side s 「寒いの」 「寒くねえよ」 「震えてる」 「さっきとセリフが一緒だぜ、あんた」 さむいなら、なんて使い古しすぎている。 「はは、うん、下手だね、どうも。だめだね、オレは」 煤だらけになった梁、ほこりくさい枯れきった畳のにおい。眦からこめかみ、つめたい雫がつたった。ひいてかわいた汗が冷え出すのに、のろりと上体をもちあげた。 髪の毛をなでられるのに首をすくめると、ちいさく嘆息するのがわかった。 「……ごめんね」 「なにがだ」 「いろいろ。もうしないよ、おまえに触んない、安心していい。明日からはいつもどおりだ」 うすい唇をシンメトリーにもちあげわらう男の睫に夕暮れの光がくだけている。光が色の淡い目を翳らせているのをサスケは見つめた。めずらしく眼差しの位置が近い。いつも見下ろされることしかしらなかった眼が同じ高さで細められている。 「それはあんたがしようとしたことか」 「うん、そう」 「やめたいのか」 眼を見開いた男に少年も驚く。理不尽にもすこし傷ついた自分が厭になり、少年はちいさく唇をかんで言葉をつづける。 「なら話は終わりだ。帰れ」 もうドアの覗き窓を見もせずにあけたりなんてしない。外から家にはいったら真っ先に鍵を閉める。無用心だった。 ろくなことがないなんてことは百もわかってるんだ。 あんたなんて好きになってもどうしようもなかったなんて。 side k あたためてやろうかなんて使い古しのセリフで胸の下にしきこんだ、のけぞって肋の浮いた体がうすくて未完成なことや、ひきつれたような声、なにより触るたびにふるえることに、無体な真似をしている気になった。ざわつく声がやめろとなんどもいい、罪悪感だってあった。何度やめようと思ったか知れない。 「寒いの」 「寒くねえよ」 「震えてる」 「さっきとセリフが一緒だぜ、あんた」 習慣と惰性で抱きしめようとすれば、先を制するように言われる。無視することは簡単だったがまた小さく震えたので諦めた。日焼けと生傷のたえないしろい肩がかわいそうに粟立っているのが見てとれた。この少年はときにとても見ている人間の心を悲しくさせる。きっと傷つくから口にだして言いはしないが、彼にとってはいつでもかわいそうな生き物でしかない。 「はは、うん、下手だね、どうも。だめだね、オレは」 指先からすこししめった黒髪が逃げていくままにする。剥き出しの肩はひどくいじましかったが、抱きしめることはできなかった。きっとまた小さく震えるにちがいなかった。 「ごめんね」 「なにがだ」 「いろいろ。もうしないよ、おまえに触んない、安心していい。明日からはいつもどおりだ」 少年は男がたじろぐほどひたむきな眼をしている。人と向かい合うときに眼を見つめなさい、とでも言われたのだろうか。命令を待つ犬のような目だ。 「それはあんたがしようとしたことか」 「うん、そう」 やっぱり面倒くさいし、と付け加えようとしてやめた。眉をしかめ、眼差しを伏せた顔がきずついた顔だと思ったのはなぜだろう。 「やめたいのか」 すべった髪で表情なんかみえなかったのにも関わらずだ。 「なら話はおわりだ。帰れ」 なんでなのかなんていまでもわかんないんだよ。 なんでお前なんかに手をのばすんだろう。 だって寂しくなってどうしようもないんだ。 はなせよ、とくぐもった声で言う。力をこめてみる、息が苦しくなるぐらい。 はなせよ、とかすれた声で言う。泣いたっていい、いまならどうせ見えやしない、見ないふりだって右目をつぶってやるだけだ。 だって知ってるんだよ、お前がただたんに寂しいかわいそうな生き物だなんてことぐらい。だれに触るにも痛みに身構えるようにふるえて心臓がおちつかない、かわいそうな。 「カカシ」 なんでなのかなんていまでもわかんないんだよ。 名前を呼ばれるだけでこの心臓が怯えるのなんて。 |
「ロミオの心臓」/カカシサスケ |
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