空はペンキ屋が青だけまちがって買い占めたような快晴、金木犀がそこかしこで咲きはじめて小さな花と香りをちらけさせる。からりとした日向の窓で猫があくびをする絵で描いたような日曜日の午後。 「ごめんなさい、その映画、もう見に行く予定があるの」 桃のような唇がほんのすこしすまなさそうに言ったのに、ナルトの心はあっというまにどしゃ降りだ。 Sunday morning dear my friend? おうい!と呼ばれたのにアカデミーの裏手を両手にポケットをつっこんで早足に歩いていたナルトは、校舎の裏、窓から手をおもいきりぶんぶん降っている人影に立ち止まり、それから身軽く塀の上によじのぼった。 「イッルカせんせー!ひさしぶりー」 「ナルトォ!ちょっとおめーこっち来い!」 「えー!?なんでぇ?!」 「いいから!ちっと来いっつーの!」 ガタガタいうな、と白い歯を見せて笑っているのが遠目にもよくわかる。しゃーねぇなあ、と首をまわしたナルトはとんと塀をけると、アカデミーの校舎に飛び移って雨どいを伝い、イルカが顔をだしている三階までいく。 「わるいけど、このイス運ぶの手伝ってくんないか?」 三階の特別講義室で会議かなにかあったのだろうか、いつもはアカデミー生をつかうのに職員だけとはめずらしい。椅子が三十個ほどならんでいた。 「ちぇーッ」 「今日はむりだけど、今度ラーメンおごってやるから」 「先生さあ、俺にラーメンおごってやればなんでもいいと思ってんじゃねーの」 「ちがうのか?」 「うんにゃ。山盛りしていい?」 即答したナルトにしょうがねえなあ、とイルカは目尻をさげて笑い両手に四つずつもったパイプ椅子をがちゃがちゃと抱えなおした。 「まあ、そんぐらいならいいぞ」 「うっしゃ!どこまで?」 「ここから第3視聴覚室まで」 「……端っこじゃん」 同じ階とはいえ、渡り廊下の向こう側にみえる第3視聴覚室に気が遠くなる。げえ、と声をあげたナルトの膝に男に二言はないだろ、とイルカがローキックを入れた。 手元の表とダンボールからだされたばかりの備品の数がどう考えても合わない。数にして五ケース分、人数になおせば六十人分も足りないなんてありえない。 (発注ミス……?) どういうことよ、とボールペンをもてあそんだサクラは台車をひっくりかえし、もう一度ダンボールの中味をひとつひとつ数え出した。 (総務だからってなめてんじゃないでしょうね) 頬にかかった薄桃色の髪をかきあげ、サクラはうすぐらい倉庫の中をあるき、用途ごとにわけられたダンボールの山の間を台車をおしてすすんでいく。 と、鉄製のドアがひらかれる音がし、さしこむ光にサクラは目を細めた。台車にこんもりとつまれたダンボールと、配送係の下忍がぺこりと頭を下げる。 「すいませーん、春野さーん、これ別梱包になってまして、遅れちゃいました」 「五ケースですか?」 「あー、はい、中わかんないですけど」 なんなのよもう、心配させないでよ、とサクラはため息をついた。人のよさそうな体の大きな下忍がはこんできた台車を見上げる。 「あら、でもそうすると一個多くない?」 「伝票ミスですかねえ。ごまかしちゃっていいんじゃないですか」 そうですね、とサクラは笑って一つだけ伝票のちがうダンボールを抱えた。 「じゃあ、事務所のほうに報告がてらわたし運んできちゃいますんで、奥にいれといてくれます?」 「はい」 「鍵はドアの左手にかけてありますから」 「わかりました」 「じゃ、お先に失礼します」 引継ぎ事項を簡単に口頭でおこなったサクラは埃っぽくなった体に顔をしかめつつ、倉庫からでるとアカデミーにむかってあるきだした。昇降口のドアを方でおしあけて階段をのぼっていけば、秋らしくもう日が傾いている。明後日はようやく非番だわ、とサクラはすこしいそぎそうになる足を押さえた。というのもダンボールのせいで見えないからだ。 ラーメン、ラーメン、と聞こえた鼻歌に聞き覚えがあるわね、とサクラはすこし足をとめる。ラーメン、ラーメン、と斜め上から降りてくるのに踊り場の壁にダンボールをおしつけて持ち直していると、案の定だった。 「サクラちゃん」 一段飛ばしで階段をおりてきたのは今も昔も天下御免のドタバタ忍者だ。 「あんたねえ、鼻歌も音痴ってどういうことよ」 「音痴じゃねーってばよ。音痴なんはイルカ先生だっつうの!」 「イルカ先生も大概あれだけど、あんたも音痴でしょうが。……ってなによ、あんたそれ」 「ん?これ?」 じゃらじゃらとワイヤーに繋いで腰にさげていたものをナルトはひっぱる。見せたのはなまくらのクナイだ。 「それ練習用でしょ?」 「うん、イルカ先生がくれた。だけど鍛冶場に打ち直しにだしたら打ってもらうより安くすむし」 「イルカ先生に会ったの?」 「うん、手伝わされちった」 どうせラーメンでしょう、というと、なんでわかったの!と驚く顔が昔と全然変わらない。 「あら、今日あんた誕生日じゃない?」 「あー、うん、そう」 なに、なんかくれんの、と青い眼をくるりと輝かせるナルトにサクラはちょっとその場しのぎだけど、と前置きをしてから試供品のはいったダンボールを開けた。 「これ、新しい手甲。あんたそれもうつんつるてんよ」 「わー!マジ?」 「装備入れ替えってことで来たんだけど余ってたの。サイズ入るならあげるわよ」 ばりっとビニールを破いてさっそく指を通している。両手を太陽にすかすようにあげて、ぴったり、と満面の笑みで笑うのにちょっと申し訳ないと思うぐらいだ。 「へへへへ、オレこれ大事にすっから」 「こんどちゃんとお祝いするから今日はこれで許してね」 「なにいうんだってばよ、サクラちゃん!お祝いはなんでも嬉しいっつうの!ほら、そんなダンボールももっちゃうから」 ほらほらお疲れ様、と腕の中から荷物をとられ背中をおされるのにサクラはバカじゃないのと笑った。 サクラを家まで送り届けてバイバイをいって、ナルトは帰り道をぶらぶら歩き出す。足取りはスキップをしそうなぐらい軽くて思わず三歩ぐらいスキップしてしまった。 「なにやってんだてめーは」 「サスケ」 あきれ返った響きにふりかえると、任務上がりなのかすこしよれよれしたサスケが角をまがってきたのか後ろに立っていた。 「ちょうどいいや、サスケちっとつきあってくんね?」 「どこに」 「いーじゃん。オレ今日誕生日だからさ、な」 ろくでもねえことならゴメンだぜ、と言いながら誕生日といったとたんすこしだけすまなさそうな付き合ってくれるところがいい奴だなあと思う。なんだかんだいって極甘なのだ、こいつは。 ライトアップされた劇画風の看板にしらけきった顔にやっぱりなと思いながら前売りを窓口に二枚だすと、今からだと途中になりますけど、と受付のおばさんに言われるが構わないとかえした。ちぎられた半券をうけとって入るとサスケがしぶしぶと言った感じで付いて来る。 男二人でオールナイトレイトショーなんてぞっとしない、と思うが仕方ない。 すこし配管がこわれているのか、トイレっぽいにおいがする。スクリーンにぽつぽついる客の頭が飛び石のように座席をまばらにみせている。途中入場のマナー知らずにも誰もふりかえらないのをいいことに、飲み物を買いにいき腰をおちつけて一度目を観た。 国中にふきあれる失業の嵐、ありきたりの理由で解散寸前になったどこかの炭鉱町のブラスバンドが最後のコンクールにいくという話だ。一日中仕事にあぶれてのんきに、どこか寂しそうにぶらぶらしている父親と息子はよく話しあっていて、生活につかれきった母親はくたびれていつも厳しい顔をしている。たまに泣いたりもする。父親は背中を丸める。さびしくってしょうがない映画だ。うすぐもりが多い映画だった。 かえってきたおさななじみの女は、炭鉱町を傘下にいれようとしてる会社の手先だったりする。でも主人公は恋をしたりする。 指揮者のじいさんは病気にかかる。二度と治らない病気だ。指揮棒をムリしてふったら寿命がちぢむ。せがれの女房は当然、ブラスバンドなんてやめてしまえという。あたりまえだ。でも亭主はがんばって楽器の手入れをしている。ため息をつく母親に孫が言うんだ。 でもおとうさんががんばらないとおじいちゃんが不幸になっちゃうんでしょう? そんでとんとん拍子にブラスバンドはコンクールに出る。優勝する。 それだけ。優勝した、それだけだ。失業の状況はなんも変わらない。うすぐもりの空もかわらない。でも帰りのバスのなかでブラスバンドのみんなは笑ってる。ちょっと涙がでた。いい映画だ。わるくない結末だ。 結末が気に入って、エンドロールが終わって場内に白熱球のあかりがついてもだまって座ったままでいる。 帰らないのか、と訊かないのが嬉しい。そこかしこで寝息がきこえるころ、二回目のトイレにたちあがるとサスケも立ち上がった。時計をちらっとみたら朝の四時半だった。日曜日は終わった。俺の誕生日。 横ならびにちょっと長めにたっている。サスケはちょっと居眠りしたのだろう、仕事あけでつかれてやつれていたけど目つきはしっかりしていた。おまえ、またかと言われてうるせえよ、と返す。 「や、あんまへっこんでねーんだって。なんつうかさ、サクラちゃんが新しい手甲くれたしさ、イルカ先生がクナイくれたし」 なんかさ、今日ってば誕生日じゃんか、いいことありすぎてよー、とナルトは笑った。 笑った瞬間ゆるんでしまって、なみだが落ちた。 「うー……」 ちいさな嬉しいことがたくさんあったから、一日中ずっと泣けなかった。 「おい」 「……これはちがわい」 泣いてんじゃねえってばよ、とうそぶきながら顎から涙がぼたぼたおちる。サスケのため息にますます蛇口が壊れた。 「ウスラトンカチ」 ため息がやさしいだなんて、ほんとこいついやな奴だ。アカデミーで受付やってるあの子は多分おまえのことが好きなのかもなあって思ってたんだけどさ、オレにも笑ってくれたからさ。ほんとはあんまりがっかりはしなかったんだけどさ、とかまるっとぜんぶ真っ赤なうそだ。あー、くっそ。なんだよ、こういう奴だからもてんだよな、なんだよ、人類みんなおんなじ人間とかいってほんと嘘だ。なんでおれこんな捻くれてんだ。なんでおまえ素でガンたれてるかってぐらい目つき悪いくせにそんな捻くれてねえの。殴らせてくれとかも言えねーじゃんか。くそう、似非っぽいけどマジぼっちゃまめ。 しばらくべそべそやってから、ナルトは俯いたまま掠れた声でサスケに話し掛けた。 「おまえさあ」 「なんだ」 「ふられたことってある」 「たことはねえ」 即答に、かー、厭な奴ゥ!とぼやき笑ったナルトにサスケは言ってねえからと続けた。 「言ってねえの」 「言うつもりもねえし」 「んじゃはなからダメじゃん」 あんまりおどろきすぎて涙もひっこんだ。そうだなとサスケはつまらなさそうに言う。 「んだよ、それ、つっまんねぇってばよ」 「つまるつまんねえの問題でもねえだろ」 「やんなきゃわかんねーだろ。さいしょっから勝負もしねーで逃げてたら、ぜってぇ勝てるわけないじゃんかよ。ネバーギブアップだっつの。じゃなきゃつまんねーってばよ」 「別に望んでない」 「うそだろ」 嘘じゃねえよ、と答える。 「うそだね。うそうそうそうそ、ぜってぇ嘘。だってそういう割り切りができねーもん、……が恋愛だろ」 といった途端、思い出してまた泣けてきた。鼻までびしょびしょになってしゃっくりといっしょにすすりあげる。サスケが呆れたようにため息をつく。 「ハナぐらいかめよ、おまえは。っとに情けねぇな」 「……るせーや」 トイレットペーパーでぐるぐる巻きになった指がナルトの鼻をつまむ。ずびずびちーん、と鼻の下をおもいきりこすられて取られる。 「あーあ、ふられちまったなあー」 貧乏ゆすりをしながらナルトはシミジミと呟いて、和式トイレの水洗をながしているサスケの背中をみた。 「一緒にふられよーぜ、サスケちゃんよう」 「んだそりゃ」 「ハートブレイクな仲間見捨てンのかよ。なあ、誰だよそいつ」 「教えねー」 「もったいぶんなよ〜、イケズう!」 「いわねえ」 くだらねえ、とサスケはすこしカカシ先生ににた猫背であるいて洗面台に水を流す。鏡越しにみる顔はうつむいてしまって旋毛しか見えなかった。 「だってずーっと好きだったんだろ、だいじょーぶだって、うちはサスケをふる子なんてそうそういねえって」 蛇口をとじたのか水音がおさまった。鏡の中で驚いた顔をするのに、なんで恋愛失業中のオレがサスケを励ましてるんだろうとナルトは首をかしげるがまあいいかと流してしまった。あしたはあしたの風が吹くのだ。 「んなもったいねーことするやつあんまいねーって」 もったいねーのはそいつのほうだろ、とサスケがいったのに、ナルトは顔じゅうに?を飛ばす。びしゃっと顔に水滴が飛んできたのに片目をつぶると、サスケが苦虫でもかみつぶしたような顔でナルトを見下ろしていた。 「は?そいつ?そっち?」 「いわねえ」 ズボンの裾でぬれた手をぬぐいながらサスケは振り返りもせずおまえにはいわねえ、と繰り返し足早に出て行ってしまう。直後、外から盛大な音がきこえたのにおそらく廊下の角においてあるアルミ製のゴミ箱をひっくりかえしたのだろうと見当をつけ、ナルトはぼやいた。 「うーわー……なんだってばよ、あれ」 カカシがみたらきっとカワイイねえととでものたまうに違いない。サクラがみたら一年分のきっとオカズだ。ドアをしめる間際にみた横顔につられて同じぐらい発熱した頬をナルトは膝の上に伏せ、ちょっと目をつぶる。 さっきの映画を思い出す。 ふられて失恋した。だけどこの結末はわるくない。今日から十七歳だ。 (いいなあ、サスケがすきな子) いっつもフンとかドベとかウスラトンカチしかいってない、神様のいやみでできたみたいに整った顔のくせに案外ぬけてて恥かしいかわいい男なのだ。こんど酒でも飲ませてぜったい吐かせてやろうとナルトはにやにやした。 (でもそっちってどっちだ?) |
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