「もうさ、いいんじゃね?」 「なにがよ」 べろべろに酔っぱらって、まだビールの缶をもったままのナルトにあくびをしながら、サクラが答える。 「神社いこーってばよ!初詣!」 サクラの手を取ろうとして、ちょっとためらったナルトは臆病にサスケの肘をつかむと引っ張ってしまう。しょうがねえな、とか渋るわりにあっさり、歩き出すサスケにカカシはちょっと笑う。まだ家の大掃除が終わってないとかしぶって、里主催の納会には来なかったくせに。ちなみにサイとヤマトはそれぞれ勤務だ。 外にでれば、頬がひりつくほど空気が冴えて冷えていた。雪が降りそうだ。 百年戦争 いつの間にか見下ろす必要がなくなるほどになっていた。背中もまだまだ若木の伸びしろを残して痩せているけれど、十分に広くなっている。 それこそ卵の殻がついてたひよっこを最初に外に出したのは自分だと自覚はあるから、じっと見つめていたかった。でも気が付いたらいつのまにかてんで勝手な道を歩きだしてしまって、まるで自分はおいてけぼりだ。 ずっと手のひらの中で温めていられたらと思っていた。できないことは知っていたから猶更だった。 三人の誰にも行ってこいは言えなかった。言いたくなかった。だからお帰りぐらいは言いたかった。でもまだ言ってなかった。できずじまいだ。うやむやにしてごまかしてしまった。情けない。 オレがようやく上忍として歩きだしたころに、師匠は木ノ葉を守っていなくなってしまった。九尾の矢面に立った大人たちは、すでに上忍に片足をつっこみかけたオレたちに託していってしまった。ひどかったけれどかっこよかったし、間違ってたとか自分もやらないとはいいきれない。だからいつかはオレの番だと思っていた、のにいつのまにか弟子が振りむいて早く来いと急かす始末だ。 お焚き上げの火が赤々と燃えて伸びた影が四つ、なくしたと思っても一つ増えた。あと10日もした真夜中に、晴れ着を着てここに並ぶのだとおもったら、ため息がこぼれた。われながら甘くってて熱に浮かされていた。 まるで恋みたいだ。 かなわない恋、みたいなものかもしれない。憧れもかわいい気持ちも憎らしい気持ちもある。青は藍より出でてともいうし、とちょっと言いわけをする、自分は片思いばかり上手になった。振り向いてくれなくたっていいのだ、思っているだけで胸の底にやわらかい熱が灯る。 じゃあな、とサクラとナルトに別れを告げて歩き出してしばらく経ったときに、サスケがカカシの名前を呼んだ。 「なに?」 里をでる、といったときにあまり驚かなかった。珍しく付き合いが良かった理由に思い当って、そうかと思ってしまった。 「なんでオレには言うの」 「止めないからだ。アンタが一番、頭がいい」 褒めたってなにも出やしない。 「火影には許可をもらった。表向き追捕はかかるが、オレは見つからない。あんたの言うことなら、あいつらもきくだろ」 変な信頼があるようだけど、オレの言うことなんかもう聞いちゃくれないよ、といっても僅かに目をふせて笑うだけだ。お前みたいにどいつもこいつも、オレの手のひらや思惑の中になんかいちゃくれなかったよ。 行かないでよ、と思わず言ってしまって、しまったと思った。一瞬の後悔を見てとったんだろう、サスケの声は似合わないほどやさしかった。 「あいつらが――――あんたが、いなかったら、ここにはもういれなかったろ。でもずっとできるわけないなんて、わかってたじゃねえか」 復員はまだ正式に行われていなかったが、そろそろなんじゃないかという声と、ありえないという声の割合はあまりに違う。処分が下らないことはありえない。ただ火影のもとに復員嘆願で若手中忍の主力が何人も申し入れをしていることは周知の事実だった。 「ナルトは、違うと思ってるみたいだよ」 「あいつはバカだからな」 「バカも突き抜けたら一級品の典型じゃない?」 「でもあんたもサクラも里の奴もわかってるだろ」 言われれば口を噤むしかない。火影になる、という大言はもう笑われることはなくなった。金の卵はすでに孵っている。筋目も師匠筋も文句なしの一流だ。オレは置いておくとして。 「帰ってきてから夢みたいだったぜ」 つぶやく細い声が、淡白くほどけて夜の暗がりに溶けていく。それきりサスケは口を閉ざした。穏やかで、見たこともないほど安らいだ表情をしていた。 「でも無理だ」 一瞬だけ、怖い眼をしたサスケはさらりと言った。 「木ノ葉が、栄えるのは見たくねえ。滅びるのも」 息を呑むしかできなかった。 木ノ葉を守ろうとした兄が呪いから逃げられないまま、せめて逃がそうとした子供は翻って呪いそのものになってしまった。カカシは刃をおさめろということはできても、恨むなと憎むなということはできなかった。 「だからだ」 「止めるっていったら?」 「そんな酷いことしないでくれ」 ずるい言い方だった。カカシがぱっと見よりよほどウェットなことをしっているのだ。 「火影は二つ返事だったぜ」 「だろうね」 火影はいつだって里にとって正しいことをしなければいけないのだ。 「いつ?」 「十日後だ」 「式は、でるの」 「ああ」 「そっか。ならよかった」 成人式にはいるのだ。カカシ、と呼ばれて立ち止まる。頭からつま先、背中の芯がまっすぐ通ったいい姿勢でサスケが暗がりに立っている。 「ありがとう」 「……なんもしてないよ」 ありがとうなんて言ってほしいんじゃなかった。甘えて願うことが、なにもしないことが一番だなんて、やっぱりこの弟子が一番カカシに酷い。 ん、と云ってひらりと肩のあたりで中途半端に手をふる仕草に、心底さみしくなってしまった。 手をふるなんて似合わない、みょうに可愛い仕草は誰の真似だろうと思ったらサイなのだ。 いつだったか、サクラとナルトがお別れを言うとき(住まいの都合上で)、いつものとおりポケットに手をつっこんでいた仏頂面の、なんでか隣にいたサイが、ひょいと手をサスケの手を掴んで顔の横でひらひら、二人にむかって「バイバイ」とのたまったのだ。 無駄に器用なサイだから、腹話術をつかって、二人とも口をつぐんだまま。でも声はサスケの通りだった。いつ練習したんだろうかと今思えば不思議だ。 ぶへ、とナルトは笑うしサクラは口元を押さえていた。俯いていたけど肩は震えていたしであれは絶対にやけていた。びっくりして毛を逆立てた猫みたいなサスケがあっけにとられているのに、サイは相変わらずの読めない笑顔で「礼にはじまり、礼に終わる」と呟いた。 サイはもともとサスケに厳しいのだ。サクラとナルトがどうにもこうにもサスケ相手に甘っちょろいのでしょうがないポジションだと零しているが、楽しんでいるんじゃないかというのが本音のところだ。 そしてサスケはちょっとだけ、ちょっとだけだが後ろめたさがあるらしかった。サクラとナルトへの態度に対してサイから厭味を言われるとしぶしぶながらも従うことが多い。カカシはなんとなくお株をサイに奪われた気がした。 ナルトにもサクラにも、きっとサイにも文句を言われる。でも世界中で一番、ナルトとサクラとサスケに、カカシは甘いから止めるなんて無理だ。 まっすぐ歩いていく姿勢のいい背中を思い浮かべる。ふっと目の前を泳いだ白さに雪が降り始めたことを知った。 (なにが、いいかな) 見送る人間はいないだろう、真夜中に、また一人で出て行ってしまう子供に。サスケは木ノ葉が滅びるのはみたくないといった。それだけでいい。カカシは歯をすこし食いしばる。 いつかナルトを、サクラを殺そうとした子供が、滅びろと滅ぼすと呪いの叫びをあげた子供が、滅びるのは見たくないと云ったのだ。今はそれだけでいい。呪いそのものの傷も恨みもある。癒えるものではないし、死んだ人は帰ってこない。わかっている。けれど生きていれば、生きてさえいればなにかが違ういつかがある、かもしれないのだ。 血に絡みついた木ノ葉の呪いから、逃げて逃げて逃げ切ればいい。きっとサスケにならできる。すこし口布のなかにこもる息が苦しくなって、カカシは夜空を仰いだ。たえまなく降りだした雪はちいさな明かりがあたるところだけ花のようだ。 (お祝いを、してやらなきゃ) 門出を祝福してやらなければいけない。世界中で一番、あの三人のいいところを知っているのは自分なのだ。誰にも譲りたくない。 |
「百年戦争」/カカシとサスケ |
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