照るタールのうえに甘ったるい匂いが漂う。
草の匂い、土の匂い、のしかかるような充溢に息苦しくなる。





頬にとんだ飛沫をナルトの指が拭うのに目を閉じると、太陽が翳った。

























「ソーダポップ」/ナルトサスケ






初夏の憂鬱。
ナルトが好きなことを判っているサスケ。
この二人は夏です。
ありがとうございました。
アンケートお礼用、DLフリー文でした。













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