「おれ、ばかだから、よくわっかんねえけど」

まだ笑えるから大丈夫だ。

「ばかだから、なんとかなるんじゃねえかって思う。そういうの、シカマルとかサクラちゃんとか得意だろ」

夕立が去ったあとの空はやけにきれいで、夕映えは川面を燦爛と光らせていた。境内を通りぬけていく風は土に蒸された草のにおいがまじってほんのすこし涼しくなっていた。八月はいつだって夕暮れの匂いがする。タチアオイもヒマワリもみんな夕暮れの影をほんのすこしまつわりつかせて日の光を浴びているのだ。

石段にしゃがみこんだ。蜩が遠近で鳴いていて、泣きそうだ。

「……頑張れって、負けんなって云って、」

云ってくれたら、俺は本気でなんでもできる。掛け値なしに、嘘じゃない。 誰かがオレを信じて、誰かに答えることができるなんて五歳のオレは知らなかった。初恋の女の子が、悲しくってしょうがなくって泣いていて、お願いしたのに答えられなかったら、男じゃねえだろ。

しなくていいよなんていわないで欲しい。だってほんとはわかってる。独りで諦めないままいるのって、けっこうパワーがいるからだ。サクラちゃんのためだっていうのが、男の見栄にちょうどいい、言い訳で踏ん張りどころになってるのだ。

(サクラちゃんが、あきらめないでよ)

サクラちゃんのアカギレだらけで爪先もひびわれちゃった手は、もうずっとだいぶオレの手のなかで余ってきゃしゃだ。この手の頑張りをオレはしってる。この頑張りをなかったことにするなんて、サクラちゃんにだってさせたくない。

いつだってサクラちゃんの声がオレの背中を押してきた。あいつはバカでどうしようもなくて視野狭窄だしテンパって意外と器はちっちぇえ、しょうもない奴だけど、笑うとぶさいくなぐらいイケメン面で何気に優しいとこだってあって、サクラちゃんが惚れるだけのことはあるって認めてやっていい奴だ。

そんで、かわいそうな奴だ。

絶対、いってやんないけど。

父ちゃんをぶん殴ってから、愛したいのに憎むって涙がでるほどしんどいのを知った。オレは親のことをまちがいなく憧れて愛してたんだろうけど、もちろん恨めしかったんだ。

世界中の誰がまちがってるっていったって、あいつは駄目なんだっていったって、オレが駄目だ。だってウスラトンカチばっかりいってたオレのこと、友達っていったんだ。友達って呼んだんだ。背中を丸めて膝を抱え込む。土と草いきれのにおいだ。水たまりに夕陽の欠片、浴びてオレンジ色の爪先が熱く歪んでぼやける。

「そしたら、オレ、オレのできることなんだってやるから」

オレはばかだから騙されてんのかもしんないし、難しいことはわからない。だけど十三歳のあの時のサスケは本気だったから、友達ってことに嘘はない。なら、なくせるもんか。

「そんで、お仕置きしよーぜ」
「なによ、それ」
「だってよー、虫よすぎだってばよ。オレらの苦労を思い知れっつう」

唇をちょっと噛むサクラちゃんはかわいい。かわいくってきれいだ。睫毛もちょっと赤くなった鼻もキュートだ。初恋がグラグラ大障害にみまわれてるサクラちゃんが不幸なのはちょっと後ろめたいけど嬉しい。つけこむ隙がある。だけど欲張りなオレはサスケを諦めろなんてサクラちゃんにだけは嘘ついて欲しくない。

「お尻ペンペンだぜ」

あんたはなんでそう、緊張感がないのよ、と呆れるようにいうサクラちゃんはちょっと泣きそうだけど、頑張れとはいってくれない。だけどわかってる。サクラちゃんは強がるときにちょっとだけ、サスケみたいな顔になる。サスケがいなくなって三度目の夏がいってしまう。四度目は絶対になしだ。

泣きべそになりそうだからって、ふざけて誤魔化しちまってごめん。

でも女の足に蹴られて頑張るのは男の性で、女の嘘に騙されてやるのは男の優しさらしいから、こきつかってくれてかまわない。オレはサクラちゃんの犬だ。ときたま可愛がってくれたら腹も見せるしなんでもしてあげる。

「……バカじゃないの」

何回人にバカだって言われるんだろう。

誰が諦めてもあの日、終末の谷でオレの手からすり抜けてったものをオレは諦められない。オレ以外だれもしらないあの指先は、オレだけのものでいいはずはなくって、それで、かけがえのないものだ。まだ、なくなってない。まだ、なくしてない。サクラちゃんとオレはそれを分かち合って笑いたい。

だからオレは一生バカでいい。オレは一生バカがいい。



「ランウェイモンスター」/TEAM7



ブログより転載

→「068:蝉の死骸」








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