よい子 どぼーんと水柱が立った。 川岸で肩を上下させたサスケは長くなって目にかかる前髪をかきあげ、目を細めた。ばしゃりと水面から顔を出したナルトが、拳を突き上げて怒鳴る。 「てめー!サスケ!もういっぺんだ!」 「さっき最後だッつってただろうが」 オレは帰るぞ、と向けられた背中にナルトの声がかかる。 「えー?サスケてめえまさか逃げんの?」 「……あ?」 不穏な声を出したサスケに水流の只中にある岩によじ登ったナルトは犬の子のようにぶるぶると体をふって余分な水分を飛ばす。そしてにっと唇の端を吊り上げた。 「そうだよなあ、サスケ、体力にあんまり自信ねえもんなア」 「……御託はいい」 自慢じゃないが、堪忍袋の緒は短いほうだ。とっとと来やがれ、と吐き捨てるのにナルトが「ラーメンな!」と叫び返すと同時、ばばばばっと瞬く間に印を組み終えたサスケはフンと鼻を鳴らした。何の術だ、お得意の火遁か、と考えたナルトは思わず身構える。ふわりと冷たく湿った風がナルトの頬を撫でた直後。 「――――ッ!?」 ばしゃあんと水流が雪崩をうってナルトを横殴りに打ちのめした。 「――水遁水龍弾」 怒涛の勢いで流されたナルトをサスケが下流で引きずり上げる。ゲホゲホと咳き込むナルトは涼しい顔をしているサスケを睨んだ。 「てめ…、カカシ先生のパクリじゃねえか!写輪眼使いやがって!」 「パクリ野郎の技をパクリ返してなにがわりいんだ。だいたい使わなくたって覚えてるぜ、ああ何回も見せられりゃな。なんでもありつったのはてめえだろ。こんだけ水があんだ、地の利を生かすのは当然だろうが」 苛立ちのためか珍しく口数が多い。立て板に水で教科書どおりの答えと余計な悪態にナルトが反論もできずにいると、ネギ塩チャーシュー、と注文してくる。 「うー……」 「特盛り、半チャン」 「……半チャンは財布がきついってば」 「じゃあ、並だ。半チャン」 「……くっそー」 水を吸ってぐしゃぐしゃになったタンクトップを絞りながらナルトが悪態をついてるのをぼんやりと見ている、その視界がわずかに翳った。ナルトが笑う。気を取られ次の動作が遅れた。 「……ッ!」 「油断大敵だよなぁ?不意打ち金的なんでもありだもんよ」 影分身に羽交い絞めにされ、サスケは前にいるナルトを睨みつけた。にっと背後のナルトが笑って引き分け?と尋ねるのに、両手を挙げる。降参すんのか、あのサスケが?と目を瞬く分身ナルトの襟首を、サスケは後ろ手にがしりと引っつかんだ。 「げ!」 交差させた手を一気に引っ張り、分身ナルトの喉もとを襟で圧迫する。サスケは体をしずめ素早く分身ナルトの懐に入り込むと、慌てて目を丸くするナルトの本体に思い切り分身の体を投げつけた。ぼふん、と術解除の煙が立ち昇るのにサスケは後ろに飛び退る。そしてそのまま手裏剣をなげうった。 ナルトが高い音を立ててクナイで弾き飛ばすのを変わり身で受け止め、後ろに回りこむ。振り向きざま回転の勢いをかりてナルトが振るったクナイを、同じくクナイでいなし、ナルトの右腕を脇に挟んで関節を捕らえる。慌てるナルトにおかまいなしで、とどめとばかり、すこん、と軸足を払って押えこんだ。 皮一枚分あけて首の脇にクナイをつきたてられたナルトは硬直する。 「……体力使わせやがって、餃子もつけろ」 「ううううう、ちっきしょう」 いつかぎゃふんと言わせてやる!とナルトは誓うのであるが、まだ口に出したことはない。イエスノーしか言わなかった下忍時代に比べ、最近それなりに会話スキルを身につけてきたサスケをよく知るカカシやサクラが聞いたなら、口をそろえて言うだろう。 「ナルトったらバカ(ね)だね、真顔でぎゃふん、って言われて終わりにきまってる(わ)だろ」 「ネギ塩チャーシューと半チャン、あと味噌の特玉と餃子、ぜんぶ一人前ずつ」 暖簾をくぐると同時のナルトの注文に、厨房で中華鍋を動かしていた店主は黙って頷き、ぐらぐらと湯気を立ち上らせる鍋にラーメンの玉を二つ半ぶち込んだ。 「お、ナルトとサスケじゃん。ナルト、今日もおごりかァ?」 「うるせー、キバ。今日だけ!」 「そろそろメニュー制覇する」 ぼそりと答えたサスケにキバはけけけと肩を震わせる。サスケはカウンターの下でおとなしく待っている赤丸(もう大きいのでさすがに懐はむりだ)の頭を撫ぜると、濡れた鼻面を押しつけられた。ナルトはしゃがみこんで、わしわしと耳の後ろを掻いてやってから、キバとサスケの間にあるカウンターに腰を落ち着ける。 「まぁだ取れねえのかよ」 「三一」 「あ?」 「三本に一本は取られる」 「なにいってんだ、五本に二本だってばよ!」 「ふかしこいてんな、ボケ。三一だろうが」 「相変わらずうるせえな、お前ら」 餃子を二つ一気に口の中にいれたキバは、手を伸ばそうとするナルトの手を箸でつついた。 「他人の皿まで手ェ出してんじゃねえっつの。お前ら頼んでたろ」 「あれ、だってサスケのなんだもんよ」 「おい、サスケェ、このノータリンちゃんと躾してやれよ、社会に出たときいい迷惑だぞ」 「脳がねえ奴を躾けられるわけねえだろうが」 フン、と二人そろって笑われキバとナルトは顔を見合わせる。相変わらず毒舌だ。 「だとよ、ナルト」 「……テメエら、食い物の恨みは深いんだぞ。いつかその言い草後悔すんだかんな!」 「あいにくとこの二年、アカデミー入れてウン年で一度もねぇよ、んなこと。な、サスケ」 無言で頷いたサスケがお冷やを口に運ぶ横で、意外にやさしいキバはナルトに餃子を一個やった。ナルトは冷めかけた餃子をもぐもぐと噛みながら、鍋から立ち上る湯気に目を細めた。小麦粉の茹であがる甘い匂いと、胡麻油やニンニク、たれの匂いがただよって、少しくたびれた体の食欲中枢をこれでもかと刺激する。 餃子のたれの染みた割り箸を噛むのはどうしてこんなに美味いのかわからない。すきっ腹だから口の中においしいつばが広がる。行儀悪ぃぞ、とサスケに言われ、ナルトは慌ててお冷に手を伸ばしてごまかした。 今カウンターの目の前では注文したラーメンに具が乗せられているところだ。貧乏ゆすりをしそうになって、またサスケに叱られそうになるから、おとなしく待っている。でもすでに右手は胡椒のビンを握って、スタンバイ済だ。 すこし豆板醤のきいた味噌ラーメンがお気に入りだ。サバ節の濃いスープなのに臭みがなく、もたれないのがいい。すこし炒めて歯ごたえがたのしい豆モヤシも、甘辛いつゆでじっくり煮込んだ茶色の卵もおいしい。隣の席ではもくもくとサスケがネギ塩ラーメンを啜っている。半チャンを少しくれといえば、皿ごとよこされた。 「がっつくんじゃねェッつうの、きたねぇな」 「いちいちうるせーよ、キバ。昼から食ってねェの。腹減ってるに決まってるってばよ」 「しっかし、相変わらずこいつは食ってるときだけ違うよなァ」 ナルトがさっきのお礼にと、サスケの皿から勝手にできたてで皮がぱりぱりっとした餃子をキバにやっても、サスケは気づいた様子もない。キバにナルトは歯を見せてきししと笑って頷き、ただひたすらに黙々とラーメンのどんぶりの中身を片付けているサスケを指差す。と、サスケが視線だけを動かした。 「どーせ、ぜんぶは食えねぇしな。半分のこってりゃいいからナルトと分けろ」 「……聞こえてたんか」 「食えねェんならこんなに頼んでんじゃねー!」 「おごりで頼まねーでいつ頼むんだ、ウスラトンカチ」 「そーだぜ。ただ飯ほど美味いのはねえもんなァ」 とりあえずできたての餃子はうまいので、頬ばるキバに不満などがあるはずもない。無責任に相槌を打ちながら、キバはナルトがいるとサスケがよく喋るなあと、いつもながら思うことをかみ締めずにいられない。ほぐしてやった餃子の中身を椅子の足元にしゃがみこんだ赤丸にやる。 (……って、アレ?) 「おい、サスケ、お前、そこどーした?」 「何だ?」 形のよい眉をひそめるサスケにキバは無言で手を伸ばし、ハイネックの襟首を引っ張った。下から見なければ気がつかなかっただろうと思う。思わず覗き込んだナルトが餃子をくわえたまま固まった。 「シノ調合の薬があるけど、サスケ君はいりますかねェ?」 「回りくどいこといってんじゃねぇよ」 「……す、ストレートに言った方がやばいんじゃねェの」 「は?」 餃子をふたたびたれにつけたナルトの科白にサスケとキバは異口同音に言った。何でか赤面しているナルトはなんでもないない、と大げさに手をふると、餃子を口に放り込んで、ろくろく噛みもせずに飲み込んだ。 「いのがお前がいないっつってうるせー、めんどくせーってシカマルがぼやいてるからよ、今度の飲み会顔出せって。チョウジとかシノとかとも会ってねぇだろうが」 またその話か、と不機嫌面になったサスケの横でナルトがむせた。 「なんだよ、てめーはさっきから落ち着きがねぇな」 「……っ、ゲホッ」 「んじゃま、よろしく頼んだぜ、サスケ。これが薬な。耳の後ろんところ、見にくいかもしんねーけど」 ナルトにお冷の入ったグラスをおしつけているサスケに、キバは自分の耳の後ろを指でとんとんと叩いて見せた。サスケは額宛の結び目と髪の生え際近くに指をやって、眉間の皺を深くした。そんなサスケに頓着せず、軟膏のはいったケースを置いたキバは、ついでに勘定をしようと財布を探る。 「ナルトにでも塗ってもらえばいいんじゃねェの……って、ナニお前ら、」 そんな顔赤くしてんだよ。 と、言いかけたキバの目の前、サスケの裏拳がナルトの顔面に命中した。 「ぎゃッ」 「わりぃな、キバ、薬はありがたく受け取る」 「お、おう」 「………い、ってぇええ!」 「今度、休みが合った時にでもな」 「そー伝えとくわ。じゃあ、ご馳走さん」 頷いたキバが暖簾をくぐろうとした背後でまたもぎゃあぎゃあとナルトとサスケが口論をはじめた。なんだ、いつものとおりじゃねえか、と安心したキバは満腹の腹をさすりながら歩き出し、夜風に目を細める。 「……って、ありゃ何だったんだろうな?」 満腹の犬は無邪気に鳴くばかりで、黙考したキバは頬を掻いた。 女に騒がれるわりに艶聞は聞かないが、サスケならありえないことでもなかろうし、ナルトなみに幼稚なら、赤面するのも無理はない、とけっこう失礼なことを考える。にしては、おかしかったが、まあ気にしない。 (……ま、お年頃だしなー、俺ら) シノの薬が効くのは虫だが飲み会の約束をとりつけたのだから、まあ、いいだろう。 |
「よい子わるい子ふつうの子」/ナルトサスケ |
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