だからァ、利き手のほうが長くなっちまってんだって、とナルトはぱしんと目の前で両手を打ち合わせる。そして勢いよく前に伸ばした。 「…ッて」 「……あ、わりぃ!」 「お、サスケ君じゃねぇの。あがりか」 「まあな、おまえらもか」 アカデミーの廊下の角をまがりしな現れた人影に報告書を小脇にかかえたナルトとキバはようと手を上げた。緑色のベストの前をおさえ、痛そうに眉を顰めているサスケにキバが笑う。 「んだよ、どーした、怪我でもしたんかよ、だっせぇなあ」 「してねえよ」 てめえらと一緒にすんな、と唇の端に笑みをのせてサスケは階段を下りていってしまう。っかー、すかしやがってなあ、と背中をみおくったキバとナルトは顔を見合わせて歯を剥いた。 「ま、いいや、とっととあがってシャワー浴びようぜ。きもい」 「おう」 ハートビート 炎天下の中でこなした任務で服はしめって背中にはりつくようで気持ちが悪い。 半地下につくられたシャワールーム、明り取りからさしこむ傾いた西日であってもまだ熱をもっている。 (あのバカ力め) サスケはカランを捻りながら胸元をおさえて顔をしかめる。 水圧の強いシャワーが叩きつけるようにおちてきて、安っぽくあおいスノコを濡らして排水溝にながれていった。お湯に変わる間にサスケはベストを脱ぎ、黒いアンダーを脱ぎ捨てる。それから胸にまいたさらしをとめていた包帯止めをはずすと、胸をあっぱくする布地をとりさりシャワールームのドアにひっかけた。 胸元にはすこしきつめにしすぎたか、さらしの巻きあとがうすあかく残っていた。 ここ数日左側の乳輪が腫れて妙にでっぱっているような感じがして気持ちがわるい。しかも触ってみれば三四センチほどのしこりがあり、圧迫すると青なじみができた箇所のようににぶい痛みがはしる。忍具のはいったベストはそれなりに重量があるため、動き回るたびどうも痛くて集中ができない。それでついにサスケはさらしを巻いたのだった。 (なんだってんだ、クソ) 気持ちわりぃな、とサスケは前髪をがしがしと掻くと適温になったシャワーに頭をつっこむ。肩を背中をうつシャワーが心地よくて、タオルを泡立てることもせずしばらくただお湯を浴びていた。 この妙なでっぱりのせいでうつぶせに寝れば布団でさえごりごりして痛くて眠れないし、ちょっとしたものが当たっただけでも痛い。とくに今日のナルトの一撃は本気で痛くて一瞬しゃがみこみそうになったほどだ。 (……うぜぇ) 「お、サスケかあ?」 聞こえなれた声に蛇口を閉め、振りかえれば額当てで髪の毛のほとんどを隠すように巻いたナルトがたっている。 「キバはどーした」 「紅上忍につかまっちまった。あのねーさんこえぇよなあ…」 「……そうか?」 適当に相槌をうちながらサスケは蛇口をひねる。だが妙にひやりとした空気が肌を撫でるのになんの気なしにふりむいた。そして驚く。 「てめ……ッなにしてんだ!」 「そりゃこっちのセリフだってばよ!」 いきなりシャワーブースのドアをあけて踏み込まれたかとおもえば、二の腕を思い切りつかまれて引っ張られる。おもわず石鹸を踏んづけてすべりそうになった。 「やっぱサスケ怪我してんじゃねーか!」 「してねえよ!」 「だって包帯!って、ありゃ?」 「……ねえだろうが」 シャワーの水音のうしろで思い出したように蝉噪がきこえだしてくる。憮然とするサスケに眉を怒らせてさらしを指差していたナルトはぽかんとしてからうろうろと視線をさ迷わせた。 「……だってよう」 しゅんとしてナルトは青い目をばちばちと瞬きをする。下唇はふてたようにとんがっていて、とても十五歳には見えない。サスケのため息にきゅっと息をつめるのもわかった。 「……怒ってねえよ、別に」 ナルトが嫌がったのはサスケの怪我自体などではなく、サスケが怪我を隠そうとしたことなのだ。中忍試験のとき、まんまと大蛇丸につけられた呪印をサスケだけでなくカカシやサクラまで隠していたことがいやなのだ。 「怪我じゃねーんだな」 「してねえよ、別に」 最後の念押しとばかりに尋ねてくるナルトにめんどくさそうにサスケが答える。あーもう、心配させんなってばよう、と天井を仰いでナルトはにかりと笑い、額当てをはずして頭をぶるんとふった。 「な、な、オレ筋肉増えたとおもわねえ?」 「んなことよりてめえ出てけよ」 「今更じゃん」 「……だからてめえはもてねえんだ」 「あ!あ!そんなこといってしんねえぞ!オレだってけっこうイケてんだかんな」 「イケてるってことば自体がすでにいけてねえってことに気づけよ」 「んなこたねえよ!シカマルがいってたもんよ!」 「ついに耳までばかになりやがったか、ドベ」 「ドベじゃねーっつうの!筋トレの効果だって出てきたし!」 二の腕、腹筋、とやってから、ナルトはにやりと笑う。 「んで見てみて、すんげーのオレ!」 サスケここ触って、とサスケの腕をとって、自分の右胸の上、鎖骨のしたあたりを触らせる。と、ナルトの筋肉が手のひらの下でぴくぴく動いた。 「な!な?トキメキ木の葉テレホンショッピングの兄ちゃんみたいだろ?」 顔の筋肉までてかってむやみやたらと食い込んだウェアををはいて腹筋トレーニングをはじめとするシェイプアップ用品をうる通販チャンネルの名前をあげるナルトにサスケはげんなりする。 「ありゃ、見せる筋肉で実戦向きじゃねえだろ」 「いや、なんつうかよ、男としての憧れでない?こう、むっかあってきたら服がビリビリーって破けちゃうみてえなよ!」 だいたいサスケもスタミナねえじゃん、鍛えろよ、とナルトがいうのにカチンとする。ナルトのチャクラはほんとうに底なしで比べるのがばかばかしいほどだ。サスケだってカカシより消耗しやすいわけでもないし、けしてチャクラの少ないほうではないのだ。 「てめえのノロマ筋肉談義なんざどうでもいい、とっとと出てけよ」 「へっへ、むかついてやんの」 「……」 「胸板とか薄いしよー」 伸ばされた腕をサスケが払ったのに、ナルトが濡れたスノコに足をすべらせる。エルボーが胸に入ったのに、サスケは声なく悲鳴をあげた。 「―――――ッ!」 もとから皺のよりやすい眉間に三本まし、深さが五割ましになった顔にナルトは鬼気迫るものをかんじてそろそろとサスケの胸にあてがっていた手のひらをひく。 「……てめえ」 「……え?え?なに、なになに?」 「……くそったれ」 「なに、感じちゃった?―――――なーんて」 「死ね」 ひぎゃッ、という悲鳴に続いてカカシ先生の嘘つきぃ!と叫ぶナルトの声が人気のないシャワールームに響き渡る。しりもちをついたナルトは仁王立ちする真っ裸のサスケをあわあわと見あげた。 「あのクソ上忍がどうしたよ?あ?」 「三白眼のくせにメンチきんなっつの、こええようー」 「いいから言え、じゃなきゃもう一個、口作ってやってもいいぜ」 むしろそのほうが頭に風穴あいていいんじゃねえのか、と淡々というサスケにナルトはマジで怖ええよ、ニップルボーイ、と呟きながらしりもちをついたまま足と手とで後じさる。 「せ、先生がこう、かるーいスキンシップのなかでかわいくゆったら、場の空気もなご、む、ぞって……っ!」 豆腐の角で頭をぶつけて死ねる世界だ、石鹸も十分凶器になりうるのだとナルトは後日いったそうだ。 「ってよ、やっぱなんか病気なんじゃねえの?」 「さわんな」 「まじで平気か」 「……だからっ」 ナルトが伸ばした手を振り払うと、ナルトは中途半端な位置に手を浮かせたままサスケの顔を覗きこむ。 「わり、さっきのすんげ痛かったんだろ」 すなおな声といとけない子どものような目が完璧な笑いをつくるのにサスケは内心で舌打ちする。まったく普段バカみたいに裏表がないくせに、傷ついたときだけ笑うとはどういう了見だ、ふざけやがってと怒る。ばかやろうと舌打ちしながらほだされる自分が一番おろかだ。 出しっぱなしのシャワーがばたばたと背中を肩をたたく。服のほとんどをずぶぬれにしてしまったナルトも同様で、いつもよりくらい琥珀色になった髪の毛がこめかみにはりついているのに手を伸ばした。そろそろと回ったナルトの腕に、ばかやろう、ともう一度罵ってからサスケはナルトをつよくひきよせた。 「別にたいしたことじゃない」 ぼそぼそと水音にまぎれそうな声でいえば、背中をまようように撫でていた腕にぐっと力がこもった。妙な必死さだった。ぎゅっとつぶされた左の胸が痛い。だが安心したように息をはくナルトに抗議するわけにもいかず、サスケは黙していた。 「……なんか、あかるいとこで見るとおまえの裸って興奮すんな」 「あほか」 しみじみ感動したような声でいわれてもどう対していいのかわからない。 「すんげ、おまえ乳首とかピンク」 「てめえだって」 「俺そんなことねえってばよ」 「……」 「痛くねえようにするからさ、ちょこっと触ってみてもいい?」 左はよせよ、とサスケに念をおされたのにナルトは嬉しそうにうなずいた。 さわさわと脇のしたあたりから手のひらがすべらされる。クナイのにぎりすぎでできた胼胝や、むかしにくらべてぶあつくなり骨ばった手がゆっくりと胸板を撫でているのをサスケは見下ろす。なにか楽しいのだろうか。もみこむように動かされても、なでられると言った感じしかしない。 じっとサスケの胸をみおろしていたナルトの青い目が上がる。 そろ、と乳首をなでられて、サスケは眉を跳ね上げた。指の腹でなでながら、ときどき下から押し上げるようにする。だんだん、尖ってくるのにサスケは戸惑いながらじっと見ていた。こんなとこを触られるのは初めてにちかい。ナルトとサスケがみょうな遊びをおぼえてからしばらくたつが、それはどれもお互いの手の延長でしかなかった。 なんだか妙に赤くなったような気がして、サスケは眼を伏せる。西日とはいえ木漏れ日は翠に明るく、蝉の声も聞こえるのになにをしているのだろうと思う。もうもうと空間をうめつくす蒸気にサスケは喘ぐように息をした。ざらりと肩口にナルトの髪の毛の感触がした。手持ちぶさたでほそくぬれた髪の毛をかきあげる。 「……ふッ」 きょとんとナルトが顔をあげたのに、サスケは息をのむ。慌てたように呼吸を整えるが、ナルトは好奇心の赴くまま、サスケの右乳首を唇で挟み、きゅっとかるく吸いあげる。サスケがバランスを崩し、シャワーブースをよこのブースとしきる壁に肩をあずけた。角に体をはさむ格好になって、サスケに逃げ場はない。髪の毛のあいだをつたった温水が目にはいりきつく目を閉じた。 また吸いあげると、ふっと吐息がほどけるのが聞こえ、じわりと重い熱が体にたまりだすのがわかった。やわらかくても芯が通っていて、すこし唇をずらせばあっというまに逃げてしまう、小さな突起だ。だが頭の上からふってくる息はたまの夜でしかきけないような代物で、ナルトは止められなくなる。 「ぅ」 すこしナルトがかがんでいるため、サスケのしるしが腹のあたりで熱をもっているのがわかった。もちろんナルトだって同様だ。ひっきりなしに頭から降り注ぐ水滴に目の前がくもり蒸気でみちた空気は酸素がうすい気がする。ナルトは肌の触覚だけをおいかけていく。 なであげた手のひらがサスケの心臓の上をおさえる。小さく肋骨のあたりをゆらす拍動から上に手をあげれば、眉をしかめ、目を閉じたままサスケがうめいた。 「いてえ……」 「わりぃ」 「いてえよ……ちきしょう」 そろそろと腕をさげたナルトは熱っぽい息をふかくほそく吐き出した。耳にあたるこそばゆさにサスケは顎をひいて堪える。あー、なんかやっべえなあ、やっべえなあ、と繰り返したナルトはサスケの肩に額を埋め、さがったサスケの指に自分の手をからめる。まだ細い肩にぐりぐりと頬をおしつけた。 「今日、俺ン部屋こいよ。な?」 「……」 「やなら俺いくからさ」 「……」 「約束な。んでラーメン食おうぜ」 あーもう、がまんきかねえよ、と頭をぐしゃぐしゃとナルトはかき回し、目の前にあるサスケの顔にキスをした。キスをするために眼をとじたナルトの無防備な顔は好きだ。サスケはずるずるとしゃがみこんで、水滴のついた壁に頭を預けた。すこし冷たくてほっとする。ナルトもサスケにひっぱられるようにしてずるずるしゃがみこみ、シャワーのしたに頭をつっこむ。もれる傾いた西日に照らされ向かい合わせで赤い顔をしていた。 「……チィ」 腰が抜けている。 |
ハートビート/ナルトサスケ |
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