ランチタイム side S カーテンにいくつもひだができた。
よけそこねて舌打ちしても、息があがってれば虚勢の役にも立たない。 生ぬるい耳たぶをかさついて柔らかな唇にはさまれる。首筋をかすめた息の湿りと熱、わずかに伸びた髭が皮膚を削るようで、背筋が粟立った。胸のおく肋骨のした、幾重にもまもられて脈打つはずの心臓がむきだしになるみたいで目を閉じる。 体全部が裏返って感覚を受容するためだけのものになる、指先まで思うようにならない錯覚、溺れるようなそれが怖かった。 髪の毛が瞼の辺りを撫でるのに顔をうつむけると、うしろで笑うのが体に響いた。
男の笑みは濃くはなってもけして薄くならない。胡散くさく愛想がいい色が消える時は刃を抜くときだ。そんな時以外およそうろたえてる所なんて見たことがなかった。 どこかでアカデミー生の笑い声が聞こえるのに心臓が飛び上がった。まだ笑ってやがる。あんただいたい何処だと思ってんだよ。いま何時だと思ってんだ。
「気になる?」 あそぶような手のひらの動きにびくびくと脇腹がひきつった。男の笑みがさらに深くなる気配。まんぞくそうな顔しやがって、くそ。あ。 何でカーテンからタバコのにおいがすんだ。
くそ、考えがまとまらねぇ。 「……ッ、ん」 やっぱりあんた最悪。 side K やたら大きな襟ぐりからのぞいてる無防備が好きだ。やろうと思えば文房具でだって死んじゃうのに、お前そんなんでいいの。こっちがいきなり気の迷い起したらどうすんの。 こつこつと背中に繋がってる頚椎をかじった拍子の声が存外かわいい。ほぐすようになかで指を動かしながらもう一度。もっとはっきり声があがった。皮膚がうすいから?それともこっち?どうだっていいけど。 なんだか無性に欲しくなって、気がついたら引っ張り込んでいた。使うところだけ出して、場所も場所だし、誰が来るかわからないから言葉数も少ない。 やわらかい子供じみて産毛の似合う首筋が、だんだん白磁のように照りだす。うす赤い噛み跡を舌でなめた。すこし汗の味がした。うしろからおしあてると、怖がるように身をよじるので腕一本で押さえた。 「待、……――――っ」 皺よったカーテンが、あわい斑模様をかえて、教室に差し込む光が乱れる。強く握られすぎた細い指先が白かった。 やっぱりきつい。切れてないのにちょっと安心。乱れた呼吸に罪悪感。でも任務中からここまで我慢したんだけど。いまも我慢してじっとしてんだけど。
やっぱり怒る? 「……ぁ、あ、や」 指先にとらえたぬかるみをかき混ぜると、わずかに力が抜ける。むずがるように首を振った。この子には珍しい幼い仕草を見ないふりをして、爪でくぼみをなぞりながらゆっくりゆっくり追いつめる。 肘がくだけてカーテン越しの窓に頬をおしあて詰めた息を漏らす。ゆるい揺さぶりにだんだん息がはやってほどけて、睫毛から涙が布地に染みていった。 やっぱり、すごくいい。 「あ……っ」
手はなすと見えちゃうよ。 「や、だ、……ァ、あ……ッ」
教室の中はひとしきり、ひっくり返った高い声。 床にずり落ちそうになるのを胸元のところで支えやって、布地をぎゅっとにぎった指のいとおしさに手の甲に唇を落とす。濡れた手の中で小さくひくんと震えた。中も動いた。うん、ものおぼえがいいのはすごくいい。単純にすごく、いい。 「・・・・・・なににやけてやがる……」
ああ、やっぱりいいなあ。お前から顔見えないのによくわかったね。 自分がどんな顔してるのかがわかって、自分の手がびっくりするぐらいやさしいのかって勘違いしそうになる。 振り向いた目元、浮いた汗にはりついた黒絹の髪が好きだ。好みで合致するのはこれぐらい。
好みなんてねえ、探すほうが一苦労だ。
「……抜け」 ほんとうに何でなんだかめいっぱい。 でもこのままだとカーテンのフックが外れちゃうし。お前がどうでもいいんだって言うならこっちはおかまいなしだけど。 ん?むしろ望むところか。うそはいけない。人間正直がいちばんだ。お前も意地はるのよしなさい。 とっくにわかってる。
「おい、待、……てめっ」
お、新語。苦しいけど。あいた。禿たらどうする。
「……ッ、……やぁ、あ」
同じリズムでカーテンフックがキイキイ悲鳴をあげる。机も軋む。
なんでそんなにいっぱいいっぱいなの。なってくれんのお前だけだよ。
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「ランチタイム」/カカシサスケ |
タイトルが卑猥かつ文が妙に牧歌的。 |