je te veux
















  



緩く開いた唇に舌を這わせれば、濡れて艶の増した少年の唇が僅かに震えた。

「は、なせ…!」
「腰回りも細いね。まあ、子供だからあたりまえか」

手足をバタつかせ、必死に抵抗するサスケの腰に腕を回したかと思うと、カカシは軽々とサスケを抱えあげてしまう。そして、身体をピタリと密着させた状態でカカシは仄暗い室内を見渡した。その間もサスケはバタバタと暴れたが、足が宙に浮いた不安定な姿勢では到底力など入るはずもなく、勿論カカシの表情が変わることもなかった。

「少しおとなしくして」

耳元で囁かれ、サスケはビクリと肩を揺らした。至近距離で感じる胸板の厚さと、噎せかえるような汗の臭いに眉を寄せながら、頬に触れる薄いシャツ越しに伝わる熱の熱さに眩暈を覚える。そうして、忙しなく脈打つ鼓動の音を打ち消すように目を堅く閉じた。

「お前、いい匂いがするね」
「ばっ、そんな訳ねえ…っ!」

首筋に顔を埋められ、鼻先で匂うようにするカカシを、サスケは必死で引き剥がそうと試みる。

「甘い匂いがする。お前、なんかつけてんの?」
「いいから離せっ!」

サスケがカカシの胸に腕を突っぱねて、厚く鍛えあげられた胸板を押すがビクともしない。それどころか、耳朶を舐めあげられ思わず息を呑んだ。そのサスケに仕種に、カカシの頬が緩んだ。右腕だけで抱えられるほどの少年を相手に本気で夢中になりそうで、カカシにはそれが可笑しかった。

今までにだって、最高の部類に入る女を何人も手に入れてきた。勿論、本気で心を許せるような関係ではなかったが、それを別段不自由に感じることなどなかった。その場限りの遊びを楽しみ快楽を貪る。それこそが至高の駆け引きで、満ち足りた日々に違いなかったはずなのだ。

なのに。

エキゾチックな濡れ羽色の髪を持ち、陶磁器のように白く滑らかな肌をした少年に心も目も奪われたのだ。ランプの灯りに照らされた頬は白く輝き、薄く開いた唇は赤く熟れている。不安げに揺れる漆黒の瞳も、黒真珠さながらの美しさを放ちカカシの心を鷲掴んで離さない。

「こんな甘い匂い放って。まるで食べてくださいって言わんばかりの水菓子(くだもの)みたいだね」
「なっ…!」
「誘われてるみたいだ」
「っ!!…い、いいからもう離せよ!」
「ダ〜〜〜メ」

再び暴れはじめたサスケの首筋に唇を寄せて、そこから更に舌を使って舐めあげる。そのままゆっくりと下ってゆき、清潔そうな白いシャツ…その外された第一釦から覗いた鎖骨にも舌を這わせた。滑らかな感触を味わいながら丁寧に舐めあげると、抵抗の為に突っぱねられていたサスケの腕の力が抜け、縋るようにしてカカシのシャツを掴んだ。カカシは、執拗なまでに鎖骨と項を往復すると舌で弄り、ついでとばかりに耳朶を甘噛みしたり舐めあげたりを繰り返した。

「…っ…、やぁ……」

甘く漏れたサスケの声に、カカシは少年のシャツの裾から空いた左手を侵入させると、腹筋から脇腹にかけて不埒な手を這わす。そして、そのあまりの滑らかさと、しっとりとして手の平に張りつくような弾力にカカシは無意識に感嘆の声をあげた。そして、羞恥に歪む少年の顔にランプ特有の緋橙の灯りがあたると、白く輝く頬を紅く染めあげた。長い睫毛が影を落とし陰影とつけると、少年の姿をますます儚げにみせることに成功している。

「恐ろしいね…」

呟きながら、カカシはゴクリと喉を鳴らした。

サスケは、湧きあがる甘い感覚に奥歯を噛み、息を殺す。力なく掴んだ、カカシのシャツを持つ手が絶え間なく震え、その様が酷く可愛らしいものにカカシの目に映る。はじめて与えられているであろう刺激を、逃がす方法も知らぬままサスケの喉が小気味よい音をたてて鳴いた。

赤く熟れた唇を、まるで肉食獣が獲物に喰らいつくようにして、カカシはサスケにキスを与えた。激しい愛撫に、サスケの息があがる。カカシの舌がサスケの口内を蹂躙するうちに、サスケはなにがなんだかわからなくなり、そのうち自ら舌を絡めはじめた。幼く稚拙な動きではあったが、夢中でカカシの舌を追いかけ絡めとる。覚えたばかりの遊びに熱中し、他の事は見えなくなっているようだった。

「……っ、あ、…ぁっ……」

キスの合間に零れるサスケの喘ぎに、カカシは目を細めた。そうして、シャツの裾から差しいれた手の動きを再開させると、サスケの舌をキツク吸いあげる。と、震える睫毛の下から涙が零れ落ちた。崩れ落ちる身体を支え、カカシは流れ落ちた雫を舐めあげる。

「平気?」

声をかけながらサスケの様子を窺った。呆然としてどこか焦点の合わない瞳を覗きこめば、サスケがちいさく頷いた。荒い呼吸を繰り返すサスケに、更なる追い討ちをかけるべくカカシはサスケの胸の突起に手を伸ばしかけた。まさにその時…。

井戸と隠れ家とを隔てるドアが、音をたてて鳴り響いた。



「サスケくん、いる?」

声に、力なく身体をカカシに預けていたサスケがピクリと反応を示した。

聞えてきた声は、まだ少女もので、恐らくサスケやあのナルトとかいう少年と同じ年頃なのだと想像がカカシには簡単についた。カカシは、腕に抱いたままのサスケを床に下ろそうとしたが、サスケはどうやら自分の足では立てないらしく、そのまま床にペタリと座りこんでしまった。そんな様子が微笑ましくて、カカシはサスケに気づかれないようにちいさく笑った。そして、開かれたドアから現れた桜色の髪をした少女に視線を持っていった。

少女は、初対面であるカカシをスルーしてサスケだけをみつめた。肩で切りそろえられた髪がちいさく揺れ、どこか色を無くした白い頬に流れる。そうして少女は、一度おおきく息を呑むと、声を出した。

「ナルトが…、目を覚まさないの……」

言葉に、サスケの意識が急激に戻ったのがわかった。

「血が止まらなくて…、もう、どうしていいのかわからないよ…!」

吐き捨てた少女の言葉に、衝撃を受けたのはサスケだけではなかった。カカシは、常になく動揺した自分にうろたえた。だからか、サスケが反射的にカカシの腰に手を伸ばし、カカシのリボルバーを引き抜いたことに咄嗟に気づけなかった。そして気づいた時、サスケはすでに走りはじめていたのだ。









石油ランプの灯かりだけが、空間に仄かな奥行きを与えている。空気の振動で揺れる灯かりが奥に設置されたアップライトピアノにあたると、上質な木目と影を落とし、その陰影とがなんともいえないコントラストを生んだ。

一瞬…、ほんの一瞬だけ、その光景に目を奪われ、カカシは一歩を踏み出すのが遅れてしまった。

そうして、走り始めたサスケからワンクションおくと、カカシもサスケの後を追った。遅れた反応を取り戻すべく、とにかく足を動かした。そして、歩幅で勝るカカシがサスケの腕を掴んで引き寄せたのは、丁度隠れ家と井戸とを隔てたドアの前だった。

「待てっ!お前が行ってなにができる」
「アンタに関係ねえっ!」

強めの口調で責めるように言えば、サスケの口からは突き放すような暴言が返ってきた。その吐き捨てられるサスケに言葉に眉を寄せ、カカシはちいさく嘆息する。腕の中で暴れるサスケを、後から羽交い絞めにしたカタチで抱き上げ動きを封じながら、ついでとばかりに飛んでくる肘と、拳…、振り落とされる踵の攻撃を器用にかわす。そして、サスケに奪われた愛用のリボルバーを取り戻すために、カカシはサスケの右手に手を伸ばし、そのか細い手首を僅かに強く力を入れ掴んだ。

「離せっ!」

尚も暴れるサスケを小脇に抱えるようにして、カカシはサスケの指に引っ掛けられたリボルバーを丁寧に外した。その際、外れかけた安全装置を、ちゃんと掛け直しておくことも忘れない。

「ダ〜メっ。さっきも言ったでしょ?お前が行ってどうなるの」
「だからアンタに関係ねえだろっ!離しやがれっ!」
「だから、行かせられないって、何度言えばわかるかなぁ」

カカシの言葉尻が下がって、「聞き分けが悪くて仕方がないね」というニュアンスが案に込められたのに気づいて、サスケの柳眉が跳ねあがった。そして、怒りに任せると、向こう脛目掛けて足を振り抜いた。勿論、その攻撃がカカシに当たることはない。カカシは、足を上げるという簡単な動作だけで、サスケからの攻撃をかわすと目尻をさげて笑みをカタチ作った。それから、ゆっくりと言葉を選んで、サスケを言い聞かすように口を開く。

「あれは…、あの爆撃はお前を誘き出す為のものじゃないの?」

言葉に、サスケの肩がピクリと跳ねた。

その様子をみてとって、カカシは自分の仮説が強ち外れていないことに気づき、気分が悪くなった。 カカシは、一転しておとなしくなったサスケをゆっくりと床におろし、しっかりと地に足をつけ立ちあがったのを確認してから、サスケを支えていた腕を引き抜いた。

「そのお前が、のこのこ誘いにのってどうすんの?わかるでしょ」
「………」

奴等の狙いはサスケであって、労働者でも子供達でもないのだろう。サスケのなにが、この国の主にとって不易なことになるのかはカカシにはわからない。しかし、反戦を訴える労働者を強制収容所へ送ることも、ナルト達のような子供にまで危害を加えるのも、一重に、サスケを引っ張り出す為の餌に過ぎないのだろう。そしてそのことを、ナルト達子供も、またサスケ自身も知っているのだ。

この町の連中は、誰もがサスケを守る為に動いている。

大人も…、子供も…、例外なく。

サスケを…、いや、レクイエムを奏で続ける名も無きピアニストを…、守っているのだ。

















「あーあ…、折角の奇麗な手に擦り傷なんかつけちゃって…」
「………触んな」

サスケの手や腕には、引っかかれたような傷が薄い痕を残していた。メタリックのようないやらしい光沢ではない、上品で…、真珠のように白いサスケの手や腕に桜色の線を引いた傷跡がなんとも卑猥に映ってしまい、カカシはそれらから思わず目を逸らした。イケナイ妄想をしてしまいそうだと思う。

自分は本当にどうしてしまったのか…。目の前の少年には、ふくよかで豊満な胸があるわけでもないし、ましてや艶かしく括れた腰を持っているわけもないのだ。確かに、腰つきは華奢で、細いといえば細いのだが。それはけして括れているわけではなく、唯、細いのだ。なのに、視線がまるで、少年の行動を追うように、一挙手一投足を追いかけてしまう。

その時、サスケの舌が薄っすらと痕の残る傷口を這った。頬に受けた石油ランプの灯かりが、視線を落としたことにより、その白い頬に長い睫毛の影をおとす。仄かにあたる灯かりによって、紅く染められた頬があまりのも奇麗で、カカシは食い入るようにその姿をみつめた。まるで、時が止ってしまったかのような錯覚に、細く息を吐き喉を鳴らすと、その音が鼓膜を直接揺らしたような気がした。

「サスケ君…、わたしナルトのところに戻ってるね」

沈黙を破った少女の声を頼りに我に返り振り返ると、冷静さを取り戻したらしい彼女がちいさく笑いながら呟いた。

「………サクラ」

サスケの…、少女の名前を呼ぶ声はどこまでもやさしい響きがして、かえって泣きたい気持ちになるから不思議だ。

「さっきは取り乱してゴメンなさい。教会に綱手さんが来てくれてるの。だからきっと、大丈夫だから」
「………ああ…」

綱手さん…、その名前にサスケの強張った頬から緊張が薄らいだ気がした。町医者か、なにかだろうが、きっと腕の立つ人に違いないのだろう。あきらかにホッとした表情を作ったサスケに、サクラと呼ばれた少女も笑みを返した。

「じゃあ、…あの、サスケ君のことお願いします」

そう言って、ペコリと頭を下げ、少女は井戸の向こうへと消えていった。













「頭の良い子だね」
「ああ」

感想をそのまま口にすれば、サスケからは同意の言葉が返ってくる。

それにしても、ここの子供達はみんなどこか可笑しいのではないだろうか。出会ったばかりの…、しかも暗殺者なんて職業のオトナに、誰も彼もが「サスケを頼む」…、と言っては去ってゆく。その、与えられる信頼のくすぐったさに眩暈を覚えるほどだ。でも、それはけして不快な感情ではない。そのことが不思議で、またそういった感情が残っている自分がどこか嬉しくもあった。

「それでさ、さっきの続きなんだけど」

少女が去った後、さっさとピアノの方へと向かったサスケを振り返って言葉を投げた。 カカシとしては、何気ない、些細な話題転換…、むしろ、もっと知っておきたい現状の確認をしたつもりだったのだが、サスケからは思いもしなかった反応が返ってきた。

「も、もうっ、あんなことしねーからなっ!!」
「へっ?」

真っ赤になったサスケの顔をマジマジと見つめながら、カカシは頭に疑問符をわらわらと浮かびあがらせた。理解しがたい反応だ。思いながらサスケの様子を窺うと、視線を落としたサスケが明後日の方角を見ながら唇と噛んでいる。そんな仕種に、カカシはピーンっと閃いた。

「ああ、違うよ。そうじゃない」

さっきの続き…、なんて訊きかたをしたから、サスケは邪な方を想像したらしい。赤く熟れた頬を、外された視線が初々しくて、カカシは思わず笑みを零した。

「お前のこととか、この町のこととか、国のこと…」

確かに、邪なお遊びの続きもしたいけど。

守ると誓ったからには、その約束が反故になるような結果だけは阻止したいと思うから。

少なくとも、あの少年や、少女の期待を裏切ってはいけない気がする。

そしてなにより、俺自身がサスケを守りたいのだ。

だから…。











「お前の知ってること…、全部教えて…」

ご褒美は、最後にしときましょ。















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words by 月影あおいさま(NO DOUBT)








ROSSO

GIFT