マンガみたいなはなしだけどたしかに泣いて階段をのぼっていっちゃった女の子は現実でビンタくらった頬っぺたも女の子の切実な声に傷ついたハートも涙がでそうなオレの両目もぜんぶみんな現実だった。

買い食いのラーメン節約してライブチケットのためにならんだのもわざわざ途中下車して隣駅の薬局でゴム買ったのもみんなみんな彼女の為だったのにな。他人の鼓動が気持ちがいいこととか、彼女と一緒に楽しいことがしたくて笑いたい、女の子の体が見た目よりずっと華奢でちっこいなんて、彼女がはじめておしえてくれた。

ああ、くそ。
なんでこんなに好きなのに、あたしのことあまり好きじゃないでしょとか自分勝手に言われなきゃなんないんだろう。すきだって気持ちだけでおなかいっぱいになれたらいいんだろうか。でもそんなの正直気持ち悪いし、実際そんな奴いたらちょっと古いけどエンガチョだ、バリヤだ、○○菌だ。きっとそんな奴がストーカーになっちまうんだ。でもだからあんまり好きじゃないなんていわれるんだろうか。ふられなきゃいけないんだろうか。どうしてこんなに好きな彼女のことをすこし憎たらしくならなきゃいけないんだろう。そもそもなんで自分を責めなきゃいけないんだ。くそ、わかんねえ。

もういいや、屋上にでも行ってワアワア泣いてしまえ、とやけくそ足を踏み出し息を吸い込んだときだった。階段を駆け下りるかるい足音が聞こえて、歩くって言うにはすこし足早にとおりすぎるたしか隣のクラスの女の子だ。さんざん噂されていて、本人にすらきっと思い切りばれてるのに否定してた女の子。なんだ。おれと一緒だ。

ふられた奴とふった奴。
なんでこいつがもてんだかよくわからない、だけどもてるってやつはいる。そりゃ、顔はいいけども(言っとくが断じてこれはぜんぜんシットなんかじゃない、だれも認めやしないけど)。 そんな奴だ、うちはサスケは。

見あげた俺の顔を上からえらそうに一瞥した奴はメガネの奥でいぶかしげに片方の眉毛をはねあげ、目を細めた。

「さっき、」

彼女の名前をあげられたところでぎゅっときてもうダメだった。ほんとうは風呂場とか屋上とかひとりっきりの所でたくさんだすために堪えていたのに。

いきなり泣き出した俺をサスケはどう思ったんだかはわからない。
でも気がついたら二人で並んでラーメン食ってた。

「おごり?」
「んなわけねえだろ」
「けち」

なんでハートブレイクな俺にラーメンなんだ、って聞いたらむなしさの半分は空腹でできている、って曇ったメガネでまじめくさって言いやがる。顔に似合わずなんて意地汚い野郎だ。

でも実際、体がハッピーだと心の痛みがほんのちょっとだけ軽くなるのはほんとうだ。

しょんべんに行くって席をたって個室に入ってズボンを下ろす。便座があげられっぱなしの便器にケツが嵌って、セラミックのつるんとした感じが素肌のケツに冷たい。ぽかあんと天井の白熱球を見上げた俺はひとりマヌケな格好に笑って、それからまた泣いた。笑うことができることに泣いて、純粋にかなしくて泣いた。

くそ、教室になんて帰りたくない。彼女と同じクラスですんげえ嬉しかったこともいまじゃちょっと不幸に思えてくる。人生なんてこんなものか、一寸先は闇って言うかお花畑ハッピーが高笑いしながら背中をむけて俺からにげてく、ひでえよ、あんまり、あんまりじゃんか、俺がきみのこと好きじゃないなんて。きみが俺のこと好きじゃないなんて。こんなに好きなのに彼女はもうオレのこと好きじゃないなんて。

世の中これほどありふれてどうしようもない悲劇もないじゃないか。

くそ、土曜日の夜中とかシングルベッドの中俺はもう彼女の代わりに自分の膝を抱きしめて、大地を誰かが口惜しげに踏みしめる足音のように薄暗くひたすら孤独な自分の鼓動を子守唄にしなきゃいけない。土曜日の夜、電話をかけることができない、声がきけない、手をつなぐためだけに真夜中の道をかけることもできない。独りきりだなんてあほなぐらい当たり前のことが寂しくて死にたくなる夜に、もう彼女の狐雨が朝顔の葉っぱに降りそそぐ軽やかでうれしげな鼓動が聞こえないんだ。

そしてなんで俺はこの期に及んで自分の痛みに喚くだけで、あのとき泣いてた彼女のためになにひとつ泣けやしないんだ?なんでだ?なんだよ、好きってなんなんだ。愛って何だ。俺はいますごい哲学的だけど、頭悪いから答えなんて出やしない。くそう。

でも朝日はのぼる。

三年間皆勤賞(ちなみに卒業式のときに学校のロゴ入り記念品をもらえる)を俺のせいで早々に逃したサスケは相変わらず、げた箱にラブレターなんてお寒いぐらい少女漫画の王子様をこなし、俺は俺でさびしい男友達にホモにはしっちゃいそうなぐらい慰められてしまった。だがしかし俺は女の子の二の腕と太ももをこよなく愛する男なのでホモになることはきっとない。

彼女は見る限り元気で、だんだん、だんだんだ、一日に三秒ぐらい、たまに十五秒ぐらい、土曜日の夜にあのすてきな音を奏でる鼓動をハートにもつ彼女が、ひとりぼっちで泣いてたりなんかしなければいいと思えるようになってきた。涙はできるなら誰かがハンカチで拭いてくれるようなときに流せるのがいい。次の彼女ができるまで俺はきっと彼女のことが好きだと思う。でももう、泣いてる彼女のために俺がTシャツを差し出すことはできないのだ。

そんなときは、なんでだかでかい幸福について、世界の幸福についておれは真剣に考えなければいけないと思うときで、進路調査票に青年海外協力隊になりたいとでも書こうかとおもう。でも書かない。じょうずにいえないが、なんだか一日三秒、十五秒だけじゃちがう気がするからだ。

うーんと俺が彼女におもいきり振られた日、すっぽかしたL・H・Rで提出しなきゃいけなかった真っ白な未来予想図を前にして昼休みなやんでいると、進路指導室でコピーをとっていたカカシ先生がどうした、腹でもへった?と訊いてくる。俺だっていっつもラーメンっていってるわけじゃない。

「つーかさ、いまの世の中やりたいと思ったらなんでもできそうなわけじゃん」
「うん、そうだね」

まじめなんだか不真面目なんだかよくわからない口調でいったカカシ先生はネクタイをいかにも手持ち無沙汰に胸ポケットにいれたり戻したりをし、チョークの粉でうすよごれためがねを絹にちがいないネクタイで拭きだす。ああまったく不精者だ。数学教師のくせに白衣をきてる理由って言うのが「スーツ汚れるのいやなんだよね」なんだからネクタイで拭くなよ、意味がわからない。

メガネの奥でカカシ先生の色の薄い、覗き込まれると見透かされてるみたいに居心地のわるいめが不意に俺を見た。

「それで?」

ふざけて俺は俺の可能性がこわいってばよ、と言ったらガラガラと進路指導室のドアをあけたサクラちゃんがバカ云ってんじゃないわよ、と鼻で笑った。サクラちゃんは高1のこの時期ですでにして進路がピシィッと決まっている。獣医になるのだそうだ。

制汗剤のうそくさい柑橘系の香りをのこしてクラス分の進路調査票を提出したサクラちゃんは、いずれヒールが似合いそうなすてきな足をプリーツスカートから惜しげもなく見せてでていってしまった。彼女は気持ちがいい人なうえキュートなので俺のお気に入りだ。そして進路指導室には俺とカカシ先生というなんとも潤いのない風景にもどってしまった。

「……やりてぇことがあるっていうのは、いいなー」
「あのね、なにも二十歳前のガキに人生きめろなんてはいってないんだよ。でもそろそろ、迷う時期や場所だっていう、お知らせだよ。だからおざなりに決めちゃダメだよ。ありふれたことだけども、ありふれてるってことは、みんな大概おなじ場所で迷うってことだから」

カカシ先生のずるいところはこうしてたまに真剣なことを冗談を言う口調と同じ声で言うことだ。

「可能性があるっていっても、選べなかったらなにもないのと一緒だろうから、なんとなくわかるよ」

でもむなしさの半分は空腹でできてるんだってばよ、となんとなく負けた気分になって子供じみた口惜しさに茶化して呟けばカカシ先生は嫌味なぐらい上手に肩をすくめた。くそう、大人め。

「たいがいのむなしさはね、おなかいっぱいになったらどうにかなるけど、どうにかならないことは真面目に考えなきゃいけないことなんだよ」

大人のいやなところは子供の子供じみたところをこうすれば大人になれるぞ、ってそこはかとなく示唆するところだ。くそう、カカシ先生のくせに思わずかっこいいとか尊敬せずにはいられないとか思っちゃうじゃないか。

ま、悩みなさい、といってうすよごれた白衣を来たカカシ先生は小テストのまるつけのため、自分の根城である数学研究室にひょこひょこともどっていってしまった。

それからきっと俺はうとうと寝てたんだろう。気がついたら誰かがそっけない組み立て式テーブルの向こうにかがんでいた。数年分の赤本と書類や入試の日程案内や偏差値ポスターでうめつくされた進路指導室の壁と本棚の間、ストップモーションアニメみたいに瞬きが画像をきりとっていく。

カーテンでさえぎられてやわらかく輪郭をぼかす正午の光にしろいワイシャツの背中、埃でうすく汚れた床にしゃがみこんだ奴が指先を白いものに伸ばしている。丸くて小さい、真珠みたいに光る釦ボタンだ。

釦をとりあげる奴の指先の恭しさといったらなかった。カンテラのうすぐらい明りの下でもろい緑柱石を磨き終えた職人みたいな指先がとりあげる。目の前まで釦をもちあげ裸眼を眇めてじっと見入り、ため息のようにひびが入っているとこぼした、サスケの声と一心にみつめるまなざしの敬虔さといったらなかった。

その瞬間おもったのだった。もしかしたらサスケは大事なものを大事にするイデアみたいなものをもってるのかもしれないぞ。ぶきっちょで無表情、無愛想だけど女の子たちは指先にすこしだけ見える、そのイデアがフェロモンみたいに分泌されて、こいつに大事にされたら幸せなんじゃないかとか無意識に思わせるんじゃないか。

トイレで泣いた俺がちょっぴりほしかった、好きだという気持ちだけでおなかいっぱいになれるもの、ないものねだりの魔法の指先。

目があったサスケはすこし驚き、気まずそうに(とかってに俺が思っただけだけど)眉をしかめた。こいつが全開で笑ったら、黄色い悲鳴をあげる女の子は何人いるんだろう。まったく宝の持ち腐れだ、もったいない。でも喜怒哀楽をアメリカ人のようにオーバーアクションで表すサスケを想像し(アメリカ人に対するまったく失礼な偏見だ)胸がむかむか気持ち悪くなったので俺はそこで想像をうちきった。

サスケはワイシャツの左胸、校章のはりついたポケットに釦を落としこみ、本棚から進路のための資料を漁りだした。そうか、奴もまだ進路調査票を提出できていないのだ。って、俺のせいじゃないか。俺もガタガタと立ち上がり、進路指導室の資料を闇雲に漁りだした。

話し声が聞こえる。

本棚の隙間みえる机がならんだあたり、いつ帰ってきたんだろう、カカシ先生がサスケの隣に立ってる。俺のも手伝ってくれればいいのに、まったく教師って奴はやっぱり優等生がすきなんだろうか。

本棚の上の方を脚立に腰掛けて見ていたサスケが脚立を片付けようとかがむ。無音のフィルタが俺の目の前に降りてくる。俺はゼラチンのような空気に動きを止めた傍観者だ。その青みがかって見えるぐらい白いワイシャツの肩、サスケの死角、背中から黒板にチョークをかつかつならすんじゃない、えろい、さんざんやらしいことをしてきたに違いなさそうな指が伸ばされる。

だがすぐにサスケの肩に伸ばされた先生の指はためらった。あと一センチもないけど、指先がどうしようもない引力の法則にしたがいたがっているのだけはわかっていた。サスケの指と同じ指だ。爪の先までエメラルドをこわすんじゃないかというおびえと触れることのできる誇らしさと、それからいとおしさに染めかえられた宝石職人の指。

なんでか俺が先生と同調して息を飲んだとき、昼休みのチャイムが夕立のような唐突さで鳴り響いた。

「……ずりぃーの」

そうこぼす俺はないものねだりの負け犬だった。振り返ってあいまいにわらう先生となにもわかっちゃいないサスケ。白衣のしたシャツの袖には釦が一つない。俺は在り処をしってる、知ってるんだ。

















「みどりの指」/ナルト&カカシサスケ





まだくっついてないです。
イインチョになっちゃったのは、
原稿中だからということで…(汗)。

とんぼさまにささげます。
「サスケの釦を口ではずすカカシ」か
「サスケに釦をとめてもらうナルト」か、
「カカシかナルトの釦をはずすサスケ」。
そのどれともちがう…(がーん)。
返品可です、めそめそ。
すてきなイメージ、ありがとうございました!

→「094:釦」












TRY !

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