strawberry on the shortcakeあらすじ

作戦行動中に敵の罠でうっかり性転換をしてしまったサスケと9歳になってしまったナルト。子ナルトはもちろんサクラちゃんが大好きなのにサクラちゃんは女になったサスケと仲が良くて…、というお話。

という2行で終る内容のかるーい話です。ラブコメを目指したのに前フリで終ってしまいました。ので続編です。

よろしければスクロールどうぞ。






















男子トイレのなか、洗面台で手を洗っていたイルカは、奥の個室から水音がして影があるいてくるのに僅かに体をおこし通路をあけた。蛇口を締めながらなにげなく視線をやって、ぽかんと目も口も真円のかたちにした。

「……」
「どうも」

ぺこりと鏡越しトイレにそぐわない優雅な所作で頭をさげた少女が会釈をしてすり抜けていくのをまじまじとみつめ、それから青いタイル貼りの壁にいくつも取り付けられた白い便器をみつめ、曇りガラスのむこうで裏返しにうつる男子便所とかかれた標札をみつめた。少女の格好はどうみても清掃員の制服ではなかった。

ちじょ。痴女か。もしや。

「あの!失礼ですが」

妙齢の女性に正面きって尋ねるプレッシャーを思えば胃が痛み始めそうだったがイルカは勇気を奮い起こして廊下を走り、声をあげた。アカデミーはいくら日々鍛錬をおこなっているとはいえ多数の子供達が通っているのだ。子供達は俺が守る、とイルカは使命に燃えた。

青い夕闇を漂わせている渡り廊下、窓から西にひるがえる雲を金色に光らせる落日の余波りを斜めにうけ、立ち止まった華奢な背中が振り返った。

長ければ緑なすともいえそうな見事な黒髪は短く、目をひくほど白い首筋が露わになっている。幼いというよりすでに女性らしいやわらかく白い面輪には、ひどく整った顔立ちがのっていた。意思のつよそうな眉はとおった鼻につづき、切れ長の目じりのすずしい杏仁型の目が猫を思わせる。誰かににているな、となんとなく思っていると肌の白さにいっそう紅い唇がやわらかにほころんで、わずかに笑ったとしれた。

お久しぶりです、と会釈をされてから、あれ、とイルカは疑問符を頭の周りに飛ばした。三代目存命の頃から受付仕事をしばしば手伝ってきたイルカは里に所属する忍のほとんどを見知っているが、頭のなかで捲られた帳簿のなかに該当する女性の顔はない。例外として協力要請によって他の隠れ里の忍ということもありえたが、彼女が額につけているのは木の葉隠れのものだった。

(いや待てよ)

誰に似てるっておもった俺、とイルカはあわてて脳内帳簿を捲りなおす。絞りこみ条件詳細部分は類似も含め、andではなくorで再度検索。開始。

「あにやってんだ、おっせえぞサスケェ!」

聞こえた子供の大声にチキチキチキチキチーン、と軽快なベル音が脳内で鳴り響いた。検索結果一件。はやく来いよサスケ!ともう一度聞こえた声は声変わりもまだの幼いものだ。廊下のむこうから走ってきた小さな人影が、あ、といって立ち尽くす。

「イルカせんせいっ!」

ヒヨコかトウモロコシの花を思わせる金髪と碧眼、陽に灼けたおさない顔に満開の笑みをのせて走ってくる。誰かに似てるなあ、と思ったところでイルカの頭は過回転に焦げついてフリーズし、勢いよくとびついてきた子供を受け止め損ねて壁にうちつけられた。

「ナルト?どうしたの?」

サスケくんは?とのんびり歩いてきたサクラは廊下に倒れているイルカをみて大変!と声をあげた。





ごめんな、とトイレの前で頭をさげる恩師にうちはサスケは困惑していた。救護室にアイスノンを借りにいったサクラについてこの場にいない子供に飛びつかれ後頭部をおもいきり壁にぶつけたせいでイルカは混乱しているのかもしれない。寝てたほうがいいですよ、といっても廊下に正座をして両手をそれぞれの膝におしあて床に額がつきそうなぐらい頭をさげている。もしかしてサスケか、と尋ねてきたイルカに頷いたらいきなりこうなったのだ。

「ごめんな、まさか、まさかサスケがずっと女だってこと隠してたって思わなくって俺……ッ!」
「いや男ですが」
「いいんだサスケ、無理しなくて、心細かったろ……っ」

一言での否定を強引に流し、風でもおきそうな勢いで顔をあげたイルカの眼は無駄にキラキラ輝いている。力いっぱい笑おうとしているらしく口元をなんとかもちあげていたが鼻の頭は赤くなり、涙ぐんでいる。ぎょっと身をひいたサスケをよそにイルカはずずっと洟をすすりあげ拳を眼におしあてた。肩が震えている。

「ほんとに、ごめんな!あんなちっちゃい頃から男のふりして、ど、どれだけ…っ俺、俺がもっと気づいてたなら!」
「いや、あの」

水錬の授業であんたオレの裸みたことあっただろうがと突っ込みながら、本格的に泣きはじめたらしいイルカに困惑したサスケがほとほと困り果てて視線をさまよわせたところでばたばたと足音が響いた。

「あーっ!なにサスケってばイルカ先生いじめてんだってばよ!」
「……いじめてねえよガキ」
「いい訳すんな!男女!」
「女じゃねえ」

走りよってきた子供のもちもちやわらかいほっぺたを爪先でつまんだサスケはひねりあげた。

「〜〜〜〜ッ!」

バタバタと足を動かした子供は涙目になってサスケの手首をつかむと、おもいきり爪を立てた。走った痛みに眉を顰めるがサスケは頬をつまんだ指を上下に動かす。うううう、っと唸ったナルトも意地をはってますます力を爪に力を入れる。首をうんうんひねってどうにか手から顔をもぎはなしたナルトは涙目でサスケを睨むと大きく息を吸い込んだ。

「ァんだよ、サスケのばーか!まな板!でべそ!ぶす!」

直後に盛大な雷が落ちた。

「こんの、バッカモン!」
「っだぁ!」

あまりの音量に窓ガラスが揺れたような気がした。うるせえ、と眉をしかめたサスケは耳をふさぐ。

「サスケに謝れ!だいたい年頃の女の子にむかってぶすってなんだ!先生はお前をそんな失礼な子に育てた覚えはないぞ!」
「なんだよオレばっかりィ!カガイシャはあっちじゃんかよう!ふこうへい!」

真っ赤にひりひりはれた頬を押さえた子供は思い切り拳をふりあげたイルカを睨みつける。

「しかも嫁入り前の女の子に傷をつけて!おまえはどういうつもりだ!」

責任とれるのか、と詰め寄るイルカに子供はセキニンって、ときょとんと大きな眼を瞬きさせる。

「おまえのせいでサスケがお嫁さんにいけなくなったらどうするんだ!」
「……へっ、こーんなどブス貰い手あるわけねーってばよ!」

ぷーい!と小憎たらしく思い切り顔を背けて吐き捨てた子供はイルカの足を思い切り踏んづけた。痛みに気をとられている隙に子供は廊下を走って逃げていってしまった。 ふうとイルカはため息をつく。

「まったくあいつは………痛い!うわ、思い出したようにいたい!」
「昂奮するからですよ。頭に血のぼっちゃったんじゃないですか」

はい、アイスノンです、と脇からタオルにくるんだ緑色の氷嚢がイルカが頭にのせた手の上に置かれた。顔をあげるとしゃがみこんだサクラがいる。サスケくん、と呟かれて眼を瞬く。

「……説明したの?」
「……いや」

しようとはしたが、本人の思い込みが激しくてさせてもらえなかったのだ。

「そうだサクラ!って、痛たァ……!」

がばっと顔をあげたイルカにサクラは、はいなんでしょう、と返す。

「その、サスケはその、女性……」
「違いますよ。あとナルトも。あ、先生、アイスノン落ちました」

ちゃんと手に持たないと、と一言でもってあっさり否定したサクラはイルカの手にもう一度氷嚢を渡した。





「ええと、その術だかの後遺症で夜だけ変化しちゃうってことか?」
「まあそうらしいです。ナルトはランダムなのでタイミングがわからないんですけど。師匠もこればかりはって唸ってました」

チャクラの残量に左右されるらしいんですけどね、とサクラは眼のまえにおかれたラーメンに箸をぱきりと割ってイルカに説明をする。カウンターに半分のりあげていた子供が声をあげた。

「塩バターオレも食いたい!」
「はいはい、ちょっと待っててね」

すみません、器もらえますか、と店員にいうサクラの姿はもうそのまま母親だ。

「だんだん、変化してる時間が短くなってるので放置しておいたほうがいいらしいって師匠もいってまして。経絡系のほうに術がかかってて、日向のご当主もちょっと手を出しかねるって」
「……オレはとっとと戻りたい」

ぼそりとしょうゆラーメンから顔をあげたサスケが言うのに、イルカはでもなあと頭を掻いてお冷のグラスに口をつける。

「経絡系いじられるのは危ないからなあ。五代目が仰ってるってことはなあ」
「ワガママいってんじゃねえってばよ!」

サクラをはさんで横、イルカの隣からあがった子供のほうを見もせずサスケは鼻で笑った。

「うるせえ。ガキ」
「ガキじゃねえよ!」
「腕相撲に勝ってから言え」
「ァんだとォ!」
「それとも夜中に一人でトイ」
「だああああああああああああ!サクラちゃんの前で言うなってば!」

大騒ぎするナルトの頭をイルカが押さえつけた。

「まったく、落ち着きねえなあ。ナルト。サスケもそんなにからかうなよ」
「……フン」

相変わらず人好きのするイルカになだめるように笑われて、サスケも反発するわけに行かずバツが悪そうに視線をそらした。いらだって子供に八つ当たるような真似をしてしまったことがいまさら恥ずかしい。

「なんだよ、サスケのええ格好しい。いい子ぶりやがって!」
「おーまーえーは」

ちょっとは黙って食ってろ、とイルカが餃子を放り込んだ。思わず口をあけてナルトは飲み込んでしまう。イルカはよくかんで食えよと顎をつかんでごしごしうごかしながらサクラに話しかけた。

「今夜はナルトどうするんだ?」
「えーっと、私、これから医療班に呼び出しもらっちゃってるんです。シフトが入ってて。それでイルカ先生にお願いしようかと……」
「悪い、おれ遅番で今夜無理なんだ。えーっと、カカシさんは」
「ヤマト隊長と別口で出ちゃってます。サイも」
「だからオレんとこでいいって言ってるだろ」

よくない、とサクラとイルカは同時に思う。

「いやだってばよ!」
「うるせえ、ワガママいってんじゃねえ」
「っ!」

さっき言ってたよなおまえ、とサスケの手首が閃く。べしっとメンマがナルトの眉間に命中した。ナルトがきりきりと眉をつりあげる。

「おまえら、食べ物で遊ぶんじゃありません!」

米粒には神様七人がいるんだぞ、といったイルカの怒号にナルトがうわあと頭を庇う。その拍子に肘が丼にぶつかって、味噌ラーメンが宙を舞った。チャーシューとネギも続く。

「うぁっちィ!」

火傷をしたせいで利き手を使えなくなったナルトは食べきれずにのこしたサクラとサスケのぶんのラーメンも貰って満腹のナルトは至極ご機嫌だ。サクラに「あーん」をされてラーメンを貰ったときに「そこまでいうんなら行ってやっても構わないけどォ!」と言うくらいには。





********************





それでもうちは屋敷のある集落にきたときにはぽかんとナルトの顎が落ちた。

「……なに、ここ」
「俺んちだ。とっとと入れ」

ガァッと驚いた鴉がいっせいに飛び立った。顔の真横をとおりすぎていった生ぬるい風にうわあ、とナルトは悲鳴を上げて頭をかかえる。うっそうと生い茂ったススキやセイタカアワダチソウが屋敷のなかばを覆い、提灯のあかりに浮かび上がるのは破れかけた家紋入りの幕、柱の傾いだ門では半開きで腐りかけた扉がギィギィと軋んだ音を立てていた。これで人魂が飛んだら正真正銘お化け屋敷だ。

早く来いよ、と振り返ったサスケが顎をしゃくる。

「ここここんなとこに住んでんの?」
「手入れができてねえんだ」

業者を入れようと思うと任務が入ったりして庭は植物が野放図に茂っているし、古い家屋だけあって柱が腐りかけて納戸はもう崩れかけだ。指摘されて流石にまずいかと思い、今度の休みに業者をよぼうとサスケは決意する。よいしょ、と歪んだ引き戸をもちあげるようにして開けるとサスケはうすぐらい座敷にあがった。

「足洗う水もってくるからちょっと待ってろ」
「ええッ!」

大声をあげた子供が眉をへの字にして見あげてくるのに、片方の眉をひょいともちあげて顔を近づけた。

「なんだよ、怖いのか、ガキ」
「怖くねえよ!サスケこそブルってちびってんじゃねえの!」
「アホか。自分の家で怖がるやついるか」

そのまま座敷に上がってサスケが家の奥に姿をけすと提灯をかかえたナルトは、怖くなんかないもんね!と一人で空中に毒づいてみる。だが足がどうにも下がり気味になるのは致し方なかった。

「うわっ」

いきなり強くなった夜風に提灯の灯りがはたりと落ちる。押し寄せた雲が月をかき消して気がつけば目の前はかざした指先すら見えない暗闇。

「〜〜〜〜〜〜ッ!サスケェ!」

どたどたどたっと足音が響いたかと思えば、いきなりしがみついてきた子供にタックルをされてサスケはよろめいた。座布団を踏んづけておもいきり座敷にひっくり返る。水をいれる前の金盥がほうりだされて廊下でおおきな音が、サスケの頭の中でも響いていた。くらくらする。

「ってぇな、このドベ」
「ドベじゃねえっ」
「びびったのかよ」
「びびってなんかねーってば!」
「ったく」

サンダルくらい脱いであがれよな、とナルトを抱き起こしたサスケはしゃがみこむと、足をだせと命令する。あ、とようやく暗さに慣れだした眼を瞬いている隙にナルトの足首をつかんだサスケは細い指で留め金をぱちぱちと外していった。

「暑いから風呂沸かさなくてもいいだろ。シャワー浴びて来い」

その間布団準備しているから、と立ち上がったサスケは電球の根元に手をやってぱちんとあかりをつけた。暗がりになれはじめていた目には眩しい明かりだ。

「ナルト?どうした」

うつむいたままの子供に腹でも痛ぇのか、としゃがみこむ。ふわふわ太陽のにおいをたくさん吸いこんだトウモロコシの花ににた金髪をかきまわす。くすぐったそうに細められた青い貝殻でも象嵌したような大きな眼がきっとサスケを睨んだ。ぼそりと呟く。

「…びびったんじゃねーかんな」
「……そうだな。とっととフロ行ってこい」

いい加減つっこむ気もうせてほら、と背中を押してやった。数歩歩いた子供が振り返る。

「嘘じゃねーんだかんな!」
「わかったわかった」
「マジでぇ!」
「うるせえ!」

とっとと行け、と蹴り転がしたのは八つ当たりではけしてない、はずだ。ようやく静かになったかとため息をついて蚊帳をさげて窓を開け放った。

だがすぐに風呂場から大声があがった。

「サスケェ!」
「なんだよ」
「手、いたくて洗えねえ」

そうだった、と思い出したサスケはため息をつくと風呂場へと踏みこんだ。シャワーをかぶっていた子供が振り返る。

「洗ってやるから貸せ」

濡れたタオルを踏んで手を差し出すと、左手にもったシャワーヘッドを後ろに回した。

「〜〜〜いいっ!ひとりでできるっ!ていうか見んなスケベ!」
「すけべじゃねえよ。なに矛盾したこといってんだお前は。いいから貸せ」

すぱんと足を払ってよろけた子供の腕をつかむとシャワーを取上げて頭から問答無用でお湯を被せる。うわっと咳きこんだ子供は抵抗は無駄だと早々にあきらめたのかおとなしくなった。

「体は?」
「……なんとか洗った」
「じゃあ髪だな。座れ」

腰掛けに座ったナルトの後ろ、蓋をしたままの浴槽に座ったサスケはシャンプーのボトルを引寄せる。よくぬれた小さい頭に手を押し当てると、あわ立てはじめた。

「眼あけるなよ」
「おう」
「きつく瞑っても沁みるぞ」
「ええっ」

丸いな、こいつの頭と思いながらサスケは指を動かしてあわ立てていく。きれいな丸い頭は、よく寝返りをうたせてもらった証拠なのだと母親が言っていたのを思い出す。かわいがられていた証拠だとも。

(掴んだら投げられそうだな)
「流すから耳押さえてろ」
「ん」

いいつけどおりに両耳を両手でそれぞれ押さえたナルトがぎゅっと眼をつぶるのを見てからシャワーを丁寧にかけて泡を洗い流した。もういいぞ、と頭をたたいてやってから風呂場から洗面所にでて用意をしていたタオルをかぶせてやる。

「……」
「どうした」

むっつりと黙り込んだ子供にサスケは濡れたシャツを頭からぬきながら尋ねる。手首に残った爪あとがお湯で温められたせいか蚯蚓腫れになっていた。少女の白い手首についているにはいささか痛々しい。ばつが悪そうに子供は視線をうろうろとさまよわせる。シャワーのせいだけでなく、丸いもちもちとした頬には血が上っていた。

「傷、残ったら」
「あほか」

残るかよ、こんなかすり傷、とサスケが吐き捨てると子供はイルカ先生が言ってたし、とサスケを見あげた。

「もしっ、もっ、貰い手なかったら、オレ」
「なんだよ」
「だからァ、セキニンとってオレがもらってやってもいい!」

きりっと眉を凛々しく吊り上げて言放った子供の、なんの話だよ、と訝しく思いながらサスケは下着も脱いだ。こうなったらついでに自分もシャワーを浴びてしまうのが得策だ。ブラジャーをはずすと流石に肋骨を圧迫する違和感がなくなって気持ちがいい。サスケはすこし眼をとじて幸福のため息をついた。この開放感はなかなか味わえない。うっとうしくて思わず、ウスラトンカチと言ってしまった。

「いいからおまえ上がってろ」
「……よくねえ!オレってばめちゃくちゃマジメなんだかんな!」

真面目に取り合ってくれないサスケに簡単に沸点を通り越したナルトは耳から首筋まで赤くして声をあげる。暴れた拍子に濡れた足が洗面所の床をすべった。

「うわっ!」
「ってぇな、ドベ!」

子供に下敷きにされ、背中をしたたかにうちつけたサスケは裸のまま呻いた。子供は子供で頭をぶつけたらしく、うんうん唸っている。

「ぅううう」
「おい……平気か?」

水にぬれたタイルに丸まって呻く様子に、血の気が引いた。経絡系をむりやりひらかされて変化の術を強制でかけられている状態だ。経絡をうっかり押してしまったせいで以上をきたしたのかとめぐらせて、サスケはナルトを横向きに転がした。

「……ううっ」

肘を押さえたナルトに肘が痛いのかと尋ねても首を振るばかりでわからない。ううっと背中を丸めたナルトの骨が、軋むような鈍い音がした。なんだ、とサスケはおもわず子供の肩から手をはなす。

「?」
「う―――ッ、いてえっ!いたい!」

もう一度呻いたナルトの足がミシミシゴキン、と鳴って小さな体の背丈が、早回しをされた映像のように伸びた。厚さも一気に増す。

「あーっ!なんだよ、いってえなあ!」

声変わりをした少年の大声が響いたとたん、溢れかえったチャクラでおおきなつむじ風が巻き起こり、サスケはとっさに目の前を庇う。吹き飛んだ洗面器や浴槽の蓋がばたばたと大きな音を立て、そして静まり返った。

「なんだよ、すっげー痛え!」

風呂場の真ん中でしゃがみこんでいた少年はぶるぶるっと頭をふって立ち上がる。油を挿し損ねたおもちゃのような動きはまだ戻った四肢がなじんでないからだろうか、よろついて壁に手をつく。なんだここ、と眼をまばたいたナルトはタイルを見下ろして、ふとしろいつま先に気がついた。

黒髪を僅かに濡らし、呆然とした顔でみあげてくる少女は、ほそい首からなよやかな肩も胸元も腰も足もなにからなにまで露わで、白熱球のあかりをうけてなお白かった。ぱくぱくと金魚のようにナルトは呼吸をする。

きゃああああああああああああああああああああああ、と絹を裂くような悲鳴が響いたのは僅かに数秒後のこと。

あまりの大音量に頭が麻痺していたらしい。閃光と爆音で麻痺させる術もあるのだから思考がとまるのも仕方がないだろう。裸で風呂場にたたずんでいたサスケはチィ、と舌打ちをすると手早くバスタオルを体にまきつける。嵐のような勢いで飛び出していったナルトを追いかけるべく、屋敷を飛び出した。

(なんだアレ!なんだアレ!っていうかなにやってんのオレ!)

うわああああ、と奇声をあげながら勝手に拝借したサスケのハーフパンツをどうにかはいたナルトは夜の道をかける。屋根に飛び乗ったところで、てめえ!と怒髪天をつく勢いのサスケの声にふりかえった。

「わあああああああああああああああァ!」
「てめえこのドベ!おとなしくしろ!」
「やだってば!」

向かいの屋根に月を背負って髪をなびかせ仁王立ちしている細い人影をみとめて、ナルトはスピードをあげて屋根を飛ぶ。足元でくだけた瓦に足をとられかけるが、かまってなんかいられない。

「てめえ、待ちやがれ!」
「言われて待つアホがいるかァ!」

怒気が物理的な圧迫をもって背中を押してくる。チャクラを錬った足で屋根をはじいたサスケが目の前三メートルに先回りして着地するのに、踵をかえしたナルトは電線を掴む。逆上がりの要領で体をもちあげて走り出した。フン、とサスケは物騒に眼をすがめて唇を吊り上げた。

「だからてめえはドベなんだよォ!」

バチバチバチッと白い雷蛇が躍ったかと思えば、ナルトの足が痺れた。とっさにチャクラではじいて屋根に体を落とすが、傾斜のままに転がってしまう。瓦をガシャガシャとならしながらどうにか体を止めようとしたところで、白い足が右耳の横、瓦を踏み砕いた。

「っ!」
「随分手こずらせてくれたじゃねえか」
「ッ!!サスケそれ卑怯だってばよ!」

バスタオル一枚体にまとっただけで太股も露わで、左足のほうはおおきくスリットが入ったような格好だ。見あげた格好のナルトは双眸をおおきく見開いてからぎゅっと眼をつぶった。

「なァにが卑怯だ!神妙にお縄につきやがれ!」
「なんかキャラ違うしィ!パンツぐらいはいてこいってばよう!ノーパン反対!」

なんだなんだ痴話喧嘩か、と屋根の上をみつめていた観衆のひとりが「ノーパン?」と呟いた。

息を荒げてナルトにまたがったサスケの格好はいわゆるマウントポジションで、人を殴るには絶好の格好だったが、なぜだかやんやと拍手喝采が起こる。いいぞねーちゃん、もっとやれ。言われずともやってやる、とサスケが座りなおしたところで首をかしげた。

ナルトが両手で顔を押さえていた。

「……ナルト?」
「うーっ」

おさえた両手の下で頬も耳も首も頭もなにもかも毛穴がぜんぶひらいてしまったんじゃないかと言うぐらい熱い。腰の上で身じろぎするやわらかい肉と、華奢な骨組み、いつもは味もそっけもない石鹸のにおいになにかやたら甘いにおいが混じっていて、下腹にへんな熱がうずまいている。

いいぞねーちゃん!と野卑な声が聞こえたのに、ナルトはがばりと腹筋だけで起き上がって、屋根の下にあつまった観衆をぎろりと睨みつける。転がったサスケの体を引寄せて怒鳴った。

「見せもんじゃねえ!バーカ!」

バーカ、とエコーが響く中、呆気にとられているサスケをナルトは肩口に米俵のように抱えあげた。多少重くともチャクラで無理やり補強して、屋根をける。なにしやがる、とサスケが怒鳴るのも黙殺で猛ダッシュだ。

うかびあがった大魚の鱗のように、連なる瓦の波をひたすらに踏んで走って、うちは屋敷の庭にすとんとナルトは飛び降りた。ずっと肩の上に担ぎ上げられていたサスケはてめえ、とナルトの髪の毛を引っつかむ。

「なにしやがんだウスラトンカチ」
「いでででででででででででででっ!」

痛いと喚いたナルトはたまらずサスケの体を座敷にほうりだした。くるりと空中で体をまるめたサスケは猫のように畳に着地する。ぱらりとおちかけたバスタオルをなおしていると、目の前に影が差した。

「サスケ」
「なんだよ」
「おまえさあ、下着ぐらいつけろよ」
「あ?」
「そんな格好で外でんなっつってんの!なんだァノーパンって!」
「……見てんじゃねえよ」
「ばっ、おま!見たんじゃねえよ、見えちゃったの!いいからなんか着て来いってば」

ぐいぐいとサスケの背中を押す。痛ぇ、と顔をしかめたサスケが眉をつりあげた。

「なにてめえ、ひとの奴はいてんだ」
「フリチンで外でるわけいかねえだろが!」
「しかもてめえ、直かよ」
「……わ、悪い」
「脱げ!」

歯ブラシと下着の共用だけは許せねえんだ、とはきすてたサスケが怒鳴って、ナルトのはいているハーフパンツに手をかける。

「やだってば!えっち!すけべ!犯されるゥ!」
「気色悪いこといってんじゃねえ!」
「ってマジちんこ触んな握るなって、やばいやばいやばいやばいなんかマジでやばいって!」

シャレになんねーって、とどなったナルトは股座にあったサスケの手を掴みあげた。いつもよりほそい手首は簡単に指がまわってしまって、ひっぱりあげるとよろけて倒れこんでくる。

ぱさりとバスタオルが落ちる、かすかな音が鼓膜を叩いた。

街灯に眠りを邪魔された虫が小さく鳴きかわしている。昼にあたためられて蒸れた草と土の匂いに蚊遣りの香ばしいにおい、畳を青くする夜明かりに、なめらかにひかってうかびあがる白い膚の背中、裸の胸元におしつぶされているのはもしかしてもしかしなくても。

今ここで視線があったら本気でやばい、なにかわかんないけどとにかくやばいやばいやばい。心臓がどかどか肋骨の内側を蹴り上げて頭の中で小人が大騒ぎをしている。エマージェンシー!

「サスケ」
「なんだよ」
「ちっとは、自覚しろォ!」

悪いのはお前なんだかんな、と低い呟きと同時に、唇が塞がれた。んぐ、と顎をひいても頭を押さえつけられて、一楽の味噌ラーメンの味。歯も磨いてねえのか、と毒づこうとしたところで下唇をぬるりとなめられる。

「う」
「ぐ」

顎のつけねに添えられた指にぐっと力がこめられて思わず唇をひらいた隙間、すべりこんだ舌が歯をたどる。ぴりっと頭に甘い電気がはしって痺れた指先にサスケはきつく眼を閉じる。ふっと吐きだされた息が頬のあたりをあたためる。畳と土、汗と石鹸、蚊取り線香のにおい。

ぷは、と唇をもぎはなしたナルトは拳で口元をぬぐうと、もう一度、悪いのはサスケなんだかんな、と呟く。いつも見あげるしかない整った顔は真正面にあった。剥きたての果物みたいにつるりと濡れて光る瞳を真正面からみつめ、黒髪からのぞく白い貝殻のような耳に唇をよせる。

「ほんとに」

二の腕をつかんで抱きしめる。肩の上にかつぎあげたときも、内臓がほんとうにはいってるかどうかも疑わしかった。見るより腕のなかにいれたほうが女の子の体の本当の華奢さはわかりやすい。

「触っちまうんだからな」

さてにわかに沸き起こった群雲に月が面を隠し落ちるは一面の、闇である。



(……別に)

すんと漂う蚊遣りの煙を団扇ではたはたと扇ぎ、ナルトは汗をかいたグラスに唇をつけた。喉元をすべりおちていく炭酸と無果汁らしい嘘っぽいメロンの味。ベッドの上にはうつぶせに寝ているサスケがいる。

(惜しかったな、とか思ってねえし!ぜんぜん思ってねえし!)

『触っちまうからな』

あの後。
いきなり痛みにうめいたサスケが昏倒し、ベッドに運べば男の体に戻っていたというわけで、布団までずるずる運んだナルトはグラスにすこし歯を立てる。じりじり鳴いてる虫の声にまじって、すくーすくーと聞こえる寝息はいかにも穏やかだった。

ごろりと寝返りをうったサスケをまじまじとナルトは見下ろし、呟いた。

「すんげー、ピンク乳首」

わはは、と一人でむなしく笑ってからあほかと頭をかいて、ちらりと爪先でサスケの被っているシーツをもちあげてみた。横向きに足をまげてるせいで暗くなって、男に戻ってる股座はよく見えない。もしヤってるときとか戻ったらチンコどうなっちゃうんだろ、とばかみたいなことを考える。なにかとっても痛そうだ。

(……やめとこ)

なにかが目覚めてしまいそうな気になったので、ナルトはなしなしと頭を振った。世の中の悩みの大半は食べて眠ればどうにかなるのだ。たぶん。

(あれも夢、これも夢)

サスケのピンクのおっぱいも、見えちゃいけなかったはずの秘密の花園も、なんでか元気なままの股間も、みんなみんな、目覚めておきたら泡ぶくみたいに弾けてきえる、夢だ。

(みーんな夢!)

朝に起きたらみんな元通りのはず、とナルトは唱えて布団にもぐりこんだ。







「ミリオンバブルズインマイマインド」/ナルトサスケ



ナルトはサスケにだけ(強調)
たいがいツンツンなんだぜ…!
そこに萌えるんだぜ…!
誕生日になんら関係ありませんが、
おめでとうサスケ!(にょだけど!)












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