青空賛歌 ごうんごうんと旧式の脱水槽がベランダで回る音がする。フローリングに右頬を押し当てて、ナルトは眼をつぶる。この部屋の中で自分以外の物音がするのはけっこう好きだ。でも一番良いのは、と考えが及び、今一番考えたくない顔が浮かんで、むかついた。 あー、なんであいつあんなに怒りっぽいんだか、本当にわからない。 いわゆるセイカクノフイッチという奴ではなかろうか。 顔をあわせては口論になるし、口論から肉弾戦へなだれ込むこともしばしばだ。というより、口より先に手が出る。 ビーっと呼び鈴が鳴ったのに、ナルトは跳ね起きた。バタバタと駆け寄りたいのを我慢して、玄関に歩み寄った。すばやく開けることなんてしない。別に戻ってくるのを期待してたわけじゃないし、待ってたなんて死んでもわからせたくないと思う。 ビーっと再び鳴るのに逸るものを感じながらも、ことさらゆっくりドアを開けた。本当は泣きたくなるほど嬉しいのに、仏頂面を作った。 「よお、ナルト」 「なんだ、シカマルじゃん」 ひっつめ髪と三白眼に肩透かしを食らった気がして、けっこう失礼なことを言う。ナルト自身に自覚はないが、かなり落胆した声だった。シカマルは眉根を寄せる。 「なんだって、なんだよ。サスケ、いねえのか?泊まりだっつってたろ」 「いねえ」 「……おまえらまた喧嘩したんかよ?」 「……」 「よく飽きねーな」 むっつりと黙しつづけるナルトにシカマルは首を傾げ、やれやれと溜め息をついた。 こうなると二人ともに頑固者だから性質が悪い。サスケは無論のことだが、普段は柔軟に対応するナルトがこうなると打つ手なしということになる。 「お前こそ何しに来たんだってばよ」 「あ?あー。オレか。きのう借りた巻物返そうと思ってよ」 ピーッと間の抜けた電子音にナルトが部屋の奥を振り返った。 「上がってて」 「おお」 ベランダに出たナルトは脱水槽から洗濯物を取り出して、籠にしめったものを山積みにしていく。 「?」 こんな色をしたシーツあっただろうか。ナルトの持ってるシーツは白いのしかなかったはずだ。首をかしげながら物干し竿に引っ掛けて、洗濯バサミで止める。また籠の前にかがみこむ。と、最後に残った洗濯物を見て、ナルトはぎゅうっと眉根を寄せた。まだ湿ったソレを引っつかんで、部屋の中に駆け戻る。 「シカマル、悪い、オレちょっと」 「あ?」 「鍵、靴ン中入れといて」 「おい、一時間後任務じゃねーのか」 「わーってるって」 どーせカカシ先生だってば、と言うのには返す言葉もない。同期だけあって、遅刻を常とする担当上忍の噂は聞き知っている。そんなシカマルを他所にナルトはオレンジ色のジャケットをすばやくて足に引っ掛け、ポーチを腰にくくりつける。玄関からサンダルを持ってきて、ベランダで留め金を止めると、ステンレス製の柵に足を乗せて、部屋の中にたち尽くすシカマルを振り返った。 あ、悪いけどさ、牛乳飲んでいいから洗濯物干しといて、の捨て台詞。 「おい、ナルト……ッ」 ナルトはベランダから飛びだし、隣の屋根に飛び移った。瓦を踏みしめて走り出し、見る見るオレンジ色の背中が小さくなる。ほんとうにすばやい。シカマルは目を細めて呆れかえった。ヨーグルトになりかけの牛乳なんか、そもそもご免だが、まあ洗濯物ぐらいは干してやるか、と思う。 結局、仲がいいのだ。 屋根から屋根へ、猫を踏みつけそうになって、とっさに飛び退るとトタン屋根の継ぎ目に足を引っ掛けて、バランスを崩す。すべって落ちそうになって慌てて雨樋を掴んだ。煙突の中に巣を作っていたスズメが足音に飛び立ち、空に飛んでいくのを見て、体を再び屋根の上に持ち上げる。 謝りに行くんじゃない、人んちに勝手に忘れていきやがった憎いアンチキショーの鼻っ面に叩きつけてやるのだ。この紺色のシャツを。 さあ、最初に何を言ってやろう。 「サスケェ!!」 「めんどくせー」 朝風にひるがえるシーツは空色。 |
「青空賛歌」/ナルトサスケ |
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