おまえはしりたくないだろう?
(強さなんかじゃねえよ、そんなの) 眠るサスケの白い瞼は真珠のように生きた感じがしなくてナルトは嫌いだ。 十二のときも見たことがあった。あの霧がかった橋の上、森のなかで、国境で、家紋をおった背中が忌々しいほど瞼にやきついている。 サスケはその潔すぎる背中で何を守ってるつもりになってんだろうといつも思う。 いつだってくもりない目で簡単にサスケは色々なものを捨ててしまう。 背中に追いやられたサクラがナルトがどんな顔をしてるのか、きっと知りやしないのだ。 (知ってたって、おまえは) 「なんで」 不貞腐れた子供じみた口調だった。膝の上に置かれた拳が開かれては閉じる動きを繰り返す。やがて親の服の裾をつかむようないじましさでサスケの横たわるベッドのシーツを掴んだ。拳は力の入れすぎで白くなっていた。 「なんなんだってばよ、おまえはいつも、なんで」 なんで、と呟くと唐突にナルトは海青色をした眸から涙をこぼした。それこそ春雨のように静かな涙でサスケは呆気にとられた。 怒りにすこし赤らんで細かく痙攣する眼のふちに雫になり、金色の睫の根元でゆっくりと形を失う。ガーゼとバンソウコウで覆われた頬、赤くなった鼻の脇をとおりなにかを噛みしめた唇でまた雫にもどり、シーツに小さく落ちるのをサスケはじっと見あげていた。 「なんで、こんな、おまえ、足だぞ、足」 ナルトがゆっくりと俯き頭をぐしゃりと掻きまわした。院内のアナウンスのうしろに涙は音もなく落ちてシーツのうすいしみになる。西日の翳りがいつかよりずっとたくましくなった肩の線を、なかったはずの刺青を、夢でいっぱいになったきれいな頭蓋を穂波のような蜜色の髪をあらわにしていた。写真でしかみたことのない荒削りながらちからづよい黄金律の塑像ににていた。片腕がもがれても翼がなくても損なわれない、火花のようないのちの美しさだ。ナルトにはどんな傷も残らない。 「ばかじゃねーの」 搾り出すような声でいったナルトはがん、とベッドを蹴った。揺れた拍子に点滴のキャスターが倒れかけ、慌ててささえる滑稽さにサスケは笑うが、切迫した眼差しのまま涙をこぼすナルトにすぐ笑みをひっこめた。 「んだよ、おまえ、笑いやがって」 不貞腐れたというより、多分に傷ついた声色でつぶやき、ぐらりと上体をゆらしたナルトがぼすんとシーツに頭を埋めた。それからシーツをはがし、おそるおそるサスケの右足を撫でた。輪郭をたどるよう、やがてそこに確かにあるのかを確認するよう執拗に。麻痺があるためににぶい圧力だけを感じる。 針でうちこまれた毒の種類がよかった。血管にはいったとたん死に至らしめるような類ではなく、あくまでも麻痺をさそう蜂毒だ。だが失神しかけた人間ひとりをかかえての強引な退却にともなう戦闘で、はれあがったサスケの足はサンダルにしめつけられ下手をすれば末端の細胞から死に出すところだった。 「裏拳くらってひよりやがったくせに、調子こくな。その場で動けない駒に意味はねえ」 サスケの正論にナルトは眉をしかめる。 「でも、おれはあんな怪我」 「でもじゃねえだろ、過ぎたことぐちぐちいってんな、うぜえ」 あんな怪我じゃ、となおも呟く後ろ頭にサスケはこれ見よがしにため息をついた。面倒くさい奴だ。 「おい、ドベ」 「……ドベじゃねー」 「ナルト、こっち向け」 首を振るのに世話がかかるとため息をついた。まだ打ちこまれた蜂毒で右足はしびれ、腫れたようになっていてとてもじゃないが動かせない。役立たずもいいところで、ますます先刻の自分の失態にいらつきが増して声が尖る。 「いいから、こっちむけ」 「いくねえ、おれは、だっておれは、サスケだってもう知ってんだろ、おれがよ、あの」 「どうでもいい、こっちむけ」 めいっぱい伸ばした左手でぐしゃりと気に入りの金髪を掻きまわす。ナルトには傷がつかない。だがナルトはそれでいい。 「しょうがねえだろうが、ウスラトンカチ」 「……なにがだよ」 はろばろとした空を閉じ込めたような眼が睨みつけてくるのに、サスケは唇のはしをもちあげて笑った。 「なにが」 がたんと据付のわるい椅子が鳴り、西日が遮られてつかの間の目眩が襲う。 「すきだ」 「……んだ、それ」 病院からくばられるうす青い服の喉元を掴み上げて呆然とするナルトの手を掴み、サスケは完璧な笑みをつくりだす。ぐうっと眉根をよせたナルトは泣き出しそうな顔をしてなんだよ、とつぶやく。なあ、キスしようぜ、といえば泣いた目でなおも睨みつけてくる。でもおまえはオレが好きだろう? 唇を寄せた。 ばねからはなたれたような勢いだったが、嗚咽をこらえて引きつる唇はすこしふるえ、塩辛かった。サスケは目を閉じながら形のよい眉をしかめる。へたな芝居だ。柄でもないことはやはりしないほうがいいのだろうか。 器とちがって、キスのとおりやわい心のあわれに優しい奴なんだから、興ざめなことをいうなよ、おまえは。おまえが言う価値もオレが聞く価値もねえつまんねえことをいう唇をふさがせてやるオレは存外にやさしく紳士だろう?おまえはオレとのキスが好きだろう?唇が腫れるぐらい顎がおかしくなるぐらい好きだろう? おまえは知りたくはないだろ? おまえが息をしてるって知る瞬間まで凍りついていたオレの絶望も安堵も、走らずにおれなかった弱さも。 |
「Love me tender」/ナルトサスケ |
13歳から15歳、 |