夢かとよ見し面影も契りしも 遇ひて逢はざる恋 「なんにも後悔、してやしないんだろう」 少年はうなずくだろうことは分かっている。後悔以前の問題だ。少年は夢なんて言葉で終わらせるつもりはないがといったのだ。夢なんて言葉に到底、できる易しいものではありえなかったのだ。 あんただって、後悔してやしないだろ、と静かに返ったぶっきらぼうな声に頷く自分も同罪だ。何一つ後悔していやしない。引き止めなかったこと、殴ってでもとめなかったこと、なに一つ後悔なんかしていなかった。後悔なんて、するまでもなかった。 言聞かせようとする自分からカカシは目をそらす。 (みんな、わかってたんだし) ただ思っていたより、手がはなれるのが背中を向けられるのが早かっただけの話だ。もっとずっと見ていられると思った。もっとなにかしてやれると思った。教えてやれると思っていた。 「オレは、でももっとお前に、お前ら三人に教えてやりたかったな」 いらねえよ、と返るぶっきらぼうな声に笑う。夢の声があまりに、よくできていてらしすぎて笑えた。とっくに忘れると思っていても、自分の体はこんなにも彼の声を生々しく覚えている。眼差しも仕草も慣れなさそうな笑い方も怒り方もみんなつぶさによく覚えている。 「そりゃ、あんまり教えるの上手くないけどさ、ひどいこと言うなァ」 いつか失われてしまうもの、いつか手の中からすり抜けて跡形なく消えうせてしまうもの、思い出しかのこらないもの、手に入れるために手放さなければいけないもの、それらを時が来るまで飽きもせず手の中でいつくしむということ、至惜しむということ。失うことを悲しむということ。失っても、なお思うこと。 悲しいかな、両手でできることはあまりに少ない。 「復讐なんてやめておきな」 やめたところで少年をだれが責めるだろう?死人はなにもいうことはできない。死人が力をもつのは生者のなかでだけだ。少年を責めるのはただ二人だけだ。 「あんたに、なにがわかる」 せめて、カカシの言葉に頷いて時を待てるなら、仮初めにでも頷いてすべてを欺くことができるなら、時が至るまで爪のすべてを隠していられるなら、それほどまで強かにいけるならば少年の望みも叶うかもしれない、けれどそんなことすら考え付けない愚直さ。 サスケはどれほどの力を手に入れようと強い忍には到底、なりえない。 サスケの世界には結局、イタチとサスケしかいなかったのだ。 「ないものねだりばっかしてたら、人間は生きられないよ」 「でも歩かなかったらオレは死んでしまう」 誓いにも似た厳かな響きだった。なんでオレはおまえがオレに似ているなんて、言えたんだろう。今ではちっともわからない。 目を醒ましても星は隈なくきらめき夜明けは未だ遠かった。 夢なんて言葉で終わらせるつもりはないが、と言った少年を、好かないなと自分は思ったのだった。九尾の少年とまとめて押し付けられ、左目のせいで教えなければいけないこともわずらわしかった。 少年がいう復讐なんてこともどうでもよかった。教えることが手をはなす時を早めるのを知っていても平気だった。 なのに今、やめればいいのに、と思うのは、強く思うのは最初に会った頃より多分、純粋にサスケのことを思っているからなのであって、サスケのことをわずかでもどうでもいいと思えなくなっている証拠であって、復讐を成すとも成せずとも辛いだろうと泣くだろうと苦しいだろうと思い言わずにはおれず、けれど言ってもききやしないということも知りながらなお、言わずにもおれなかった。 「……やめておきな」 闇から答えは返らない。夢はカカシから去ってしまっている。思いが深いと夢路を通って思う相手の夢に行くのだという。ならば少年の夢には夜毎日毎誰かが訪っているにきまっていた。少年の兄も。 夢にぐらい、邪魔したってゆるされる気がした。 |
「遇ひて逢はざる恋」/カカシサスケ |
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