か細く、けれどたしかに耳をうつ高い声に横っ面をはられてナルトは目を瞬いた。蒸した空気が首から脇から全身をくるんでいて、こめかみを伝って汗が目に流れこんでくる。しみた目をきつく瞑りながら喘いで、頭を振れば下からうめき声がかえる。
「……ぅ」 じぃんと膝の裏がひきつるほどの快さに驚いて体を起こせば、ごとんと肘からサスケの汗ばんだ肢が床に落ちた。うつむきがちに喉元に顎をうめるようにして横向いたサスケの表情は、前髪にかくされて見えない。無理やりに深呼吸をするように、息をながく吸って吐いていてもサスケの下腹がときどきひきつり、汗だかなんだかもうよくわからない液体が床に飛び散って光っていた。 (え?) ぐ、と肩を下からおされてナルトはわけもわからず起き上がれば、また首筋がざわつくほどの甘さがきて、変な声がもれそうになる。ずる、とサスケの手がすべり落ちて、膝を抱えこむように体を縮めてひきつった声をもらした。は、は、と短く息継ぎをするサスケはそれでも身じろいで、床についた腕でナルトから離れようとしている。意図をくんだナルトが体をはなせば、声を噛殺して床にぐたりと四肢をなげだした。 (つか、なんだ、これ……) 縮めるようにくまれたサスケの夜目にやたらと生白く浮いた肢、付け根の翳りあたりが濡れてかすかに光っているのに、喉がやけつくような気がして唾を飲む。事態がうまく把握できない、いったいなんだってこんなことになっているのか。 「……っの、がっつきやがって」 ひどく嗄れた声に首筋あたりがまたざわついて、ナルトはサスケを見下ろす。汗と、夜のくらがりの中ぬくまった体温にかすかに濃くなったサスケと自分の匂いに、ぬるぬるになった自分がまた熱を持ち出して戸惑う。なんで、と汗まみれの首筋をかいたとたん、不意にかすめた石鹸のにおいに全部思い出した。 「……だってよ」 (サスケが)
名前はない
昔は余裕があった浴槽もいまでは随分せまくなってしまったので、久々に銭湯に行くことにした。 大きな湯船で思う存分熱めのお湯につかったナルトは、合皮のはげかけたマッサージチェアの横にある籐椅子に座って牛乳キャップをこじあける。珈琲牛乳を一気飲みして、まだチャンネルがつまみ式のテレビが流すニュースをぼんやり見あげていた。青い三枚羽の扇風機がゆったりと首を動かしていた。 ついでと任務あがりでどろどろになった洗濯物はコインランドリーの中、放り込んだ乾燥機のタイマーがまだ十分ほど残っているから、帰ることはまだ出来ない。 いつも見ていたニュース番組の司会者の顔ぶれが変わっていて、この時間にテレビをみるのも久々だとおもう。女湯に子供連れの親子がいるのか、高い笑い声が司会者の声をかき消した。 (……つか、飯考えんのとかすげえ面倒) やっぱこんなときは一楽だよなあ、と牛乳瓶の口をかじっていたナルトは定番のみそラーメンになにを付け合せにしようか考える。餃子も好きだけれど、五目野菜炒めも捨てがたい。レバニラもいい気がするけれど、チャーシューがたくさんはいったチャーハンもいい。 (あー、せめて五人ぐらいいたらよ、いろいろ食えんのに) 土産でつつむのもいいけれど、餃子をぱりっとうまく焼くコツがいまだにナルトは分からないのだ。 (てか一楽も、一ヶ月行ってねえし) と考えたところでもう腹の虫が限界だ。生乾きでもいいからもう洗濯物を回収して一楽に言ってしまおうと決心して、立ち上がった。 みょうにほかほかした洗濯物をつめこんだバッグを抱えながら一楽の暖簾をめくれば、顔なじみがいた。 「……よう」 おどろいて目を瞬くナルトを一瞥したサスケはすぐに視線をもどし、黙々と先に注文していたらしい餃子を頬張った。 「んだよ!無視すんなよ」 「……別にしてねえだろ」 口の中のものをきちんと飲み込んでからサスケは口を開いた。 「なにいきなり怒鳴ってんだてめーは、生理か」 この最低発言をサクラをはじめとする女子全員に聞かせてやりたいとナルトは心底思いながら、サスケの向かいの席に座ると、お目当てのみそラーメンとミニサイズのチャーハンを頼んだ。 「なに相席してんだ」 「ちっちぇえこといってんなって。おまえなに食ってんの」 「サンラータンメン」 「さん、た……?ちっとくれ」 頼めば無言で丼が押し出されてくる。割り箸をとったナルトはとりあえず蓮華で、中華ハムとザーサイや野菜をいためてあるらしい茶色いスープを飲んでみて、びっくりした。 「……すっぱ辛い」 「新メニューだと」 「へえ、うめえなコレ。おっちゃん、このサンターメン?うまい!」 どうもね、と中華なべを振りながら店主が頭を下げるのにナルトは笑った。 「つかサスケ、チャーハンちょっとやるからその餃子くれねえ?」 「相変わらず意地きたねえな」 「トレードのどこが意地きたねえんだよ!いーじゃんかよう、久しぶりの一楽なんだっつの」 「そういやそうだな。外勤か」 「うんにゃ、夜勤がぶっつづけで、うーんと、5日ぐらい?のあとに国境哨戒で泊り込み。おまえは外勤?」 「まあな」 よくよく見ればサスケの装備はどこもかしこもくたびれていて、服も埃まみれだ。里にはいった時点で班は解散になったのだろう。 「あがりさっきだったんか?」 「ああ、面倒でな」 長期で外勤をいれてしまうと面倒なのが、家の掃除と食事だ。それでも時間がありさえすればサスケは大概自分の家に戻るし、食事も自分で作るが、それも億劫だったのだろう。前にあったときよりすこしそげた輪郭の線だとか、幾分か鋭い眼差しや、疲れのせいかくまが目立つ整った顔をみて自分もそうなのかと思う。 「明日はじゃあ、休み?」 「まあな」 「ふーん」 おまち、と置かれたラーメンの、ごま油のいいにおいにナルトはくるりと横を向く。ラーメンを啜っていたサスケは箸をわるナルトをちらりと見た。 「お前は?」 「うん?」 「休みか」 「ん、おお、オレも休み」 モヤシとネギの山を崩して香ばしい油をうかべたスープをひと混ぜ、箸をつっこんだナルトは一口にはすこし多いぐらいの麺から湯気を吹き飛ばしていっきに啜りこんだ。舌からひろがる相変わらずのうまさにぐっと眼を閉じてこの世の幸せを堪能する。しばらく黙々と食べ続けてがっつく勢いもおさまった頃、向かいの席でお冷のグラスをつまらなさそうに傾けるサスケをナルトは見た。 二軒目でしめにラーメンをたべる酔いどれたちがやってくるにはすこしはやい時間帯だ、カウンターにつりさげられたテレビは無駄にまぶしくちかちかとしていて、音はちっとも聞こえない。皿洗いをする水音だけが響いていた。 ナルトが箸を置いて水を飲み干すと、サスケが立ち上がる。勘定を済ますと特に二人なにを言うでもなく帰り道を歩き出した。休みかってきいてきたってことは、とナルトは考える。ちらりと横をみるが、街灯のひかりを浴びたサスケは相変わらずの無表情でポケットに両手をつっこんで歩いている。秋虫の声がずいぶん大きく聞こえた。 ちょうど別れ道の橋に差し掛かっても、サスケが普通についてくるのにちょっと驚く。欠伸をしていたサスケはなんだよ、と言うように眼を眇めてもう一度欠伸をした。 勝手しったるというか、上がりこんだサスケはすぐに洗面所に向かい風呂場にいったらしかった。水を使う音が聞こえてくるのに、ナルトは頭を掻いた。 なんか無言で通じ合ってるというか、なんというか、恥ずかしい。恥ずかしいとか考えてしまう自体が恥ずかしい。 (だいたいサスケじゃねーか) ふん、と鼻を鳴らしたナルトは洗濯物がぎゅう詰めになったバックを洗面所に放り投げ、ベッドにごろりと横になった。そういえばお互い久しぶりもなにもいっていないが、どれだけ会ってなかっただろうとつらつら考える。横になった布団は気持ちがよくてうとうとしてくる。早くこねえと寝ちまうぞ、と思いながらナルトはずっとシャワーの水音をきいていた。 ばたりと浴室のドアが開く音に起き上がる。あー、くそ、と頭をかくとナルトは立ち上がってベッドから洗面所までの七歩を五歩にして、洗面所のドアを開けた。 「なにやってんだ」 「……」 髪を拭いていたらしい真っ裸のサスケの腕をつかんで引っ張る。床が濡れるにしてもべつに絨毯なわけでもないし畳なわけでもないから後回しだ。二の腕をそれぞれ両手で捕まえて、壁におしつけるとキスをした。普通に唇がひらくのにほっとしてしまったのは死んでもばれたくないとおもう。唇は石鹸と水道水の味がした。 じわ、ときていたシャツの前がサスケの髪からおちた雫で湿っていく。唇をあけて深く噛みついていると、脇腹をたどったサスケの指が普通にナルトの前をゆるめてすべりこんでくる。ふやけた手のひらの下着越しでも明らかな熱にじわりと汗がうくのがわかってナルトもサスケの肌をたどった。 息苦しくなるぐらい唇を重ねる頃はおたがい手の中でもうぬるぬるになっていて、気を抜くと膝が笑いそうだ。ずるりと一人おちるのが癪でサスケの肩をおせばサスケも限界だったのかむきだしの床にもつれこんだ。 口をひらけば喧嘩ばかりでろくすっぽ話はしない、けれど手の中の熱はたしかで間近できく荒い息の生々しさにどうでもいいような気がしていつも後回しにしてしまう。上昇のスイッチが入ってしまえば、のぼりきらないかぎりなにも考えられない。ぬるりと耳を舐められて、漏れそうになる。やめろって、と言えば笑うのにむかついて開いた手で乳首をひねると、サスケが歯を立ててきた。 お互いちいさく声をこぼしながらぎりぎりひきしぼって耐える。とりあえず一回ださないことにはなにも考えられない。唇をよせて舌を触れ合わせれば、濡れた音がどこでたっているかもわからなくなった。壁をすべったサスケが肩を洗濯機にぶつける。ぎしぎしと洗濯機がゆれた。 どろりと腹にこぼれたのをひと撫でしたサスケはタオルで手をぬぐうとおまえなあ、と肩口につっぷして荒く息をするナルトの髪をひっぱった。 「って、いてえって」 「埃だらけじゃねえか、この床」 「掃除最近できてなかったかんな、あー、けっこう飛んでら」 床にこぼれた白いのを手でぬぐったナルトは中途半端にきていたシャツを脱ぐと汗をぬぐって、洗濯籠に放りこんだ。洗濯機に背中をあずけたサスケはだるそうに瞬きをして、たぶんもう一度風呂だなと濡れた髪をかき回す。顔をあげたナルトは唇に指をのばした。 「なんだよ」 「髪の毛、ついてる。とれた」 「変な毛じゃねえだろうな」 「おまえってけっこう下品だよな」 「おまえに品がわかんのかよ」 唇をつりあげるサスケにわかるわけねえっつの、と笑って髪の毛を床におとし、ごく軽く唇を触れあわせた。何度も重ねるうちにすぐ深くなる。足りないのは分かりきっていた。ぐ、とサスケの膝をつかんで開かせると足の間に体をわりこませた。 「……てめ!」 無防備になるのが厭なのだろう、サスケはとかくこの格好を嫌がる。自分も嫌がるからいえたことではないのだけれど、足が挟まるのは邪魔でしょうがない。 「今日は、オレこっち」 いいながら、洗面台のドアを開けてラックからひきずりだしたのは、旅行用のミニサイズのボトルにはいったリンスだ。キャップをひねってあけるとボトルをつぶすようにして中身をとりだし、手のひらになじませてサスケを握りこんだ。 「っ」 息を詰めるのに何度も手のひらで指でたどって、そりかえっていく。どこもかしこもぴんとはっている体のなかで数少ない、鍛えようもない肌もやわらかい足の付け根から太股のなかばまでサスケの股にぬりたくった。ぐ、とサスケの両腿を抱えて膝をおさえるようにして、その隙間にねじ込んだ。 「っあ」 ずる、とお互い擦れあうのに、奥歯を噛みしめる。 「ちょ、ナルト、待て」 「待たねえ」 「ま……っ、く」 「またねえよ、ほんとは、オレ」 ぐ、とねじ込んで引きずり出す。体温でぬるんだリンスが濡れた音を立てた。床に腕をつっぱってサスケは後ろに下がろうとするが壁に阻まれて出来ないのをいいことにナルトは膝をふかく入れて密着する。 「いれ、てえん、だかんな」 ぐ、と後ろの窪みに指をあさく入れるとサスケが唇を噛む。ああ、殴られっかも、と思ったが言い返してこないことにナルトは首を傾げる。おかしい、このパターンになったときはいつもサスケに怒られたはずだ。だいたいからして洗わないで後ろをつかえるはずもないから、ゴムをかぶせもしない指をつっこんでも張り飛ばされる。 だいたいからして、ナルトにしてみれば次善の策の素股だって、はじめて教わって(当然、その道のプロにだ)やろうとすれば、気持ち悪いの一言で一蹴するようなひどい奴だったのだ。 「……?」 けれどサスケは顔を横向けたまま、眼をつぶっている。ぐ、ともう一度指をそよがせても怒らない。まさか、と思って抱え込むように押さえつけていた足をはなす。なんで、とか、おまえ、とか、いってる暇はなかった。洗面台の下にはまだ未開封のがあったはず、とラックごとひきずりだして床にぶちまける。 「なあ」 「……るせえ」 「だって、おまえ、中」 安っぽいリンスの匂いのほかには、石鹸の匂い。たぶんいまサスケのまたぐらに顔をうめても石鹸の匂いしかしないはずだった。とっととしろ、と毒づかれてあわててコンドームの箱のビニールを破って指にかぶせる。足を開かせて、あらためて指をいれてもサスケは眼をてで隠したまま、下腹をひきつらせるだけでなにも言わない。 もうあとはなし崩しだった。 床でこすれた膝が痛い。たぶん青痣になってしまうかもしれない。それでも四つんばいでサスケに近づく。埃にまみれてしまった、ぬれた黒髪を掻き分けながら仰向けにころがすと、両足の間にもう一度おしつけた。 「ぅ……、おい、ぁ、あっ」 「あー……スゲ、はいっちった」 ぴたりと隙間なく体をおしつけて、しみじみ呟いたナルトの頭をサスケの拳が襲う。とりあえず殴られておいてから、ナルトは肘をゆっくり曲げてサスケの額に額をおしつけた。 「な」 「んだよ」 素股をナルトに教えてくれたお姉さんは、恋人があんまりさせてくれないといったら、焦らされてるのかしらと笑ってたから、サスケにちょっと騙されてるのかもしれない。仏頂面のサスケだからたまに笑ったぐらいで女の子が大騒ぎするのとかも腑に落ちない。だいたいサスケだってもう痛くもなんともないのだから、回数をふやしてくれたっていいじゃないか。 提案しようとしてもなんかもうどうでもよくなってきてしまった。 噛みつくように食まれて、ゆするようなゆるい動きだけで気持ちがいい。おかしいことをしている。いつまでたっても慣れない。慣れたくない。まるで心臓の鼓動みたいに呼吸みたいに自然に絶え間なく体をゆさぶってくる振幅に、気がゆるめばおかしなことを口走りそうだった。 話したかったとか、会いたかったとか、なにしてたとか、浮気したとかとんでもなくくだらないことを。 会わなかった間は呼吸みたいに全然おもいださなかった、なのに一ヶ月二ヶ月はなれてたことが嘘みたいにつながっていて、体温がまじって鼓動がてんでバラバラでなければ勘違いしないのがおかしいぐらい気持ちがいい。友と言うには近すぎて、恋なんていうにはときめきがない、愛というには照れくさくて、うまい言葉がおもいつかない。 でも恋でも愛でももうどうだっていい。 大事なのはみんなちがうところにあるのだ。 |
「名前はない」/ナルトサスケ |
なが…。 |