王宮からみる水平線まで白い入り江はつづいて、海も空も金色にした落日は蜂蜜でできた飴みたいだ。

戴冠パレードの八頭立ての馬車がとおったあとは祝いの花と紙吹雪でうめつくされている。花飾りを首から腕から下げた子供達が笑いさざめきながら脇を通り抜けていった。町にでれば誰もがワインとビールの樽をあけて客人たちに振舞っているせいで、断るのも一苦労、そこらじゅうで乾杯やギターが鳴り響いて、みんな手を叩いて踊っている。

東洋で言えば黄道吉日、太陽が一番高くのぼって昼の長い、めでたい日にミカヅキ島に新しい王様が即位した。いつもはかけている眼鏡も今日だけはかけず、一歩一歩赤い絨毯をふみしめていった背中は、もう泣き虫とか弱虫なんていえない立派な背中だ。国民のみんなを背負うことを決めた背中だ。

儀式の一瞬前、東宮の控えの間で、金糸銀糸の裾飾りをいくつもつけた長衣をきせられていた王太子が振り向いたとき、顎が一瞬ぽっかんとおちたくらいだ。サクラちゃんも嘘、とかいってたんだから本当だ。

なんか、奥さんに浮気されたせいで初夜の花嫁をさんざん殺しまくった王様に賢いお姫さまが知恵をはたらかせて千一夜はなさせた物語とかにでてきそうな王子様っぷりだった。

そういえばこの国は観光とかカジノとかでめちゃくちゃ金が落ちてるわけだから、半端ない。でも完全無欠の王子っぷりも、おつきのおばちゃんが差し出した赤いびろうどに置いてあった眼鏡をかけた瞬間、俺らがよく知る動物大好きな、ちっこい王子になったんだからいい気分だ。

来てくれるなんて、といって駆け寄ったそいつの頭をでっかくなったなあって撫でたら女中頭らしいおばちゃんに呪い殺されそうな顔で睨まれてしまった。でもその時まではせいぜい、身長がのびたなとかそんぐらいしか思ってなかったのだ。

目の前、大理石でできたまっしろな宮殿の長い長い階、年に一度の年賀の儀のほかは大喪の儀と即位式のときだけに使われる大階段にしかれた赤い絨毯をのぼりきったときは、やばかった。







迷い猫さがしています









王様の前に跪いた肩に聖別された剣が押し当てられて、頭に薔薇水がふりかけられる。王権を意味する錫と剣、それから国名に由来する三日月形の宝冠がのって王位がゆずられた瞬間、歓呼の声が幾度もこだまして、白い鳩が飛び立った。いっせいに花びらが振りまかれた。

五代目火影の名代として、末席に膝をついて控えていただけなのに、正直涙が出た。でかくなったな、あんなにちっさかったのになって思えばだめだ、鼻水もでそうになった。 

王子が王様になった瞬間、こっそり温かい手で俺の手をぎゅっと握ってくれたこと、二人して、ツナデばあちゃんの代理なんて大役まかされてほんとは膝が笑って指が震えてること、一生忘れないだろう。

共犯者みたいな顔をしてオレとサクラちゃんは笑うことができる。世の中こんなすてきな付き合いもなかなかないもんだ。一生ものだ。

城下町でお酒を振舞おうとからんでくるおっさんからも、おばちゃんからも、礼装用にめかしこんでるせいで夫婦もの扱いされる。おめでとう、と顔を合わせる人全員にいわれるから調子にのって、結婚式みたいだ、とおどけてサクラちゃんにいったら大真面目に似てるかもね、といわれて照れた。やっぱ子供は三人とかいったら打たれたけど。

オレだっていつか火影になる。

オレはオレのために死ぬことはできなくなるときが必ず来るとか思ったら、もうぶるっとしてしまったのだ。

オレのためだけに死ねるオレはきっと、終末の谷でサスケと戦った時のなかにいる。自分勝手に自分の願いだけで自分の心配だけして走ってればよかった。どんな誰の願いごとだって、自分の願いで踏みつけにしていられた。サスケが自分の兄貴以外をぶっちぎる重さなんて、オレとサクラちゃんがどれだけサスケのことが好きなのか言えば全然余裕でねじ伏せられると思ってた。サスケが兄貴のせいで引っかぶった不幸せは、オレとサクラちゃんなら全部即払いでお釣りがくるって思ってたんだ。

正直バカだけど、後悔はしてない。

やっぱりオレはサスケが好きでしょうがないのだ。

サスケが不幸せになったら、サクラちゃんは泣くだろうし、オレは怒るに決まってた。オレとサクラちゃんのハッピーのためにはサスケがどうにかなってもらうしかないのだ。

悪いがあきらめてもらうしかない。

オレとサクラちゃんの愛は無償だが、タダほど高いものはないのだ。

ほんとはちゃんとわかってる。サスケは大真面目に頑固でどうしようもない奴で、どうしようもない奴になるだけのことがあった。そしてオレもまたどうしようもない奴なのだ。

ようやく見つけた電話ボックスに入って、サクラちゃんがくれたメモ用紙をみながら、ピンクの電話機に白銅貨をおしこむ。交換台からつながって流れ出した声は、左眼が使えなくなって引退した、この国に隠遁(送られてきた絵葉書で似合わないアロハシャツを着てるものだから、危うく死因が笑死になるところだった)してる、我等が元班長だ。

『まずい珈琲でもご馳走するから、二人でおいで』
「でも俺ら、この後予定あんだよ。城で宴会あって、ツナデばあちゃんから親書あずかってるし。つか先生が、里に来りゃいーんだってばよ」
『うん、たまには帰るよ』

口ばっかり、と罵ってから、時間かかるけど、といえば笑う気配が耳をくすぐった。待ってるよ、と電話口でいう先生の声はずっと変わらない涼しさだ。  

ほんとに行けたらだけど、と返しながら、きらめく夕日を見た。

どこまでも平らかに続く翡翠色の海、白く灼けていまは珊瑚色の砂浜とわきあがる夕立雲、重たげに咲く原色の花々と名前も知らない虫たち、まどろむ水牛、喜びの日に唄う声が笑い声がきこえる。 こんなきれいなところにいる。となりにはサクラちゃんがいて、今も昔も変わらないカカシ先生の声が聞こえる。

なのにサスケがいなかった。

サスケだけがなかった。

瞼の裏でウスラトンカチと罵る顔を思い出した。思い出は美化されるらしいが美化されてもウスラトンカチしかでてこない。或いはドベ。なんて最悪最低な野郎だ。目をつむる。

やっぱりだめだ。
ちきしょう、会いてェ。めちゃくちゃに。
おまえがいないなんて、やっぱオレやだよ。

やーめた、とかいってこれからお城で予定されてる宴会もなにもかもぶっちぎってサスケに会いにいったらサクラちゃん怒るかなあ、と考えコンマ三秒でまさか、と否定した。 

まさかのまさか。サクラちゃんだもの。オレをうれし泣き以外ではじめて泣かした栄えある栄誉、略してオレの初めてを捧げた人だもの。いっしょにきてくれるに決まってる。

オレの永遠のアイドルにしてスーパースター。一番星でオレの憧れ。ことサスケに関してのチームワークと意思疎通は世界最強最速最先端。そのダイヤモンド。

泳いでないと溺れてしまう魚だっているんだし。最近なんかサイがサクラちゃんに対して色々とアレだし(ニュアンスでわかってほしい)。初恋の人と手に手にとって駆け落ちもどきがしてみたいだけ、ついでにサクラちゃんをおいていった憎いアンチキショウを騙してみたいだけなんて本音はハートの奥に大事にしまっておいて、俺はとりあえず悪戯小僧の顔で笑ってみたりする。世の中本音とタテマエが大事ってヤマト隊長も言ってたし。

……やっぱり怒られた。

ひでえよサクラちゃん。ゲンコはねえじゃんか。サクラちゃんに百遍ぶたれてダイジョーブうずまき謹製頭蓋骨の中で脳みそがシェークされてまだ星が飛び散ってる。ふてくされたら、もうちょっと時期見て待ちなさいよ経費で全額落とすんだから、と諭された。

三日月電伝公社はじめ各新聞、テレビにサスケの手配写真が載ったのは後日。手配ってサクラちゃんほんとはサスケにものすっげえブチ切れてんじゃないのか。さすがはサクラちゃん。かっこよすぎる。マジで結婚しちゃいたい。(五秒で断られた)

オレの初恋は失恋のはしからまた惚れさせられるんだからこんなに幸せな恋ってないよなあとオレはちょっと思う。惚れたぜ、サクラちゃん、と正直に言えば、はん、と鼻で嗤われた。

いつだったかサクラちゃんに「あんたたちは私をはさんで××ってるだけでしょ。それをいちいち好きとかいうんだから云々」とののしられたことがある。

なんでか思い出そうとすると放送禁止用語にかかるピーって音に変わってしまうのだけど、きっと思い出すとすごいストレスになる単語だからだと思うんだ。

木の葉丸がいつかやった、サイとサスケのあれみたいな気がする、とおもったらきゅーっとタマが縮み上がった。ホでおわってモで終わるアレなんて、サスケとオレじゃないだろ、うん。なしなし。うん、なし。

まあたぶん愛はある。







BGM「Letters]/宇多田ヒカル







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