Stand By Me

















しろく筋を浮かべる手を上から握りこむ。

「ぅ、……く」
「痛い?」

ぶんぶんと首を振る。閉じこめた少年の手がこきざみに震え、だがふと解けると、指にからまった。息を吐くのにあわせて湿ったあたたかいところに沈めていく。

「……入ったよ」
「……ん」

深く息をついた。
おしえたとおりに深呼吸をしているのが接した胸と腹のふくらみで感じる。荒い呼吸を無理にゆっくりしているせいで、時おり変なリズムが混じって、楽しい。横向けて赤くなった頬に鼻を寄せると、汗ばんだ肌に黒髪がはりついていた。彼は感覚に酔う少年の目を覗き込むのが好きなので、目じりについた髪の毛を払おうと手を持ち上げようとする。だが嫌がるようにきゅっと指先をつかまえる弱い力をふりほどけず、仕方なく唇を寄せた。

「っ、ん」

胴をはさむ少年の下肢がぴくりと跳ねた。締めつけられて、彼は喉の奥で小さく息を詰める。本当はもっと待っておちついてからにしてやりたいのに。堪え性のない自分をなだめるために深い呼吸をくりかえした。

そろ、と震えながら、白くカーテンから漏る光で鈍く照った少年の瞼が持ち上がって視線が合う。

「なに、サスケ」

問いかけに答えず、けぶる睫がゆっくりと下りて、すこし眉をしかめた堪えるみたいな顔をする。すう、はあ、と同じタイミングで息が重なって、ぴくぴくと少年の頬がうごき、ついに笑い出した。笑うたびに中が動いて、お互いたまったものじゃない。

こらえようとすれば、なおさらおかしくなって、もうどうにもならない。しまいには少年の肩口に突っ伏して、わけもわからずつられて男まで笑う羽目になる。

「……笑いすぎだから」

しばらくしての男の科白が相当なさけない響きで、少年はまた笑いそうになり口元をへの字にした。男の顔にもうすく血の色がのぼっていた。

ふるい傷跡が赤い蚯蚓腫れのようになっているのは、痛々しい。その下にある焔を宿した目は戦いの場以外でなかなか見ることができない。見せたくないのかもしれないし、見せないほうがいいと思っているのかもしれない、いずれにしろ一度も訊けたためしはなかった。

傷の数のぶんだけ人は優しくなれるといったのは誰だろう。男のきづかいはいつでも遠まわしで思慮深いので、ありがとうを言うこともできないことが多すぎる。きっと言ったところで煙に巻かれるのがおちだというのも知っている。照れ隠しが半分、やさしいといわれるのが嫌いなのも半分だ。

触れたいと思って手を伸ばそうとしたが、男がしっかりとつないでいるせいでできなかった。

仕方なく名前を呼ぶと、首をかしげた男がそろりと上半身をかがめてきた。腰が極力動かないよう、ひけてるのに気がついて、笑いそうになる。そんなに気を使わなくても、壊れたりしないのに。首を伸ばし顎をあげて、頬のあたりを舐めると、ふっと笑う気配がした。唇が重なる。

「ん」
「そろそろ動いて平気?」

ざらついた声の渇きに頷いて、少年は正気を手放した。

いつから。いつまで。窒息しそうだ。溺れていく。
知りたかったことも、知りたくなかったこともこうして教えられる。





(どんな人生も同じぐらい、誰にだって苦しい時がある)

誰もが傷があるのを痛みがあるのを教え、それを変える方法を変えて自分に息をするのを許してやる方法を教えられた。いつからかいやだと思わなくなった。

男は少年を子供のままにしなかった。ときどき振りかえり、荷物を持たせ問題を出した。重くても、重いとはいわないと思った。強がりも強いことだと言われた。弱いことを知るのも強いことだと言われた。答えがなかなかみつからないときはじっと黙って、こちらが口を開くまで男は待っていた。重い荷物は少年の重心になった。一度折れた自分の手足でも誰かの杖になり、誰かが笑った。

あの月が空恐ろしいほどに冴えていた夜、あらゆる係累を絶たれ逃げだして泣くだけの子供を、抱きしめられる時が来るなんて考えもしなかった。あの愚かだった子供を許せるのは兄でも誰でもない、自分自身しかいなかった。

問題をだし、答えを選ばせる男に我慢がきかなくなったのはやはり少年だった。少年が背伸びして土からめいっぱい踵を持ち上げても顔が見えないのに、男は手を伸ばしてどうしたいと言う。

地団駄を踏み、オレの望みより、アンタがしたいことを先に言え、バカにするなといったらようやく、顔を見せられてまっすぐな声が聞こえた。驚けば、みたこともなかった唇が笑って、いいのと訊かれバカにするなと返した。迷うわけもなかった。

今でもずるいやり方だったと思う。子ども扱いを嫌ったくせに、肝心のところで子供じみていた。だが何でも望みどおりにされるのも子ども扱いだった。少年にも男と同じ形の手があり足があり、その使い方を教えたのは男だ。だから同じぐらい、顔を見せなかった男もずるかった。だが指摘しようとは思わない。





苦しかったこと痛かったことが、甘い感傷にかわって心を溶かし少年を弱らせる。体の奥でゆらゆらと揺らされて波立ち、海辺の砂のような苦しみを浚っていき、あふれていく。それは男の体温と同じ温度だ。

ごまかすため、恥ずかしがるようにしてシーツに鼻を押しつければ、汗ばんだ手のひらを握る力がつよくなり、こめかみにあやすような宥めるような勘違いのキスが落ちてきた。

ちがう。辛いんじゃない。痛くもない。
嘘みたいにやさしいからそんなの、カカシ、どこにもひとつもない。




つぎに息を吐いたら知りたくなかった涙がでそうなだけだ。
















「stand by me」/カカシサスケ





WJの33号を読んで。
捏造100%。数年後。
いつか、違う話で
これと同じことを言いたいです。






BGM:「恋じゃなくなる日」/B'z

→「093:stand by me」















男がその日、少年の怒りに笑った理由を少年は知らない。

自分が無力だと知っては泣き、未来予想図との違いに泣いて怒っていた子供だった。だがそのときは何もさせてもらえないことに怒っていた。器がなければ、どんなに水を注いでもこぼれてしまう。

自分の片手をむりやりつないで、振りはらってやる気もないくせに、両手にしようとしたら逃げるな、ずるいと言われた。少年が一番嫌った、つたない子供のやり口だった。

1かゼロかにしないと形だけさえ決着をつけられない思いがある。ずっと目をそらしていた。自分はゼロにされるのがいやで、答えを教えなかった。ずるかったと今ならいえる。

子供子どもと侮っていた。子供は成長する。そして大人は子供だった。当たり前だ。大人ぶる不恰好な子供も、子供じみた不恰好な大人も、同じぐらい格好悪くあたまが悪く、そしてかわいい。

欲しがり方も手のひらの伸ばし方も忘れてしまっていたのに、ちゃんと新しい手足で目の前に立っていた。人間相手にはちょうどいい時にまっすぐ投げて手を伸ばすこと、それが一番、男前なことだと教えられた。

教えられたのが悔しいので、きっとどちらかが名前を刻まれる日がきても教えない。うっかり人づてにでも聞いて、せいぜい悔しがればいい。いつかのように地団駄を踏んで。それともいつかのように笑うだろうか。

……くだらない意地でさえも楽しいぐらい、その不治の病は末期だ。
そして、死んでも治らなくていいと思っている。

















TRY !

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