人の心というのは結局行動に表れるのだと思う。 とっさに身体が動いてしまう、とかそういうのではなく、好きな人が目の前にいたら自然と笑顔が多くなってしまったり、ぎこちなくなってしまったり、でもできれば笑ってほしかったり。 嘘つきはきっと行動すら隠せてしまうか、きっとこうであってほしいという願望にそって行動するのがきっと得意なのだろう。 ミラーボール シャングリラの夢 うちはイタチという男の、記録はごくシンプルだ。 うちは一族の長男に生まれ、うちは一族正統としてはごく真っ当に、世間並の忍からすれば破格のスピードで、忍の階梯をのぼっていった。 その後、同胞を五つ違いの弟、うちはサスケをのぞき、自らの両親に至るまですべて殺害、逃走しおおせ、抜け忍となった。暁という抜け忍の組織に所属し、抜け忍となったうちはサスケにより殺害された。 調査の際の、音声が残っているのを聞いたことがある。 まだサスケが里抜けをするまえのことだ。 洗い尽くされた資料を、もう一度さらった。いくつかの目撃情報があったことと、自来也からもたらされた不穏な話が現実味を帯びてきたときのことだ。 どんなことでもいいんです、おしえてください、という声にこたえたのは柔らかな女性の声だった。 『ええ、ええ覚えていますよ。私が産休にはいるちょっとまえの、お客さんでしたから。任務内容によって、ご提案がちがうでしょう?ずいぶんと若い方だから、わかりやすいようにって主任がついてねえ』 書き起こされた資料には、木の葉で武器の製造や加工をする工房の事務をしていた女性だ。 弟さんのために刃をつぶしたものを下さいっておっしゃっててねえ。親御さんが用意するのは今一つなんですって。 ひとつひとつを、追うとたまらない気持ちになった。むつまじい家族の姿が、いくつか見えてくるだけだったのだ。 行動が嘘をつける人間はなかなかいない。行動で嘘をつけるならば、きっとその人間は自分が何をしたいかしらないに違いないとさえ思った。 うちはイタチは、そういう埒外にいる人間なのだとおもっていた。 それからいくつかのことを知って、三代目というお人は、やっぱりひどい人だなあと思わずにおれなかった。何一つ胸の内を明かさず、泥の中に持って行ってしまった。 幾日か続いた温かな陽気に、桜はいっせいに花房をつけた。桔梗色にそまりだした夕暮れのなか、だんだんと青みをおびて白くさえざえと光を帯びていく。重たげに枝を垂れ、かすかな風にいくつも散りおちて音もなくカカシの横を通りすぎていく。 アカデミーのある一帯は、山桜からすこし花時がちがう八重桜までいくつもの桜が植わっている。卒業生たちが、記念に一つずつ植えていくのも、年に一度の英霊をなぐさめるための鎮魂祭のときにも一つずつ植えられていって、増えていくばかりだ。 「そこには、ないよ」 石碑のまえにいる、まだ背丈ばかりのびて細さのめだつ背中にかければ、うちはサスケが肩越しに眼差しだけを投げてくる。 うちはイタチの復名は公に大きく明かされることはなかった。当代火影が就任当日付けで発令した文書のいくつかは内容によっては伏せられるものであってどれが該当するかは権限のあるものにしかわからない。ただ、抜け忍のリストから名前が死亡ではなく、誤記として抹消されたとのみ聞かされた。 「……知ってる」 それは、うちはイタチの行動を、木の葉が追認したと同じことだ。 相談役の老人たちの、当代火影に対する事実上の譲歩だった。 「帰るよ」 声はいつもどおりに出せた。 「天気はこれから大荒れだ」 しばらくぶりにこの慰霊碑を訪れた。真新しく消されたばかりの名前を、まだカカシはまともに見ることができない。かつての親友で自分の英雄。半身だけで生き残った死んだはずだった男。カカシを許さなかった男。 そのことを知られたくないと思う。 「花も散っちゃうね」 言われて思い出したように空を仰いだ。ざわつく梢から落ちた花びらまじりの風が黒髪を乱していく。西の方、夜の顔になった空に雲がたちこめていた。 「んー?」 肩口に額をこすらせて頭を振るのに、頬をすりよせながら抱えなおすと、腰を挟む膝がぶるるっと震えた。つられて、こらえきれないため息をカカシはもらした。語尾を曖昧にさせたすこし怯えたようすが、体と頭のどこかを甘くしびれさせていく。 窓ガラスの外で網戸がふるえる音がした。ばちばちと雨粒がたたきつけている。 「だいじょうぶ、でしょ。ちゃんと、したもの」 両手を腰からなでおろし、手のひらにすいつくような肌をたのしみながら揉みこむと中がうねり、言葉がきれがちになってしまった。なだめるよう、耳からこめかみにいくつもキスを落としていく。ことばは嘘ではない、カカシの指はふやけかけていたし、ころがったボトルのなかのローションはけっこうな量がなくなっていた。 最近、サスケは体を繋ぐことにやたらと引け腰だ。 あまく水気をふくんで滴るような粘膜につつみこまれて、腰から下が熔けおちそうだ。揺さぶらないで、青いかたさがまさる体のやわらかい肉を両手でもみこんで、飴を舐めとかすように楽しむ。かぼそい声をあげ、首にまわった腕がぎゅうっと抱き寄せられ、耳元に湿った息がかかった。 「ァ……、ぅ」 ほんとうは、痛みに怯えているのではないと知っている。 ベッドについたつま先が広がっては縮こまり、シーツを小さく乱していく。重い瞼の隙間から見える白い背中がうす赤く血の色を透かせているのに、年上の男は口の中で舌をうごめかせた。ごまかすために頬に口づけをして、首筋に顔をうずめて顔を隠す。そんなことをしなくても、相手はもう見る余裕もなさそうだったけれど、恥ずかしい気がしたのだ。 きっと、初めての少年みたいな顔になっている。 「……ぁッ」 ぎゅうっと抱き寄せたせいで深みにまともにあたったのか、高い声があがった。好きなところも、声が甘く熔けるけれど怖がるところも少しずつ手さぐりで知っていく。花のつぼみを指先でほぐしていくような心の震えの半分は、とてもひどいことをしているのかもしれないと思うからだ。 けれどやめようとは思わなかった。思ったこともあったけれど、今はそんな気持ちにはとてもなれない。 「ん」 「ひどい、よね」 「な……?」 涙をすこしまつわらせた睫がふるえながらもちあがって、黒蜜でできたゼリーのような眼がのぞく。なんでもない、というように頬をすりよせる。恨みごとの気配にももう気がつけないくらいになっている。 だからもういいとおもう。 は、と開いた口からのぞいた赤い舌が、唇をなめた。肩にまわった手に力が入るから、抱きしめ返した。 「……ふ、ぅ……、んッ」 足を自分からベッドについて、ゆるく回す。眦に涙をにじませ、唇をかみしめながらおずおずと擦りつけてくる、普段のつんとした横顔からは想像もできない、もの慣れない仕草。ちゅ、くちゅ、ちゅ、ちゅ、と口づけをするような濡れた音がベッドがちいさくきしむ音と吐息の合間に響いた。 男もたまらず、甘い息をこぼして、きもちいい、とささやいたのは誇張でもなんでもない。 「ぁ、……ィ、や、これ」 これ、いやだ、とこぼすのはどういう意味なのか、昂奮した男にはまったくわからない。泣きそうな顔を隠した、赤い耳元に囁く。あとで泣くほど耳朶をしゃぶってやろうと思う。 ひどい奴だよね、という代わりに。 「ゆっくり、……そ、サスケはじょうずだね」 「うー……」 褒めればいじらしいくらい、素直に腰を浮かせ、怖々惑いながらひらいて気持いいところに当たるように動く、体を使うことがとても上手で覚えがいい。優等生だ。 自分で思うよりきっともっと好きなのもカカシはわかっている。二人の腹の間に挟まれた蕊は、かわいそうなくらい正直に花ひらいている。ものほしげにぱくつく先からしたたり落として、押し当たる男の下腹をぬるぬるとすべった。 お臍の裏側、すこしこりっとしたところを先端で撫でまわすように押しこむ。ぎゅうっと手のひらの中にふるえが走る。逃げをうつのを許さないで、何度も。 「ぁっ、あ、ァ、あ――」 「はは、すご、い」 肌まわりの空気が一気に発熱して湿り気を帯びたようだ。うすくてもちゃんと筋肉がみてとれる下腹が、さざなみでもはしるようにひきつった。夜目がきくせいと嵐のせいで光が乱れて、どこかしらじらとも見える暗がりの底だ。先っぽをゆらし滴を小さく飛ばしながらのけぞる。絨毛がこすれるほど奥深くはいりこんだところでうねりと熱を堪能すれば知らずうっとりとしたため息がこぼれた。 (こんなにあまくったって、好きそうに、見えたって) たぶん、好きそうなんじゃない、好いてくれることだってわかる。お互い好きあってると分からなければ、続くものじゃない。わかっている。男は単純だけれど繊細だ。気持ちに引きずられる部分だってどうしようもなくある。 十二の頃はいつだって忘れられて離される手だと知っていた。知っていたってついた傷は本物で痛まないわけじゃない、ときどきどうにもならずカカシを苛む。 「なら、これ、くらいねえ……」 いいデショ、ともらす言葉の意味をもうサスケは捕まえられない。 それでいい。ほんとは知られたくない。 ……嘘だ。ちょっとは、分かってほしい。 わかってよ、と言えない自分の逃げ腰もカカシは知っている。昔はこんなふうに自分の揺らぎぶつけることなんて、考えもしなかったし考えられなかった。あんまり幼くてあんまりまっすぐだった。守ってやろうとか、傷つけたくないとか思っていた。 手の中からいつか離れて、追いかけたって届かないと思っていた。傷が浅いようにしていられた。なのに、いつのまにか帰ってきて、なにも変わらないみたいに夜を重ねている。それどころか深まっている気さえする。 石碑の前でカカシになにも訊かない、沈黙が無頓着なのか優しさかもわからない。もう守られてくれるほど幼くはない。傷つけるより傷つけられそうだ。 カカシにはそれが怖い。 (いつか、わかってくれるのかな) そのいつかまで、体温を重ねていられるだろうか。 ほんとはもうみんなわかっているのだろうか。 のけぞる動きに逆らわず、ゆっくりと胸の下にまだ細い体をしきこんだ。次に何をされるか、もう知ってしまっているサスケはかぼそく悲鳴をもらす。 波を追うようにまたは誘うように、ゆる、ゆるりと腰を回しながら言葉をつむぐカカシも余裕はないのだ。ようやくにとろけて包みこむ感触に、体をささえる腕がつりそうだ。 「ヒ、……ぃ、ぁ、や……ッ、ヤ」 ひっかけるように小刻みにこすりたてれば、言葉よりずっと素直だ。膝をかくかくゆらすさまが、泣きごとをいう声の弱さが、格好つけのふだんからは想像できない。寝床の中だけひどくかわいげがあって、男のざらつきをあっさりとなだめた。 (オレ、の) オレが、と舌舐めずりする顔をみたらきっと怖がる。きっと言えない。首筋に鼻先をこすりつけ、横向いた耳たぶを口の中にいれて遊ぶ。 自分が、ここまでしたと思うとたまらない。 隠したつもりでも荒くなった気配は肌でわかるのか息苦しいのか、逃げようと上にずりあがる。とっさに捕まえるのは考えたことではない。腰をだきかかえて、ひきつけると果物をふみつぶすような音と甘い悲鳴がつづけざまにあがった。 鼻先からおちた汗が、白い頬を流れておちてこめかみに吸いこまれていく。はぁっと荒く息をついて、あとはもう考えることなんてできない。 顔をふせて汗粒の浮いた胸元に鼻先をこすりつける。誘うよう充血してとがったところを舌でつぶして、吸い上げるとむずがった手のひらが頬に押し当てられる。まるで拒むようなしぐさを咎め、手首をつかまえて胸元をひらかせ、舌で唇で転がせばあとはシーツの上でもがくだけだ。 (こんな、ところと、お尻で気持ちよくなって) はげしくうごけない、かわりに、抜け落ちる寸前の浅いところから奥深くまでをひどくゆっくり、味をおぼえこませるために犯す。きつい入口をひどく敏感なところでくぐりぬけ、包みこんでひくつく狭間の感触がたまらなくて、男もあさく喘いだ。 「……ン、ん、ふ」 ちゅくっ、ととなごり惜しげに胸元から顔をあげて、瞼にこめかみにキスをおとせば、震える唇が追いかけてきた。指をさしだされた赤ん坊めいた仕草に、首に回る腕の必死さにもうどうしてやろうかと思った。まるで本当に溶けあいそうな気すらする。あとはひたすら息を重ねて揺れあうだけだ。 ひときわ噛みつくような波がきて、とろりと零していく。 女みたいに、びくびくふるえて何度も何度も波で満ちる、誘われるのに男も逆らわなかった。頭から背筋のうしろで白い火花がいくつも咲いていく。奥深く注ぎこんで、首筋に鼻先を擦りつける。中でまるで舐めしゃぶられているみたいで、しらず体がゆれた。 はぁっと、ふかく息を吐いて、恐ろしく重い体を浮かす。汗ばんだ額にはりついた黒髪をかきあげ、くちづけを落とす。小さくふるえながら直い睫がもちあがる。窓明かりを映しこんで、光を揺らす眼からにじんだ涙がこらえきれずにこめかみをすべりおちていく。 「ん」 ゆるんだゴムからこぼれないよう、ゆっくりと体を離そうと肘で体を持ち上げ身じろぎをする。ぶるっと震えてから、抱きつかれてイヤだと言うように首を振られてしまった。まだ少しひくつくところが離れがたいのはカカシも同じだが、自分も落ちそうでまずい。 まずいとはわかっている。けれどなかなか離すことができなかった。 ふ、と腕の中でちょっと笑ったような体温が幸せで、このまま眠ってしまいたかった。喉が渇くのも後始末も重い瞼の後ろがわに、花か雨か光がおどる。 |
「ミラーボール シャングリラの夢」/カカシサスケ |
|