帰り道の途中で会話はなくなってしまった。

手はつながなかった。視線もあわそうとしなかった。ちらほらとようやく白い花をつけだした桜のむこう、一等星がすくなくなった春の星座はだいぶ傾いている。もうすこし夜おそくなったら夏の星座もみれたかもしれない。

数え切れないぐらいの通行人に踏み固められてできた道やドブ板をのせた路地、交互に出す足の数メートル先を見て街灯で二つや三つ、前に後ろにかわる自分とサスケの影を見ながら、ただずっと黙ってゆっくりと歩いた。ちょうど別れる道にさしかかったところで、なにかサスケが言おうとする前に足をすすめてしまえば事足りた。ナルトはすこし足早に階段をのぼってドアを閉じる。

サスケの匂いがする暗がりの中で手首を捕まえた。利き手をとられたことが厭だったのか、手の中で一瞬ぴくりと動くのがわかったが、もう一度握りなおすと力が抜けて預けられる。ほっとして水からあがったときみたいに深い深いため息がでた。

玄関はいってすぐのキッチンにある窓から細長く落ちるだけの、磨りガラスでにじんだ光のなか、サスケの眼がうすく青く光っている。じっとただ見てくる。どうした、とは聞いてこない。すこし呆れたようなため息をついて、サスケが唇をナルトの瞼におしあてた。情けない顔をしてるのはなんとなくわかった。バカにしようとして、自分もできない、サスケも情けない顔をしていた。

多分、自分たちらしくはないだろう。よるとさわると喧嘩ばかりしていた。だけど今夜ばかりは仕方がないで許してもらえる気がする。

もうすこし優しくされると泣きそうだったので、食いしばった口元やさがった眉がばれないようナルトはサスケの肩口に額を押しつけた。サスケが手首をつかまれたまま指でナルトの手の甲をなでる。力をゆるめると、ゆっくり繋がれた。

なれないジェルで固めた髪を掻き回されて崩される。大騒ぎのあとの、酒と煙草の匂いがした。数十分前の大騒ぎは残光だけをのこして、夜はひたすら深くも静かだ。







あなたに花、あなたに星、わたしの







はあ、と息をつき膨らんではしぼむサスケの胸の上においた手のひらを滑らせる。こまかく汗をうかせたしまった下腹、吐き出したばかりの体液をぬぐうようにして、ゆっくりと指先をもう一度沈めるとサスケの顎がもちあがる。たちのぼりかぎろう熱はまだ余るほど、いくら息をすっても肺の奥にいかない。楽にならない。

畳にこすれたサスケの髪がざらついた音を立てた。

ときどきナルトはサスケを甘い空気の共犯にしようとする。だがサスケはナルトが日の光の下でいるときと同じように笑い歯の浮くような台詞を吐くことには到底耐えられなかった。たとえばそれは折れそうな足を踵の高い窮屈な靴に押しこめる女のためにあるものだ。真綿で包れることを望み望まれる手のひらも足の裏もやわらかい生き物たちにささげるもので、到底サスケに似合うものではないし心地よくもなかった。

ナルトは時々、自覚なしに世界に媚びるのだ。子供のようにふるまい、子供のように優しくされたいと思っているのだ。そんな浅はかな茶番につきあってやる気ははなからない。

はねつけるサスケに大概ナルトは怒る。怒った顔は往々にして人間の本性だ。

ナルトはいつもサスケと寝るとき必死だ。息を切らしていて隠しようもないのに、わざと卑しい口調ではずかしめるような言葉を並べるときもあった、反対に饒舌に吐き出すことをうまくできないで喉からでる声が名前だけになったりもした。

サスケはナルトに似合わない辱しめの言葉を囁かれて奥歯を噛みしめることはあるにはあるが、荒げた息にごまかしたため息もあったりもする。ベッドから蹴り落として殴りあいになるときも無論ある。殴り合いの喧嘩をしたあと、どうにもきっかけがつかめずに目も当てられない顔でシーツにもつれこむことも勿論だ。

だがその夜はふしぎとなにもかもがやわらかかった。

甘い気のきいた台詞を吐いたわけではない。言葉はなにもなかった。

二の腕を掴まれ耳にかじりつく息の近しさや、背中をなぞる舌のざらつき、膝から腿へとあがる唇のすっかり覚えた手順、生々しさだけはいつもと変わらずに心臓をむりに掴んで鼓動をはやめ呼吸を詰まらせた。髪をひっぱったり拳になってばかりだった手のひらは、うやうやしく肌をこすり、唇はつつましい口吻に終始した。

指一本であっけなくほどけた体にちょっと戸惑ったナルトは、サスケの顔を覘きこむ。天井のあたりに視線を据えている顔は下手な嘘をつく子供と一緒だった。すぐ不機嫌な表情で誤魔化したサスケが、唸るのに慌ててパンツを脱いで、ゆるく投げ出されたサスケの足の間に入りこむ。

いちいち顔色みるなと怒られてもこればかりは止められず、痛みや苦しみが横にそむけたサスケの顔に浮かばないのをみながら、おそるおそる沈めていった。シーツをにぎる指の白さや、きつく閉じられた眦がわずかに涙をうかべているときにナルトが、どれだけ死にたい気分になるのかサスケはしらないのだ。

押入った中はひどく熱く柔らかかった。サスケはどれだけナルトに許してしまえば気がすむのか、よくわからない。あくどい言葉をえらんではずかしめたとしても呆れたような顔をすることはあっても、度をすぎない限り拒まれたことはない。つい数秒前まで殴っていた手のひらで、ナルトの首をひきよせたりもしたし、罵った唇でキスをよこしたりもする。

ぐっと体を倒してキスをしようとすると、驚いた子供のように眼を閉じたりする。自分でするときは嫌味なほどふてぶてしいくせにバカ野郎、と思うが現実に声にだせば罵りには到底たりない響きになるのもわかっていた。それぐらい、いかれているのだ。ああ畜生。かわいがりたい。でもかわいがると殴られる。殴られて気づけばナルトがかわいがられている有様だ。

畳の上で乱暴に動きすぎてすりむいた膝小僧を、どんな風に手当てするのかナルトは知っているのだ。

暗闇のなかでにわかに涙腺がゆるみ、ナルトは奥歯を噛みしめた。心のありようそのままに体をとかすばか正直さにいかれている。もつれる舌でオレはいつだってお前を、そうだお前を。お前が好きで、かわいがりたくていとしくてしょうがないのだと言いたいのだ。ウスラトンカチめと罵る声に目をとじる。こんなやわらかくなるぐらい、おまえがさびしいって正直にいえば、オレは存分にお前をいとしい仕草でだきしめてやれるんだ。

オレもさびしくてしょうがないと、言えるんだ。







一生分のおめでとうと幸せにを言い尽くした。
このよき日にビール、惜しみなく喜びの言葉、両手いっぱいの花、満天の星、それから。

それから世界中で一番幸せになってほしい。

さびしいなんて面と向かって言うにはかっこつけ過ぎていた。ナルトとサスケの頬には、まったく同じとびきりわらったピンク色のキスマークがついている。

サクラが結婚した日の夜だった。

















「あなたに花、あなたに星、わたしの」/ナルトサスケ




ボツった突発SSを救済しようと思ったら
全文かきなおしでしたー!(意味ない…)

サクラちゃんに
ナルトもサスケも泣かされちゃうといいじゃない!
と、いうお話でした。

→「036:きょうだい」

BGM「透明人間」/東京事変
  「スピカ」/スピッツ










TRY !

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