I'm feeling like a Monday, but someday I'll be Saturday night. その夏、上忍試験を俺とサスケは生き延び、ついでにいえば合格した。 俺が十七、サスケは試験中に十八になってた。 そう、どちらかといえば生きてるってことのほうが重要だった。生きてることはすべての基本で大前提だ。ゼロにどんな数字をかけてもゼロにしかならない。 生きてること、それだけが重要だった。 それに死んだ奴もいた。死んだ奴の中には知らなかった奴もいたし、おなじぐらい一緒に戦った仲間もいた。でも生き延びることに無我夢中だったときは悲しみという機能も麻痺していて、自分の体をひきずりあげるだけで精一杯だった。襲ってきたのはみんなに生きて帰れてよかったなといわれたときだった。マンガみたいな量の涙が壊れた蛇口みたいにぼろぼろ溢れてきて、鼻の穴からだっておかまいなしだった。 おかえりを言われた嬉しさが後ろめたいぐらいで、震える声でただいまなんて返したらせっかくつめてた息を吐き出しちゃってもうダメダメだ。俺の嬉し涙限定の涙腺蛇口をはじめて壊した栄えある名誉、略して俺のはじめてはサクラちゃんにささげられた。 二ヶ月ぶりにあったら、やっぱりサクラちゃんは美人でもう見てるだけででれでれしそうにめろめろだ。俺とサスケの手を握りしめながら「もう……!」なんて怒りながらマスカラおかまいなしに五歳児みたいに大声で泣いてくれる女の子、でれでれめろめろしないほうがバカだアホだ人生やめちまえ母星に帰っちまえと思う。 一生ひとり、サクラちゃんはやっぱり頭がよくって抜き打ちで部屋を訪ねても化粧ばっちりのキューティで、サスケにばっかり右斜め四十五度俯きがちの横顔、お誕生日おめでとう言えなかったねなんて小技をきかせながら、マスカラが禿げてるのを見せちゃうウッカリちゃっかり加減も俺の心の四番バッター、一番星。 俺はそれがやっぱり悔しくってサクラちゃんをハグすると、モスグリーンのタンクトップからのぞく二の腕がおっぱいみたいでこれまた最高(これナイショ)。どっこい、いままでサクラちゃんがボロボロ泣くのを涼しい顔でみてたサスケがサクラちゃんを抱きしめやがった。 ああ、サクラちゃんの目とすてきオデコにハートと内の字が見えるのは気のせいじゃない。肩までぽんぽんしやがって、おいしいとこどり野郎め。むかついて足踏んづけてやったら、つねりやがった。この野郎。見苦しい沈黙の攻防はサクラちゃんがときめきすぎて(!)失神しそうになるまで続いた。 ガッデーム。 アカデミーであったイルカ先生は正直者だから鼻水まで出てた。 宴会でおでこのてっぺんまで赤くしたときは一楽をおごってやるぞ、のカ行がめためたでイチラフヲオフォッテヤルフォになってた。三代目が見たらなあ、なんて言って自分でうえっぐえっと喉を鳴らして号泣してるんだから世話がなかった。当然みんなじっちゃんを思い出してしみじみした。あんなにでかかい傘で木の葉をつつんでた人を俺はいままで知らない。明日花もってこう。 でも初めての酒は水っぽくなんてならなかったし、まずくなんてなかった。 うれし泣きはしたっていいのだ。 水杯なんてもうほんと飲みたくない。苦くたって酒がいい。 宴会は無礼講でもう食って笑って笑って笑いまくった。さすがに油性ペンでぞうさんは阻止したけど、おでこに肉の一文字ぐらいは許した。人生はNOなんてつまらないことばかりでいっぱいにしちゃだめなのだ。イエスを言ったもん勝ちだ。 なんだかなあ、なんていいながら胡散臭い笑顔が看板のカカシ先生は笑いすぎで涙目になってた。意外に感激屋なことはしってるけど、三十こして大人気ない仕返しをしてくるのがわかりきってたから指摘しなかったし、正直俺だってサスケだって壊れっぱなしの涙腺がまたイきそうでそれどころじゃなかった。 先生は言いすぎかもしれないけど昔は頭に雲がかかるんじゃないかってくらい俺にとってでかくて(一度サスケに言ったらちびだったからだろ、とまぜっかえされたが、過去形だってことに気づいてないのだ、バカめ)、ザルとおりこしてワクの癖に酔っ払った振りをして肋骨が折れるんじゃないかってぐらい抱きしめられた時あごが肩に乗るぐらいずっと身長がちかくなってた。 そんなつまらないことで泣きそうだったら、サスケの奴が先生の左肩にあごを乗っけながら唇をへの字にしてぷるぷるしてるのが目に入った。目があったとたん、かっこつけの奴は唇の端をもちあげて笑おうとしたがその拍子に笑い泣きしやがった。バカ、反則だ。右肩にあごを乗っけてた俺もつられた。 カカシ先生はあははともう一度笑ってとどめをさした。 よろしく同輩、なんて俺らだけに聞こえる声でこの人にいわれたんだ、ごーかっく、と同じぐらいの爆弾投下で、泣かないほうがバカだアホだ以下略だ。 宴会の一座が見ないふりしてくれたのをいいことにますます俺らは泣いた。恥ずかしいなんて思わなかったから涙を拭きもしなかった。泣くことはかっこ悪いことばかりじゃないってことを俺らはもう知ってる。背中にかけられた声はおめでとうの言葉たちで、北風が吹いたって俺らの胸をいつだってどこだってきっとしゃんと張らせるに違いないのだ。 夜はそんな風に終わった。 みんなと別れて、二十四時間営業の銭湯、スーパー木の葉の湯にサスケとふらふら入る。 帰ってきたのが昨日、シャワーを浴びて倒れこむように爆睡して宴会があるから起きてって感じだったから、どれぐらいぶりの風呂かなんてわからない。傷にしみるからと医者どもに止められたけど、しずみかけるアンタレスを後ろにした煙突屋根を見た酔っ払いの脳みそからそんな言葉はけし飛んでしまった。バンソウコウと包帯をべりべり(本当にこういう音がするのだ)はがしてはがしてはがしまくって、入ってしまった。 客がすくないから水風呂は水がなかったし、サウナも使えなかったけど十分だ。ラベンダー風呂なんて名ばかりの赤色何号と青色何号でできた風呂につかってジャグジーにあたるといい感じに酒が抜けてく。飲兵衛になる人が多いのはわかる。酒っていい。 大浴場にはいるとき、綱手のばあちゃんのクソ馬鹿力でたたかれたサスケの背中が赤くなってて、俺も同じなんだろうなってあがる寸前、鏡を見たら案の定、泣きはらした目と同じぐらい男前の背中だった。 風呂からあがると、すごい腹が減ってた。でも一楽はあいてない。サスケも同じことを考えたのか、腹が減ったといって、濡れた髪をうっとうしそうに払っていた。昔からこいつはぼっちゃまくさいくせに意地汚かった。 「あ、コンビニあるってばよ」 「てめえ、金持ってきてないだろ。風呂代も返せよ」 だっておごってくれるって先生たち言ってたんだ、財布持ってくるなんておかしいとおもう。 「おごれよ、けちんぼ」 誰がてめえなんかに、とまたむかつくことをいったサスケがチノパンのポケットをひっくり返すと、ぐちゃぐちゃの紙幣と硬貨がばらばらっと落ちて道を転がっていった。サスケは財布を持たない。手伝ってやると、その小さな媚を見透かしたのか、サスケはまた人のことを馬鹿にしきった顔で笑い、紙幣をひったくる。コンビニのドアをあけるとき、籠もてよ、といってきやがった。いつか札束でビンタしてやる。 自分が食う分らしい弁当をえらんで籠にいれたサスケは窓際の雑誌コーナーのほうへ行ってしまう。モップをかけてたひょろひょろの兄ちゃんが、いらっしゃいませえ、と眠そうな声で今ごろ言ってきた。 借りるだけにちょっと貧乏なのり弁を選んだおれが金をもらいに行くと、サスケはしゃがんで雑誌に顔を近づけてた。目つきが悪いのはすこし近眼はいってるせいじゃないかと俺は思う。 「サスケ」 「そこに置いとけ」 雑誌コーナーをみてもあまりいいのがなくて、手持ち無沙汰に視線をさまよわせてると、バンソウコウやストッキングにはさまれてソレがあって、風呂にはいったことをラッキーとか思ってしまった。 少年の夢って言うのはどんなんかといえば、女の子のパンツを見てハッピーになる時代は終わりをつげ(いやパンツも十分ハッピーだけど)黒船大砲がどかんどかんとなり響く、これ常識だ。 一回目のデートでは頬を染めて歩くぐらいでいいけど、その帰り道にさりげなさを装って手をつなぎ、二回目では最初から手をつなぎ、できたらオトコノコの純情ファーストキッスなるチュウまでもちこみたい。頭の中では好きな子のパイチチに触れたらなあとか思ってるけど、思うだけなんだからもちろん犯罪なんかじゃなくって、偶然ひじにあたった幸せマシュマロの感覚にほわあんとするだけなんだからかわいいもんだ。なかでもサクラちゃんの二の腕はあらゆるオッパイをおしのけ俺史の史上最高に燦然と輝いてる。さすがはサクラちゃん。 そんで三回四回とデートを重ねるうちに、とっておきの場所につれてって、なんだか細かいところはよくわからないけど女の子が俺にキュンキュンしちゃって、パンツのゴムも切れちゃうようなドラマチックな展開に持ちこみ、こんどこそ俺の純情と童貞をささげる、こんなプランなんてものが人生設計の三割以上は確実に占めてた。 ところが俺の純情にオプションサービスのはずだったファーストキッスは男に奪われ、セカンドキッスは何の因果かそいつにささげてしまい、三度目四度目五度目六度目もうめんどくさいから数えてないけど相当そいつにささげてしまったうえ、こっそりいうといれてないだけだったりする。 白状すると俺の人生設計ひく三割以上が、サスケで占めてるのだった。 サクラちゃんを思うとき、ティッシュに手が伸びない、それが俺の恋だ真心なんだとおもってたけど俺はそろそろ腹をくくってる。あとはもうなにかが背中をおすだけだった。綱手ばあちゃんの張り手あたりが熱をもってる。 さりげなさを装ってカップラーメンとホームランバーをいれたら、3Dおっぱいとタイトルされた袋とじをじっとながめてたサスケ(こいつはオッパイ星人でむっつりなのだ)は、勝手にしろとばかりに鼻を鳴らした。それと一緒にコンドームの箱をどさっとなげいれたら、鼻を鳴らさず眉を吊り上げた。どういうつもりだ、と見てくるのに俺は視線をそらさない。 十五秒ぐらいのにらめっこは雑誌をラックにもどしたサスケが籠をもってのそりと立ち上がって歩きだしたので終わった。 そこにはオレが予想してた大音声の「ふざけんじゃねえ!ウスラトンカチ!」も、はにかんだような「……ウスラトンカチ」もなかった。おいおいおいおい、サスケちゃんよう、うんとかすんとかいってくれってばよと俺のバカなあたまはパニックを起こしかけた。 のそのそと柄が悪そうにあるくサスケに店員がちょっとビビってるのが哀れだ。でも置いてかれる俺のが、ずっとお預けくらってた俺のが哀れだ。 でもサスケは出てかなかった。 「おい、ナルト。メシ」 「……なんだよ」 「朝飯。どうすんだ」 条件反射だったのはしょうがない。 「ラーメン!」 バカにすんなよ。ごちそうじゃないか。 会計しようとバーコードをもった店員さんが朝日を横顔に受けながら悟りをひらいたみたいな目をしてる。まあそうだろう、籠の中には男二人四食分の食料とコンドーム。あんまりサスケがしれっとした顔をしてるから、こいつほんとに俺とする気あるのかななんて思ってしまった(余談だが、このときサスケは自分がやられるとはおもってなかったからだそうだ)。 いまここで手をつないだらウスラトンカチとかいわれるんだろうか。 でも俺は知ってる、こいつはおかかおにぎりぐらいで気分がなおるナイスガイ。俺は一楽だからちょっと高級でグッドなナイスガイ(イエス!)。借金だからちがうかな、ちがわないだろ。まあどうでもいいのだ、明日は休みだホリデイ、朝飯はもうきまってる、なら言うことなんてもちろんなしだ。 ちがうかな。 |
「土曜日の男」/ナルトサスケ |
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