愛があったらなんでもできちゃうのか? 愛があればなにしたっていいのか? 愛は地球を救うか? 手のひらの中のかたい黒髪をかきまぜ、ナルトはおもいきり夜の匂いをすいこむ。雨後にたちのぼる土と草の匂い、しめった空気が皮膚の上をおおって、何もしていなくても汗がでる。人間の体というもの、骨格についた筋肉の無造作ながらきれいに連動したさまは女も男も変わりなく純粋にいい。好きだ。 剥きだしの左肩、すこしなじまない刺青を上下にはしる筋の窪みに唇を落とされて、内側のうすいところから脇の下まで、サスケの顔が近づいてくる。その間にナルトも手なれたものでサスケの前を寛げ、自分も寛げてすこしずつ足からズボンを抜き出している。汗ばんだせいでデニムがはりつくのがめんどくさい。 こういう夜にあまり喋ることはなかった。 夜がいつもなんの前触れもなく太陽を西に追いやり、東から青空をはがしていって姿をあらわすのと同じような唐突さではじまった関係は(はたしてこれは関係といえるのかもよくわからないが)、日常のすきまに浸水していって、日常になってしまった。 だけど今日はいろいろ日常と違う。 ナルトの青い眼はせわしなく瞬きをしながら天井を見ていた。天井の間にうごく、サスケの肩の骨が隆起するさま、ジョイントでひっぱられて肋骨がひらき、ナルトの上にかがみこんでくる。首筋にうまったサスケの首から背中へのライン、階段のように飛び出た骨のひとつひとつを噛みたい。いつもなら思う存分、ぎちぎちにきつく熱い中に埋めて、肩甲骨と肩甲骨の間から腰までまっすぐできたくぼみに舌を這わせて汗を舐めたり、貝殻みたいな耳に噛みるいたりするけれど、今日はできない。 頬の横におちてくる黒髪をひっぱりながら、機嫌のよい日向の猫みたいに眼を細めて唇を近づけてくる。顎が痛くなりそうなぐらいキスをするが、すこし体は逃げたがった。 萎えた、と呟いてサスケはのろりと体を起こし、ナルトの横にごろりと寝そべった。ナルトはつめていた息をはきだしてから安堵の息だったことに気がつく。サスケは気がついてしまったろうか、と気にする自分がいた。 「しねえのかよ」 口に出した瞬間、あ、まちがった。とナルトは反射的に思った。 サスケが気づいたことを気にするのは、罪悪感があるからだ。 ナルトとサスケのセックスはサスケが下になる。だがサスケは折々、ナルトを下にしたいというサインを出したし、口に出して言いもした。あのサスケがだ。だがナルトはなかなか決心がつかなかった。 サスケはぎしりとベッドをきしませて起き上がると、床に足をおろして座った。うつむいた首筋の隆起した骨、肩甲骨までなだれ落ちるライン、触りたいとおもえば、今の今までちぢこまっていたのが目をさますのがよくわかる。理由はわからない。女も男の体もきれいだとおもう、だけど、この渇きはなんなのだろう。 「べつにもういい」 なんかすごい間違ったことをしている、これはまずい、とナルトは慌てる。 けれど、ナルトは正直サスケに抱かれるのが怖かった。実際さっきまで股間にあたっていたものはゴムにつつまれていても熱をはなっていたし、当然指どころの大きさじゃないのは手でも口でもしっている。 サスケを引き止めることはイエスなのだ、だからいまサスケはナルトの答えを待つだけで、何も言わない。 べつにいいって、全然よくない。いって欲しくない。 でもなにをいえばいいのかよくわからない。 気がついたらナルトはサスケの首にうしろから肘をひっかけ、ベッドに倒していた。考えるよりさきにいつも手を伸ばしてしまう。ケンカするたび、いつもカカシにはよく考えて行動しなさいといわれるけれど、考えがだって追いつかないし、もうよくわからないのだ。 枕がはねとばされて床に落ちる。すこし咳き込んだサスケにお構いなしで呼吸をうばうようなキスをした。反射的に肩をしたから押しのけようとした手を握りこみ、マウントポジションをとってしまえば体重で押し切れる。最初はもがいていたサスケもキスは許してくれた。びりっと舌先に感じる血の味は歯をすこしぶつけて、切ってしまったからだ。吸いついて、そろそろお互いの粘膜を撫でれば脳天のほうがぼんやりしてきて、鼻から声からはずかしい息がでてしまう。 唇をはなしたあと、サスケの眼をみていられなくて動物みたいに額に額をこすらせた。お互いの髪の毛がざらざらいう音がして、お互いの呼吸が顔面の皮膚を湿らせて温めすこし冷やした。サスケが唾液のついた唇をぬぐいながら見あげてくる。 「んで、どうすんだ」 どうしよう。 愛があったらなんでもできちゃうのか? 愛があればなにしたっていいのか? 愛は地球を救うか? 答えはNOだ。 愛はあるが俺はサスケに抱かれてやれなかったし、愛があるがサスケだって俺をレイプまがいのことはしちゃいけないし、俺だって同じだ。愛は無力な何かで万能じゃない、だったら俺はサスケが望むようになれるはずなのだし、無意味な争いだってなくなるはずなのだ。だから愛が地球を救うわけじゃないし、愛があるからなんて正当化もゆるされない。「愛があるから」はあくまでも、理由をのべた哀しい事実でしかないのだ。愛があるからこういう結末になってしまったというただそれだけの。 愛は地球を救うか? だが愛は地球を救うという言葉が完成するのは地球が救われてからなのだ。 そういうことなのだ。 どうすんだ、と訊かれてサスケにキスをするとしょうがねえなというように迎え入れられてすこし泣きそうになった。サスケの太ももにこすりつけられて痛くなるほど張りつめた徴はあまりに正直だ。さっきまであんなに縮こまっていたくせに。 こんなわがままばっかりじゃいつか愛想をつかされて捨てられちまうかもしれない。 怖くて俺は手を伸ばさずにおれない。 抱きしめられたいのじゃないのだ、どっちかといえば抱きしめたい。それから抱きしめて欲しい。抱きしめられるのはまだちょっと怖い。オレは、オレに抱きしめて欲しいとおもう誰かを抱きしめて、抱きしめることのできる自分の存在価値が欲しいのだ。欲望して欲しいのだ。欲望に値する自分でありたいとおもっているのだ。誰かに欲しがって欲しいという飢えはオレのどうしようもない芯になっている。 それがサスケだったら目眩がするのだ。 たまにサスケをみていると肋骨がおれそうなぐらいきちきちに抱きしめたくなる。意味がわからない。気持ちがいいわけでもない悪いわけでもない、衝撃の強さが桁違いでいつも引きずられてしまう。体は気持ちにあんまり小さくてどうにかなりそうだ。 「オレさ、おまえのこと、マジで好きなんだ。お前のことかんがえただけで」 いいながら語尾はみっともなくかすれて、うわずり下手をすれば喉にはりついてしまいそうだった。下半身をおしつける。こんな声でいっても信じてくれるのだろうか。でも好きなのだ、ほんとに。 重ね合わせた体、血がかよって重たくなった下半身をゆっくり押し付けて、肘をサスケの両脇につく。まだおいつかない身長差、こんなときだけ真正面にくる真っ黒い目をみつめてキスをした。じりじりと体温があがってきて、顎がだんだん痺れて唇もはれぼったいような気がする。 肋骨がごりごりこすれあって、いつだったかセックスした女の子と同じなのは体温ぐらいだ。Tシャツごしにでもサスケの乳首がぷつんとすこし尖っているのがわかる。すこし体をゆらしてこするようにすれば昼間がうそみたいな顔と息をするサスケだって大概、詐欺だ。サスケが首に腕を回して、締め技かってぐらいにひきよせてくると、おたがいつぶすようになって、すこし息を詰めた。足をからませてもどかしくこすらせているとすこし痛い、重ねあったところでサスケも同じで、腰の重ったるい熱がさらに甘くなるのがわかった。サスケもちゃんと熱くなってる。 わるい、お前のそういうとこが本気で嬉しい。甘えている。 「すきだ」 「ばかか」 「マジだって。すきだ」 なのになんで俺はサスケに抱かれてやれないんだろう。 だってサスケは俺なんていらないんじゃないのか。 だったら俺が手を伸ばすしかないじゃないか。 俺はまだちょっとサスケを信じきれてないのだ。 だから俺はサスケにまだ抱かれたくはないのだ。 「好きだ」 わがままだ。ちょっと弱っちい。ごめん。でも言わない。いったらサスケはいやでも許してくれそうだから。俺はサスケにゆるされたいわけじゃないのだ。ちょっと踏切まで待って欲しい。きっと俺らなら大丈夫。 好きだ、おれも好きだ、と言えばこんどこそ目頭からぼたんと涙が落ちた。ひっとへんな息がでて唇をへの字にしたが堪え切れなかった。恋が幸せで甘いものだとおもってた自分がばかみたいだ。 お前おれのこと好きだろと続けていったらサスケがとんでもない凶悪な顔つきになった。 俺は泣き笑いしながらキスをもう一度する。 でも違うってお前言わないだろ。 俺にはまだちょっとできない。 だってケツの穴だ。 これってめちゃくちゃ愛じゃないか。 |
「love&peace」/ナルトサスケ |
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