シネマ・ライラック 映画館とタバコ屋の間、古書肆のシャッターが下りているのが遠目に見え、サスケはすこし顔をしかめた。目の前がすこし翳ったと思えば肩を雨滴が叩きだす。降りだした雨にすこし走ったサスケは錆模様のかかれたビニールの軒下に駆けこんだ。 軒にあたる雨が軽やかな音を立てているが、日陰ができるほど明るい。この分だとじきに上がるに違いなかった。ポケットにつっこみシャッターにすこし寄りかかれば、指先に紙幣があたる。新しく巻物を買ってから演習場に向かおうと思ったのに、埃くさいシャッターにはチラシに裏書された定休日の三文字があった。 沈丁花ににた清しい甘やかな香りがする。葉桜の若緑がぬれ、白い花片が散っている。だが桜が薫るのは葉であって花ではない。どこだろうと視線を流せばライラックが淡紫の花をつけていた。 ときおり落ちる小鳥の足跡のような花が水輪をつくって浮きつ沈みつしている。 「置いてかないでよ」 「……」 なんでいるんだ。 サスケは道路をぬらしていく雨を見つめながら口を開く。 「言っとくが午後は修行だ」 「まだなにも言ってないのに」 予想がつくんだよ、とばかりににらまれ、買ったばかりのタバコをベストに突っこんだカカシはすこし肩を竦めた。 「じゃあそれ返して」 いつもながらマスクで顔を隠しているが、左眼を覆うのは白い包帯だ。ベストも前をしっかり閉じず、引っ掛けただけのようだ。サスケは額宛に手をもっていく。 「気づかなかったの?」 「……」 「ほら、こっちがおまえの」 結び目をほどいてみれば、たしかに布地もくたびれていたし鉢金も自分のものより傷が多くすこし歪んでもいた。受けとろうとしたらひょいととりあげられ、サスケは目つきをわるくする。 「……返せよ」 「映画観ようよ。人気ないけど俺この映画好きなんだ」 「そんな暇ねえよ」 「老夫婦が出てくるんだけどね、かわいいんだよ。天気もこんなんだし」 「話きけよ」 「飴もあるよ」 「いや関係ねえし」 ポケットからだしたカカシの手にはたしかに飴玉がいくつかとしわくちゃの紙幣と硬貨、それとチケットが二枚。 「観ようよ」 「……アンタな」 「起きたらサスケ君いないし」 「うるせえな」 「鈍いし」 定休日の紙を貼り付けシャッターを下ろした店の軒下で雨宿りをしていたサスケは、水溜りをよこぎる青空を見て足を踏み出した。ライラックの花が露を含んで揺れている。東来したあわあわしい時雨は去ったようだ。 |
「Cinema Lilac」/カカシサスケ |
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