太陽が目をつむる 0.恋というのじゃないけれど 決め手は、と尋ねたカカシにサクラは肩を竦める。 「『おれと不幸せになって』」 「え?」 なんかちがくない、と声をあげたカカシに、まあ聞き間違えただけよ、とサクラは何でもないことのように云う。 「でもときめいた部分もあったのよ」 本気で、ときくと、うそ、と返されて脱力した。 「サクラは頑張りすぎだからなあ、ってそれだけよ」 「それだけ?」 「うん。だから云われたタイミングがいいか空気がよかったか、ってだけかも。どうしたって、ナルトとかサスケくんとか見てると焦っちゃってて、師匠にも謹慎っていわれるしで、なんか切羽詰ってたときだったから、ものすごい救われたの」 「……」 「しょうがないってわかってるんだけどね。そしたらイルカ先生、自分が過労で入院してるんだもの」 自分が頑張りすぎてるんだから世話ないわよね、という声はまるきり惚気で、カカシはなにかとても落ち着かない。それにしたってどうしてイルカ先生は人間ができすぎている、とすこし悔しい。サスケに先生と呼ばれるだけはある。複雑だ。 「一個きいていい?」 「なに?」 「あいつらってお前にそういうの、なかったの」 思い出す目つきになったサクラは、微妙だけどと唇をなでる。 「……なかったとは云わない、かな」 「じゃあなんで」 「それこそさっきの聞き間違いなのよね。あの二人、どっちも私と不幸せになってくれないんだもの。不幸せになるなら、離れるんでしょう。私そんなことしてやるつもりないもの。自分だけ不幸面してさよならなんてかっこつけすぎよ、なめてるわよ」 終末の谷まで追いかけることすらできなかったサクラを、彼女は一生許さない。自分のことが不甲斐なくて情けなくて、殴りたかった。 不幸せなときがあったっていい。 不幸せには嵐のように根こそぎなぎ倒していくものと、時がすぎてふりかえってみて初めて知れるものがある。どんなときも手を放さないでくれるのなら、傍にいてくれることに甘えないでいようと頑張れたりする。時が過ぎてから振り返ったときに、悪いこともあったけれどいいこともあったときっと云える。云えるようになると思いたい。そうしてもし、云えるようになるのなら、その時までたしかに手をつないでいたい。 云えなくたって、いてくれるだけでどれだけ救いになるか知れやしない。 「云っちゃ悪いけど、家族ってそうじゃない。家族であるために許せないのに許した振りしなきゃいけない。でも、許してくれるからこそやっちゃいけないことだってちゃんとあるんだもの。それで踏ん張れたりもするんだもの。離れたってかわらないものだってあるけど、かわっちゃうものだってあるのよ。幸せと同じだけ不幸せだって根が深いのに、あの二人、家庭ってものに夢見すぎなのよ。現実みなさいよ」 まくしたてて息をつく。片方の眉をしかめてサクラは苦笑した。すこしつつくとあっという間に溢れてしまう。修行が足りない。 「絶対、云ってやんないけど。云っちゃいけないことだし」 「甘え下手なんだよ。もうちょっとしたら違くなるよ。……あのさ」 ふと思いついて小さくよびかけたカカシに、サクラが顔をあげる。 「多夫多妻制だったら違った?」 大きく睫毛を瞬かせたサクラは、いたずらな目をしてちょっと悪どく唇をもちあげた。師匠譲りだ。 「――――そうだったかも」 最後の一段を降りる背中を押されるような気がしてカカシは思わず口をひらいてしまった。 なら、俺も、とぽつんとこぼれた言葉の響きは冗談に紛らわせないぐらい真率になった。「プロポーズしたかったな」と恥ずかしくも続ければ心底おどろいたらしいサクラが目を丸くしている。誤魔化すように笑うと、深々とため息をつかれて、ろくでなしを見る温い眼差しがよこされた。呆れられている。 「カカシ先生まで。私をダシに家族になりたいだけじゃない。根性なし」 自分はもう、サクラにかなわない。病院の屋上で泣いてた日が数年前だなんて嘘みたいだ。 「ブーケが欲しいならあげてもいいけど」 欲しくなんかない、とは口が裂けてもいえないのはどんな罠だろう。曖昧なカカシにサクラは白い歯をのぞかせて子供みたいに笑った。ほんとうに敵わない。 「おめでとうって云って。わたしカカシ先生の声、昔からすごく好きなの」 (ナルトとサスケに、もうちょっとやさしくしてやろうかな) ちきしょう、かわいい。 (先生は今、いまとっても寂しい) お嫁になんていって欲しくない。 |
「恋というのじゃないけれど」/(イルカと)サクラとカカシ |
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