それは甘いあまい遊び。




Was it the taste of blood…?
But perchance it is the taste of love…
They say that love hath a bitter taste…
















喉が、手の中で上下する。まだ幼い喉仏の隆起は傍目にはわからないが、手の平はきちんと形をとらえている。唾と空気をのみくだし、ごくりとサスケの喉が鳴った。

キスは息をわずかに上げて、理性の殻の奥で情を波立たせるだけで、とても押し流すような色はない。サスケの睫がカカシの頬をくすぐる。右目を開くと濡れた黒眸が焦点をずらしてにじみ、だがすぐ閉じられてしまうのがもったいない。

唇は男も女も大差なく、口紅の味がするかしないか程度。顔の皮膚を湿らせる他人の息は例外なくなんともいいようのないなまなましい匂いだ。

利き腕を背にひねられているせいで、サスケの抵抗はカカシの肩をたたくだけのおぼつかなさだ。カカシの頬にすこし汗ばんだ手の平が押し当てられたが、力は入っていなかった。

さらに深くしながら、顎を押さえ込み親指をサスケの口の中に押し込んだ。一度、手ひどく噛みつかれてからはカカシはそうしている。爪を圧す歯にはまだ乳歯らしいものさえあった。

舌で上顎をなぞり、逃げようとする奥まで追いかけ、引きずり出してぬめる肉をからめとる。サスケの膝が笑いだし、背が冷たい壁をずり落ちる。呼吸を奪ったまま、顎を押さえていた手をずらし、すこし脂じみたサスケの髪をつかんだ。鼻にかかる声でうめくのに頓着せずあおむかせ、唇を離すと唾液のかわく臭いが鼻についた。

重力に負けて頬をすべるサスケの黒髪に、首の筋がどうにかなるほどうつむく姿勢でいるカカシの色素を持たない髪がまじっている。唇をごくかるく触れあわせるだけで幾度かくりかえすうち、サスケの呼吸がいつもと同じ速さに落ちついてくる。

サスケはきつく閉じたまま光をみようとしない。親指の腹で下瞼をなぞり、黒く頬に影を落とす睫をくすぐると、形のよい眉がしかめられた。

その両眸は切り札だろうに、たやすく閉じてしまっていいのだろうかと思う。もちろん、開いていたところで同じものがあるカカシには意味がないし、色を変えたところでまだ到底かなわない。視覚を封じるかわり、何を知ろうというのだろう、と思う。何をされても知らないよ、とも。

ここが、とカカシは右手をすべらせてサスケの鳩尾の少し上で左、肋骨の上から押さえる。なにが、とサスケはコンクリートに後頭部をおしあて、のどの奥から浮ついた声を返した。

上瞼をひくつかせるのに笑い、頬から滑らせて耳の傍に唇を落とす。サスケの利き腕を戒めた左手の中、背中の貝殻骨が身じろいだ拍子にでっぱるのがわかる。

ふ、とサスケのしめった息がカカシの耳をかすめる。深呼吸をしている。まるで誰かから隠れるように息をひそめている。

眼帯をしたままだからサスケの表情は横目でうかがえない。わずかに血の色をのぼらせた首筋だけで満足だった。耳から顎の線をたどって下りると、かたい床の上を切りすぎたサスケの爪が掻く音がした。

ここが、ともう一度いいながらカカシは、布のしたから規則正しく収縮と膨張をくりかえす、熱の源を感じていた。右目を上げる。電気もつけていない部屋は青い夕闇がただよっていて、視覚は色彩をうしない、明暗だけをとらえるものに変わりだしている。かたくななサスケをカカシは嫌いではない。

ここがひどいだろ、と言うと、うすい唇の端が持ちあがって、ゆっくりと笑みを刻んだ。なんで。手の平の下でとても速く時を刻んでいる。シャツ越しでもわかる。自惚れてイイ?と笑い声で返すと、ばかじゃねえの、と絶妙のタイミングできり返してきた。かたくななサスケをカカシは嫌いではない。

熟れた木の実を噛むように、カカシはサスケの下唇に歯を立てた。サスケの意思の外で痙攣するのがわかる。なだめるように歯の間からかさついた唇を舌で舐めると、戒めのない左手で後ろ髪を引っつかまれ、サスケの方から噛みついてきた。

予想外、とカカシは目を閉じて、望みどおり深くして床に押しつけ、飢える子供と息を重ねた。

(こんなにもおまえは俺が好きなのにね)







木の実が熟し、手元まで落ちてくるのを焦ったりはしない。だが青く酸いままのうちに手ずからもぎ取りたい。

好物は最後に取っておくほう、それとも最初に食べるほう?

きかれれば銀無垢のナイフとフォークを両手に持って、どちらも悪くないと言うだろう。天秤が傾くのはどちらでもいい。この右手の下、幼い肋骨の奥に真実心とやらがあるのなら。

(今日はどの子で間に合わせようかなあ)

黒髪は止そう。それと口数の多い子がいい。それとも目つきの悪い子を選ぼうか。

(あー、どっちも悩むなあ)

甘くぬるい口づけだけなら望もうと望むまいといくらでもやろう。かなうなら羽毛ひとつさえ飛ばないような、ばらの花さえ散らないような、眠る小鳥も夢のままにいられるような優しいやつを。

お望みなら足の裏にも口づけて、手の甲にもうやうやしく、拍車をさずかる騎士のように頭を垂れて肩口に剣の切先をうけ、誓いの詞を唱えようか。それとも百合のようにましろい処女さえ赤面させる、とびきり厭らしいやつをかましてやろうか。







ゴチソウサマ、とナプキンならぬ指で行儀悪く口を拭い、すぐにマスクで覆うと、鋭さを増した視線とかちあう。胃のあたり、胸の奥から吐き気にも似てゆるゆると込みあがるものに、おもわず唇の端をつりあげた。

褒められてもいいぐらいがまんしてるのに、そんな悔しそうに見ないで欲しいもんだ。むりやりぶちこみたくなる(そのときはぜったい泣かしてやろうと、子供じみたことをカカシはひとり誓っている)。

人間の自尊心なんてくだらない、その程度のもんでしょ。

カカシにはみずから課した戒めがある。

いったいいつがいいだろう。一ヵ月後、一年、五年、それとも二秒後?
了承なんてはなからいらない。おまえの足を開かせるなんてすぐだ。ああ。









(なんて苦しい恋だろうね?)








「ペースメイカー」/カカシサスケ







なにがって、ハートのです。
まだやるつもりはないのです。
「080」の続きだったり。

(Oscar Wilde. Salome.
English translation by Lord Douglas, 1894 )


→「017:√」
(心電図に見えませんか?)













血の味なのかい、これは?
いゝえ、ひょっとするとこれが恋の味。
恋はにがい味がするというよ。






それは甘いあまい遊び。












TRY !

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