ゴムの皮膜ごしでも重ねれば充分に熱は伝わって、炙られるようだ。傷つかないのをいいことにをきつく扱えば、痛いような痒いような刺激のもどかしさに膝をふるわせる。 「ぅ、ン」 うすく眼をあければ左眼だけ焦点が合う。瞼がぴくぴくと痙攣し、直い睫毛の先が涙をすこしまつわらせて震えていた。 「は……ッ」 すべった指の動きにひきつり、開いたくちびるから零れた唾液がワイシャツの襟をよごしてしまう。身だしなみのきちりとした少年はひどくいやがりそうだなと思うが、今さらだ。 白衣をつかむ指がきつく曲がり、解けた。 ヤニで黄ばんだカーテンから洩るうすぐもりの淡い明かりが髪を小さく光らせている。窓の下のほうがうっすらと結露していた。腹のあたりをじかにくすぐる銀髪に指を絡めると、ボタンを留めていた男の指がとまった。きゅっとつよく吸いあげられる。 髪の毛を掴んで抗議した。 「……もう、しねえぞ」 「残念ながら、時間切れ」 返事に安堵まじりの息を深めに吐くと、へこんだ腹の上に頭を置いたままカカシは笑った。昼休み終了五分前のチャイムが鳴り出し、屋外にいけないままの生徒たちが移動しだす物音が湧きあがってくる。 「やっぱこういうとこだと落ち着かないね」 「……あたりまえだ」 すこしかすれ気味の声での不機嫌な返事に、つまみぐいはやっぱり拙かったかとカカシは苦笑しながら、机の上に腰掛けるサスケのワイシャツのボタンを首元まで留めてやり、まだ厚みのあまりない肩口に額を埋めた。 「つうか、それどこに捨てんだ」 「……学校では捨てないって、さすがに」 見つかったらそれこそ大騒ぎだ。入れるためではなく、服を汚さないためにつかった避妊具の行く末を案じるのがなんとも現実的でおかしい。学ランを温ませ、まだ熱をのこしたままの肌にしみてくる体温に、サスケはべたべたうっとうしいと眉をしかめる。 「そろそろ行くぞ」 「もうちょっと」 耳元におちた囁くような声にぞわぞわする。これだからひっつかれるのは嫌なのだ。せっかくベルトも締めなおしたのに。サスケを抱きしめるでもなく、まるで眠るように肩に頭をあずけるカカシをつきはなすのもなんとなく躊躇われる。いっそぎゅうっとやられてしまえば暴れようもあるのだが、カカシの両手はだらりと下がるだけだった。 「サスケ、今日、用事は?」 「ないが、それが?」 くっと喉が鳴ってしまったのは失笑ゆえだ。 (空気ぐらい読みなって) ガラガラっと響いた音と流れ込んでくる外の匂いの混じる廊下の空気に、F組の半数が後ろを振り向いた。同時に始業チャイムがなりだし出席確認の声がかすかに聞こえてくるが、F組は教師の出張による自習のため着席をいそぐ生徒はいない。 「課題プリントを教壇に置くんで各自持っていくこと。ついでに出席簿も置いておくから、丸つけてってくれ。授業終了したら数学係に提出」 面倒くさそうにサスケは教壇から教室を見渡した。 ばさりと重なった課題プリントに自習時間を活用しようとしていた生徒たちから抗議の声があがる。それでも受けとった生徒たちは手書きを印刷したわら半紙のプリントを覗き込むと、すこし嬉しそうだった。 「あ、でもこれはたけ先生のか」 「ぽいよな、はたけノートのコピーっぽい」 それを聞いた生徒たちが立ちあがってとりあえず問題だけでも持っていく。解答はいずれ配られるだろうと踏んでいるからだ。 担当の教師によって意外に平均点は左右されるものだ。去年、なにかの伝手でもって塾講師からひきぬかれた数学教師は「バカと子供は嫌い」を明言し実行する奇矯な人物ではあったが、基礎から応用までの効率のいい教え方のため、向上心のある生徒の評判は悪くなかった。 小走りで来たため、学ランをきっちり着ているとすこし暑い。だけでなく汗ばんだシャツがはりつく感触が嫌で、自分の席に着席したサスケは学ランのボタンを緩めた。 かつん、と何かがおちる音に眼を走らせると、机と机の間にある通路をあるいていた上履きにぶつかる。椅子に腰掛けたまま手を伸ばそうとしていたら、きれいに磨かれた爪が拾いあげた。 「サスケくん、ボタン落ちたよ。はい」 「悪い」 春野サクラが手渡すのを斜めの姿勢のままサスケは受けとって学ランのポケットにつっこむ。 「サスケくん、一番上のボタンも取れかけてるよ」 「……」 「留めてあげようか?」 「いや、いい」 残念そうなサクラを横目にサスケはメガネを取り出してかけると、プリントを広げた。いまいましいへのへのもへじが印刷で歪んでいる。 ――――死ね、あのエロ教師。 |
「5分間」/カカシサスケ |
先生はどんな悪行をやらかしたんでしょう。
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