先生は悪趣味なのかもしれない。 おおきく開けられた数学研究室の資料で山積みになった机、そこに突っ伏してる奴がいる。突っ伏したサスケをパソコンのあるデスクに肘をついて見下ろしている先生がいる。2.0の視力はつぶさにぜんぶ拾い上げていった。空気がおもいはちみつみたいになって、俺を傍観者にする瞬間。 眼差しが落とされた拍子に睫の影が頬にちらばってゆれる。うつむいた彼は首の後ろをのんびりと掻いた。スクリーンをひきあげるように一瞬であがった眼差しがこちらをとらえたのに、肩を揺らした。 すこし驚いたのか右眼を大きくした彼は笑ったのだろうか。熱をそぎおとしたまぶしいだけの秋の光でみたされていた数学研究室がカーテンの影におおきく揺れる。ひらめく光の中すこし首を傾げ、しー、と子供をあやすように彼は口元に人差し指をやる。ふっと眠そうな眦がたわんで、今度こそ目だけで笑ったのだとしれた。 バカみたいに立ち止まったままの足が地面にはじかれたように動きだす。 「言わないでね」 ナルト、と追いかけてきた声がよく聞こえなくて一瞬ふりむく。 「誰にも」 ひらひらと手をふっている姿が見えたのに鼓動まで加速する。廊下を何歩で駆け抜けたろう、階段を落ちるよう駆け下りていく。足が床を踏みしめるたび同じリズムで拍動が胸を肺を耳を叩いて追いかけてくる。立止まれない。耳が熱くなる。 (なあ、ただの視線に意味なんかないだろ、先生) ではカカシからサスケへの眼差しは、気づかれてはいけない類だったのだ。粉砂糖をまぶしたみたいなあの眼差し、指先で花のつぼみを開くようちいさな隠し事をあばいたときのように鼓動ははやった。 サスケの視点をたどればいつでも、円の中心がひとつみたいに同じところに行くことを知っているのに。多分先生だって知ってるくせに、背中は卑怯にも黙っている。 いきなりかけこんできたオレをみて、サクラちゃんが怪訝そうな顔をする。 「…なにあんた赤くなってるの」 その一言でオレはますます赤くなった。 視線は正直だ。日常にまぎれこんだベクトル、無言の信号だ。火花のように答えを待たない一方通行のいつか消え行く信号だ。一度たどれば網目のようにはりめぐった糸をたぐって辿りついていつか発火する。 なんでオレがこんなはずかしくならなきゃいけないんだろう。 先生はうそつきだけど正直者だ。 |
「シグナル」/ナルト |
おもいのほか長くなりましたが、晴天なり。これにて終了です。 もともと長い話と考えたものではなくて短編だったせいか、 けっこうかかりましたが、たのしかった…! うっかりオビカカサスに萌えてくださった 葛西さんに捧げます。 ありがとう。 |