休み前にはなんとなく、カカシの家で食事、というのが約束事になっていた。 (ん?) なんだかくすぐったいと思っていたら、ちゃぶ台の下でサスケの伸ばした足がカカシの足に当たっていた。 「サスケ」 かつかつと茶碗に箸が当たる音がとだえ、伏せられていた瞳がカカシを捉える。サスケは口の中のものをきちんと呑みこんでから口を開いた。 「なんだ」 「足」 「ああ、悪ぃ」 きし、と小さな音がした。湯のみの中に小さく水輪ができては消える。きし、きしと軋むのにカカシは天井を見上げ、ため息をついた。上の夫婦はけっこうな熟年だが、仲がいいらしい。いずれにしろうらやましい話だ、と考えカカシはため息をついた。 (……で) 「あのなー、サスケ」 「どうした」 「……足」 に、とうすい唇の端をつりあげ、どかそうとしないのに確信犯だと気がついたカカシは頭が痛くなりそうだと思いながら、ぼそりと呟いた。 「それセクハラ」 「フン」 左手でちゃぶ台の下にある右足首をつかんだ。片手で一掴みできる幼さだが、下腹をさぐる指の動きは無駄に器用で挑発にはじゅうぶんだった。せっかく抑えてやったというのに、人の好意に後ろ足で砂をひっかけるようなまねをする。 ため息をついたカカシががちゃりと箸を置いたのにサスケは片眉を跳ねあげた。 「……っ」 ずるっと足首をひっぱって引き倒し、ちゃぶ台の下に敷きこんだ。踝のでっぱりを硬い指の腹がなで、さらしで包まれたままのふくらはぎのあたりを往復させる。 「あんまりね、刺激しないでくれる?」 笑いに紛らしてみれば低い声が返った。 「……ぞ」 「ん?」 がつ、とサスケの足がカカシの腹をかるく蹴った。手のひらで受け止めると、がつ、ともう一度蹴られる。 「なんなの」 眉をしかめたカカシがちゃぶ台をおしやり、サスケの足をさらにずるずると引っぱった。ちょうどサスケの両膝の間にカカシが入りこむ形だ。すこしシャツがまくれ上がり、襟ぐりに顎をうずめた黒目が沈黙をたたえたままカカシを見つめていた。のろりと足をカカシに預けたままサスケは体を起こす。 「今さらびびってんな、エロ教師」 「……」 一言絶句、二言絶句。 カカシの唇がシンメトリーにつりあがった。 「……ふうん」 恋人同士、というには好戦的な雰囲気のままなんとなく顔を寄せていくと、髪の毛をきつく掴まれた。唇を重ね舌を伸ばせばたいした抵抗もみせず受け入れられる。 「がまん、してたのに」 怪我をさせたから、とつけくわえれば、平気だ、と妙にやらしいかすれ声が返ってきた。これで止まる馬鹿がいたらそれこそお眼にかかりたい。シャツの下に手のひらを滑らせる。 いざベッド、となったところでチャイムが鳴った。 ドンドンドン、と息もつかせず叩かれたドア、せっぱ詰まった様子にサスケがカカシを見る。カカシははあ、とため息を吐くとのろのろと起き上がった。 世の中にはこれでもかというドラマが存在する。 たとえば生徒と禁断の恋におちる教師だとか。 たとえば女友達に泣きつかれたところを恋人に見られる男だとか。 きわめつけにその女友達が昔の恋人だったとか。 「きいてんの、カカシ。あんたも知ってんでしょ、あたしの癖なのよ、ああいう男に引っかかるの。もう、やだ、あたしアイツと別れる!」 「……はいはい」 わかってるなら、どうしてそんなやつに引っかかるの、という言葉が喉元まで出かかる。 ジーザス、といつのまにか姿をけしていた黒髪の恋人にカカシは呟いた。 それでも 地球は まわってる 今日の待ち合わせ場所は里を貫く川にかかった石橋の上、水嵩を増した川が音を立てていた。日影にはもう氷粒になった雪がとけ残っていた。 橋げたに背を預けていたサスケに歩みよってきたサクラは小さく会釈した、と思ったらくしゃみをした。なんだかやたらかわいらしい「ぷちゅっ」というくしゃみにサスケが足元に落としていた目線をあげると、サクラは花粉症だと思うの、とすこし鼻にかかった声で言った。声が掠れている。鼻がつまって口で呼吸をするからだろう。 簡潔明瞭な答えか沈黙しか返さないサスケに、ぽつぽつと話の接ぎ穂を探すサクラの鼻の頭が赤くなっていた。 すこし気になってまじまじと見つめていると、不意に目を伏せたサクラは形のよいおでこまでほんわりと赤くした。 (なんだ?) 沈黙が落ちたことにあせったのか、サクラは碧眼をせわしなくまばたきさせる。こういうとき、サスケは沈黙が不得意ではないので何も言わずに目線をずらした。 こういう独特の緊張は困る。助け舟を出せるほど気の利いたセリフを言えるわけでもないし、もとから喋るほうではない。そしてサスケ本人は気がついていないが、する必要がないし、どうでもいいとおもっている。 低血圧でエンジン稼動が半分の頭でぼんやり思考を泳がせているサスケは、うつむいて爪先でもじもじ土をいじくっているサクラが、もうニクイあんちきしょうなんだからぁー、と内心で雄叫びを上げているのも知らない。夜更かしのせいか、なんだか頭の芯が重いとサスケは思った。小さなため息をつきそうになったところで、賑やかな気配がちかづくのに、サスケは顔を上げる。サクラもそちらに目を向けた。 「グッ、モーニーン!サクラちゃん!」 雪がとけて、空色を映した水たまりを蹴散らしそうないきおいで踏みながらナルトが走ってくる。今日も今日とて十分の遅刻、きらきら滴が散るのはたいそうきれいだったが、サスケもサクラも一様に顔をしかめた。かまって、と全身で言うようなナルトにサクラが怒鳴ろうと口を開き、そして小さなくしゃみが響いた。 かなしい条件反射なのか首をすくめてお説教に備えていたナルトは、びっくりした後、いきなりおろおろしだした。 「大丈夫、サクラちゃん、風邪?熱?あ…だったらオレいいもの持ってるってば」 サクラの周りでおたおたしていたかと思ったら、ナルトは一気に顔を明るくする。後ろ手でポーチをごそごそ探っていたナルトは、へへへへっと笑うと、拳を作った左手をずいっとサクラに差し出した。 「風邪ん時にはこれつけるんだよなー」 何の変哲もないマスクだった。耳に引っ掛けるゴムと、白いガーゼでできた病院でもらえるようなもの。サクラは風邪じゃないし、そもそも風邪の時のマスクは他の人に感染するのを防ぐためで、風邪引きにマスクを与えても病状が改善するわけもない。サクラとナルトの遣り取りを見ていたサスケは内心つっこむが、花粉症には役立つか、と気がつく。 「つけとけよ。その方がマシだろ」 短いサスケの言葉にサクラはちょっと驚いた。そして、いろいろな感情がない交ぜになった中途半端な顔をした。サスケ君が心配してくれたかも、というのは正直にうれしいし、ナルトの好意もこそばゆい。 「やだ、大丈夫よ、サスケ君が心配するほどじゃないし」 実を言ってしまえばマスクを持ってきている、でもマスクをつけた格好なんて、と思ったからしてこなかった。それに今日は女の子にとってとても大事な日なのだ。髪の毛一筋たりとも気を抜けない。髪型で一喜一憂し手鏡をポーチに入れて、見た目のほうに気を遣う、そんな女の子の心をわかるには、不幸にしてサスケは興味がなさすぎたし、ナルトは鈍感すぎた。 「サクラちゃん?心配しなくてもいいぜ、これイルカ先生にもらって、まだ一回も使ってねえからさ、あげる」 「……」 「で、でも」 「いいからいいから」 にこにことナルトに笑われ、サスケはじっと見ている。心配はうれしいのだ。ほんとうに。でもマスクはいやだ。女の子のプライドにかけて嫌だ。やたら押しの良いナルトの笑顔と、サスケのもの言いたげな視線、マスクをつけるかつけないか、二人の圧力にサクラは背中にじわりといやな汗をかく。 「よ!全員揃ってるな」 どろろん、と煙と一緒に現われたのはカカシだった。びくびくっと下忍の三人とも肩をすくめ、橋桁にしゃがみこんでいる上司を見た。 「どうした?なんか変?」 そんなに見られたらオレ照れちゃうよ、と朝から脱力するようなことをのたまう。 「変なのはいつものことだってば」 「そーよ。自覚が無いのが変態の第一歩よ」 「……」 上司を敬う心をあまり感じられないセリフと視線を受けて、カカシは残念そうに眉を寄せる。 「……お前らね、まあ、いいけど。ところでナルト、お前そんなのどうすんだ」 カカシに指差されたナルトは自分の手の中を見下ろして、ぐるんといきおいよくサクラに顔を向けた。 「そうだ、サクラちゃん!」 「サクラがどうした?」 「花粉症なんだと」 ぼそっとサスケが言ったのに、サクラが「あぁ……っ」と悲鳴に近い声をあげた。高音にいっしゅん男三人の耳がバカになる。 「……一体なんなのよ」 右耳をおさえたカカシは話が飛びとびになるナルトは論外、簡潔すぎるサスケも却下でいちばん話の進みが速いサクラを見ると、サクラはサスケを見てから気まずげに花粉症みたいなのだ、と言う。ナルトがいいから、と差し出しているマスクと話が繋がって、ああ、とカカシは得心が行く。 (……サクラもかわいそうにね) 女の子と男の子の成長差はこの時期は顕著だ。特に、とくに頭の中身。男と女の間には暗くて深い川があるわけだが、頭は任務のことばっかりの朴念仁と人一倍みだしなみを気にするサクラじゃまあ、サルと人間並みであって意思疎通ができないのも無理はない。いずれきちんと通じる時もあるのだけれど、いまは仕方がない。 マスクマスクと叫ぶナルトの頭に手を置いて、サスケに目を向ける。にこりと笑うといぶかしげに形の良い眉を顰めた。さらに見ていると、何なんだとばかりに不機嫌な光がひらめいて先に視線がそれた。 カカシは恋路を助けることはしないが邪魔することもしない。表向きは。 ナルト→サクラ→サスケの構図はけっこうふしぎなものだ。 ナルトはそもそもサクラが好きだし、サスケのこともケンカするほど仲がいいという奴だ。サクラはサクラでナルトのことをむやみやたらと嫌っていないし、サスケに対してはあまりにあからさまでもう言うこともない。最後のサスケは、興味がない人間は見事に視界の外に追いやるタイプだ。ナルトの挑発にのる、つまりは自分が気にかける価値がある奴だと認めているし、サクラに対しては任務外での接触はないにしろ、さりげなく仲間としてフォローするのを忘れない。 (それって天然?) いや、チームワークが良いのは大事なところだからいいのだけれども。自然に眉がよった。いや、チームワークがいいのは本当にいの一番で大事だからいいのだ。いいのだけれども。 (いいんだけど、ねー) ナルトがサクラの手の中にマスクを押し込んでいた。困ったようなサクラの顔を見て、思わず口出ししてしまう。 「ま、つけときな、サクラ。花粉症ならつけてたほうが楽だと思うし。風邪でも心配だし」 「そう……?……そうね、うん。ナルト、じゃあ借りるね」 「うん!」 ふっとナルトに笑ってマスクを貝殻のような耳にかけるサクラに、すこし意地悪だったかな、とカカシは思った。 (いや、でもサクラもナルトの行為は嬉しいらしいし、どうせマスクしたかしないかぐらい気にしない朴念仁だし) ……朴念仁のくせにさりげなく健康を気づかうって、優しいってどういうことだ、それは。いわゆる、世間一般で言う「タチが悪い」ってことじゃないのか。 (―――やめやめ) 言い訳めいた思考が脱線して妙な方向に行くのを、カカシはため息ひとつで追い出した。さわやかな朝には不埒だ。どうも自分はさいきん大人気ないように思う。見おろす黒髪、羽でもたたまれてそうな肩甲骨の尖った線、うすれかけた赤い印からは目をそらした。 「さ、任務行くぞ」 冷戦が1週間、続いている。 あの女とはいまは全くきれいな関係でお前が心配する必要はこれっぽっちもないんだよ、と言い訳しようにも、居留守を食らう、あるいは修行をたてに逃げられて、一週間だ。 「本日の任務は終了、これにて」 かいさーん、と親指を立てようとしたところで、サクラの待ったがかかった。 「なに?」 「みんなに、これ、わたしから…」 差し出されたのはピンク色のタッパ―だ。代表者としておもわずカカシがうけとってしまってから、ナルト、サスケの3人で顔を見合わせた。 「三人に、バレンタインだから」 どっこいしょ、としゃがみこんであけた瞬間、覗き込んでいたナルトがわあ、とため息をついた。カカシはサクラに上手く考えたなあ、と感心しながら、サスケの旋毛を見下ろす。 「甘くないのもあるから、サスケ君も食べれるかとおもって」 「た、食べていいの?ほんとに?」 きらきら目を輝かせるナルトに、いいっていってんでしょ、と照れ隠しにサクラが怒った。 コーンフレークとナッツをかためたチョコレートバーがいくつかと、塩味のセサミクッキー、チーズクッキー、甘いものが得手でないカカシとサスケはおもにそれらを齧り、チョコレートバーはナルトのお腹におさまった。 「おいしかったよ」 「うまかった」 口をもごもごさせたナルトが同意を示すように頷く。ごちそうさま、といってタッパ―を返すと、心配そうにのぞきこんだサクラが空っぽになったのを見てふんわりと笑う。 (いいねえ) ふと視線を感じて見おろせば、あからさまに反らされる。 まだまだ先は長そうだ、と思いながら報告書を提出したあとの足が自宅ではないところに向かうのはどうしてだろう。 屋根の上をひょいひょいと飛んでいきながら、サスケの下宿が見えるころにはカカシはこりゃいないな、と予測を立てていた。トタン屋根にぶらんとぶらさがって、アルミサッシに足を下ろせば、しろい耳あてをしたサクラがふるびたドアの前に立っている。 ぱちりと瞬きをするのににこりと笑った。 「カカシ先生」 「なに、これ」 「サスケ君BOX」 「いや、だから、BOXってなに」 「これに入れるの」 ドアの前におかれた洗濯機、その横にしつえられた箱。段ボール箱にガムテープ、ゴムテープで補強されたのは投函口のようで、なるほどポストだった。 「何を?」 「もう!チョコに決まってるでしょ!」 「箱に?」 「箱に」 「なんで?」 「受け取ってくれないんだもん!」 合点がいった。そうか。そうだ。たしかにあれじゃあ受け取らないだろう。だからBOX。それぞれライバルでもあるわけだが、にわか共同戦線も張るのか。わけがわからない。抜け駆けはいけないのか。女の子って時にすごい、と単純にカカシは感動する。 「アカデミーの時も?」 「アカデミーの時はロッカー前に設置したの。総玉砕が続いたから、最後の学年ぐらいはって工夫したの、それは持って帰ってくれたから」 「……へえ。だけどこの時間はないんじゃない?」 あたりはすっかり暗くなって、夜の明かりが点りだしている。ばつが悪そうに視線を落としたサクラは、だって、会えないんだものと続けた。 (罪な男だねえ) 「でもね、サクラは風邪気味なんだし危ないからもう帰りな。女の子が体冷やしちゃだめだろ。送ってあげるから」 「……先生のほうが変態って言うか危ない気がする…」 それは教え子に言われる台詞としてかなり心外だ。ぎょっとして手のひらをふるカカシにサクラはふうと花のように白い息を吐いて笑った。信用してるもの、先生のこと、とつけくわえられて、ほんのすこし後ろめたい気分になった理由がなにかなんては考えない。 「いいや、一日おくれになっちゃうけど、明日渡すことにする」 悔しそうにいいながら、でもその方が一まとめにされちゃうよりずっといいもの、とサクラは笑った。 「考えるねえ」 「うん、頑張るもの」 騒がしい町を通り抜け、住宅ばかりになる一帯、家の前まで送り届けて、カカシはサクラにじゃあなと手を振る。ねえ、先生、と別れ際にサクラが呼びかけるのにカカシは首をねじむけた。 カンカン、と鉄階段をのぼる足音にたちが悪ぃ、とサスケは唇を噛んだ。気配でとっくにわかってるから、普段はさせない足音をさせているのだ。サスケが逃げられるよう、あるいは逃げないよう。 「他人ん家の前でなにしてんの」 見あげれば、1週間ぶりに数十センチの距離になったマスク面だ。ふわふわの紙でラッピングされたのを投げつける。 「なに、コレ」 手の中の包みを右手から左手、左手から右手、と動かしながらカカシは首をかしげる。 「こないだのヒトが」 「なんでお前がこんなの渡すの」 いきなり口調に怒りが滲んで、サスケは驚く。 「トモダチなんだろ」 「そうだよ。そうだけど」 本気でわかってないの、と言われてサスケはかちんとする。だいたい、この状況で不機嫌になっていいのはカカシじゃなくて自分のはずだ。トモダチだと思ってるのはあんただけかもな、なんて情ない言葉が思い浮かぶ。怒ってるのはあんたじゃなくて、オレだろ、といおうとして口を噤んだ。 「なんで黙るの」 「……」 「言いたいことがあるならいいな。じゃないとなにも出来ない」 「じゃあ」 「ん?」 「じゃあアンタも言えよ」 カカシはため息をついた。 「サクラにね、今日、相談されたよ。これで予想つく?」 「……そんなの」 「どうにもならないよね。でも、むかつくのはしょうがないだろ」 ほら、言ったんだから、おまえも言え、と鼻を摘ままれる。 「……ドア、開けんなよ」 呟けば、カカシはひどくゆっくりと瞬きをした。いたたまれずに視線が足元をさ迷う。 「トモダチだっつうのは、信用してるし、おおっぴらに言えるわけねえから、どうにもならねえけど」 我儘だという自覚はある。 女のひとり歩きなんだから、もしかしたら変態に付けまわされてカカシのドアを叩くなんて場合もあるかもしれない。それでも、なかなか納得がいかなかった。挙げ句の果てに家にいってもカカシはいないし、こないだの女がカカシのポストになにか投函しようとするのを見てしまうし、と思ったら押し付けられるし。 信頼はしてる。けれど、信頼とは別物だと思うのだ。 「……開けんなよ」 ドアの中に引きずり込まれた。 きりきりと唇を噛みながら、サスケは自分はまだまだ甘かったと後悔する。 かけつけ三杯みたいにドアのところで服を脱がされかけて、風呂場に連れこまれた。 「……ぅ」 太ももがさっきから引きつってしょうがない。一度前を口でされながら指を入れられた。それからベッドに運ばれてからもカカシの指は我が物顔で居座り、下腹でうずく甘みはどろどろになって、息が詰まりそうだ。 「も、……れろよ……ッ」 「また怪我したらどうすんの」 まるでサスケのためみたいなことを言いながら、楽しんでるのが口調で丸わかりだ。痛いのはまだ慣れてる、怪我したほうがまだましだ、こんな状態のまま生殺しみたいな時間が続くなら。 (お見通しなんだよ、おまえの魂胆なんて) 色気もなにもない誘いとわかっていながら息が上がりそうな自分に漏れた笑いは自嘲だろうか。カカシが狭い中、ちいさなふくらみをふやけだした指で円でもかくように押せば、なめらかな腹が不規則にひきつった。うるんだ太ももの肌が腕にすいつくのを楽しみながら指を遊ばせる。 「ぁ、あ、――イイっ」 「…………え?」 らしからぬ高い声に、らしからぬまぬけな顔でカカシはサスケを見た。形のいい眉をこれでもかとしかめたサスケがいいから、と睨みつけてくる。 「け、怪我したっていいっつってんだろ……っ」 「……」 状況が状況だけにカカシは耳のあたりがじわじわと赤くなってくるのを感じる。そういうことか、と納得してから明かりをつけていなくてよかったと心底おもった。たった一言でこれだなんて情けなくてやってられない。 がっくりと力を抜いて、サスケの上に倒れこんだ。ぐえ、と押しつぶされた色気もなにもない声をきいて、そうだよ、これがサスケだよ、と再確認する。朴念仁の鈍感で妙なところでフェミニスト。 「……カカシ?」 うー、とうめく声が耳元で聞こえた。サスケは居心地悪そうに身じろぎをする。 「おい、……当たってるぞ」 「当ててんのー」 これでもがまんしてるんだよー、と言われてサスケはあきれ返った。人の話をきいてるのか、こいつは。 「だから、早くしろよ」 横目にみたカカシは片眉をあげ、それから小さく声をあげて笑った。 「だから、色気ないって」 伸びた腕がベッドヘッドを掴む。 「息吐いて。楽になるから」 「は……」 かわいそうなぐらい震えてる手を上からつつむようにすると、すこし指先が冷えているくせに汗ばんでいた。カカシのほうも軋む感じがするしきつくて痛みのほうがおおい。初めてではないけれど、間があいてしまってるからしょうがないのかもしれなかった。 「平気?痛い?」 「ぅ、」 首を振るのに安堵する。短い息を口でするのはきっと圧迫感がひどいのだろう。それでもどうにかこうにかおさめ終えると、安堵したような息が聞こえて、どこか胸の一番やわらかいところが締めつけられる。 「……あんた」 「ん?」 「いつもおんなじこと、訊く」 至極まじめに言ったつもりなのに、後ろのカカシはどうやら笑ったようだ。むっとすると、なだめるように握った手にはいった力が強くなる。二人でするんだから。 「じゃなきゃ意味ないでしょ」 どんな、と聞こうとして動かれ息が詰まった。焦れるほどに慣らされたからだろうか、なじみだしたところは簡単に拾いあげ、のこっていたかすかな軋みも妙な感覚にすりかえていく。それどころか、いままでよりはるかに深くくるのが怖い。 「……ふッ」 無意識にずりあがるのを引き戻されれば、浸蝕はたやすく指先まで達した。汗ばんだ指がベッドヘッドからすべり落ちそうになり、必死ですがる。 「あ、あ」 ぐっと押しつけられ自分の中にあるものをひきずりだす他人の肉が怖い。自分という殻がとても脆い、卵みたいなものだとわかる。たやすくひびが入り、得体の知れないどろついたものが溢れだしている。背中をたたかれるように、ベッドヘッドをつかんで逃げる。それもわずか数十センチで行き止まりになった。 「サスケ」 耳元に落ちる声にようよう目をあけると常夜灯のオレンジ色がちいさくともって揺れている。いつのまにか体をひっくりかえされている。抜かれるときに総毛だつような気がして、一気に体温があがり名前を呼ぼうとした喉から高い声がした。今まで後ろからされるばかりだったから、指でしかされたことのないいいところに当たるなんて知らなかった。 そんな声ださないで、とかすれ声にいわれてもわからない。 カカシの髪の毛が額のあたりに降りかかってくる。自分のではないうすい体臭、ぼんやりした明かりに粉砂糖でもまぶしたような睫のしたで、眼がすこし光っている。すこし歯を噛みしめて堪える顔にどうにかなりそうで、思わずキスしていた。 ぎ、ぎ、とベッドがが軋みもどかしいほど小刻みにゆっくり天井が揺れ、傷痕のおおい汗ばんだ肩の線がいったりきたりする。ずれた唇からひくい声がきこえ、耳の下あたりの骨が動いているのが見えた。なにもきついことはされてないのに、息が詰まりそうだ。ベッドヘッドをつかんで体の螺子がゆるみそうになるのをこらえる。 それを見透かしたようにもうとろとろに張り詰めた前を触られて、焼ききれる。ぴんとはった糸がぶちぶちちぎれるように、小さな波が何度もやってきた。ぷつんと繊維が一本切れるたびに鼓動が跳ねる。目の前が赤いような白いような目眩でいっぱいになった。 う、と喉の奥でひしゃげるような声を吐いてカカシの体が強ばる。生暖かいものが奥に広がる感覚に、足の裏側がひきつった。ぽたり、とつめたい滴が頬のあたりに落ちるのを感じて目をあけると、カカシの眉がゆっくり解かれるところだった。むりやりひきのばしたような長い息がサスケの肩口を温め、冷やした。 余韻をたのしむようにすこし動かしながら、何度かキスをした。 誰にもいえないから、誰にも手を出すなと宣言できない。秘密の恋だといえばかっこはつくが、実情はそんなもので、お互い格好悪かった。 (だせえ) ぐったりと頭を浴槽の淵に預けていると、うしろから伸びた手が額にはりついた髪の毛を上げる。 「おおっぴらに言えないって、言うけどね。そういう弱みも怖さも俺にだってあるよ」 「……」 「人前じゃどうしたって、生徒でしか扱えないし。可愛いサクラにさ、どうすればいいのかな、なんて相談されちゃうし」 「……」 何もいわずにサスケが黙っていると、首筋に吸い付かれる。痕をつけられると困るな、と思いながら大きく出れなかった。 「……サスケ君ボックス、壊しちゃってもいい?」 「なんだ、それ?」 |
「それでも地球はまわってる」/カカシサスケ |
|