『ありがとう』だなんて、わたしをバカにしてる。
お互いの中だけで一方通行に飛び出すベクトルで感情が完結してるなんて思わないで欲しい。わたしが傷つかないわけないじゃない。見返りを期待しないわけないじゃない。 ありがとうなんてことを言ったサスケは傲慢で人並みの想像力すらない。 自分の気持ちが自分のものだけだと、他人の気持ちが他人のものだけだと思っている。だったら言葉なんて最初からいらないではないか。伝えようとも伝わって欲しいとも思わないで、自分も他人の感情も踏みつけてる。 そもそも真実じぶんのものなんてこの世に一つだってありはしないではないか。この体も勝手に生き死にをくりかえし、心すらつかめない。サスケだってサスケ自身のものではないくせに。 だからこの恋は失恋にもならないから諦めきれない、月をおいかけるような片思いだ。 やめられたらとっくにこんな恋なんてやめている。 天欠く星 いのこりで最後の報告書の束をまとめ終えたサクラがデスクに近づくと、書類に不備がないか確認していたイルカはすこし話せるか、と変わらぬ穏やかな声で話し掛けた。 すまんな、と涙袋が愛嬌の笑みを浮かべたイルカが視線を流したのを追いかければ、土曜の午後、アカデミーの明かりはほとんど落ちている。イルカとサクラのいる事務所の明かりが点るほかは、せんせんと雨降る磨りガラスのむこう、とおくぽつりぽつりと非常灯の緑光が濡れていた。 「膝、辛いようなら腰かけてかまわないぞ」 「いえ、体重はかけませんから、大丈夫です」 「包帯は、もう取れたんだよな、まったく」 女の子が、と続けそうになったイルカの台詞は固いサクラの声に遮られた。 「それで、お話ってなんですか?」 「あー、それだ、うん。あのな、サクラは今のところ、臨時ってことでアカデミーの内勤をしてもらってるよな」 「はい。……膝が、あるから」 「うん、それなんだけどな、本格的に春から、こっちに来ないか……?」 「え?」 「うん、急な話と思うかもしれないが、ずっと言おうと思っていたんだ。でも答えは急がないから。ほんとにいきなりだしな、こっちの都合だし。だから、」 ゆっくり、考えてくれ。微笑むかつての恩師にありがとうございますと笑う自分を天井から見下ろしてるような気分だった。 「これで話は終わり。今日も病院か?」 「はい」 「お大事に」 事務所の前後にすえつけられた引き戸の戸締りを確認していたイルカが廊下でだれかを見つけたのだろう。よう、と話し掛ける声に、あかるい声が返った。 「やだー、先生、ぜんぜん変わってなーい」 「もうおじさんだよ」 「あー、うん、ちょっと老けたかもー」 「……いのブタ、あんたねー」 鞄に荷物をまとめたサクラはすこし左足をかばいながら薄暗い廊下にでれば、案の定プラチナにちかい金髪が見えた。 「あ、でこりーん終わったー?おっそいのよー」 イルカが挨拶代わりの口論を聞いて、毎度毎度飽きないものだとげんなりとする。 「あ、そうだ、サクラ。オレも今度見舞い行くから」 「そうなんですか?」 「ナルトと一緒に。カカシさんも誘うかっておもってんだけどな、あの人なかなか捕まらなくて」 「わたしもあまり会ってないです」 ナルトが退院したからな、快気祝いっていうわけじゃないが、一緒にメシでも食おう、と言ったら、あっさり無視された形のいのが腕組みをして目を眇める。 「なにそれー。贔屓じゃないですかー?センセー」 「いや、お前にも奢ってやるぞ。病み上がりに酒は飲ませないけど」 「奢らなくていいですよ、もう。快気祝いならナルトだけでいいんですし。大体厚かましい女ね、あんた」 「うっさいわね。あーあ、かわいくないのー。奢ってくれるなら奢られてりゃいいのよー」 大げさなため息をついたいのに、もう子供じゃないんだから、とサクラがいえば、わりこんだのはイルカの声だ。 「バカだなあ、ちゃんとした大人だから奢るんだって」 先輩としてな。 相変わらず人好きのする闊達な笑みを見せる。愛嬌というのはほんとうに大事だ。おもわずいのもサクラもほんわりとしてしまった。な、と念押しするように白い歯を見せられて頷かない人間なんているのだろうか。 「ご、ちそうになります」 「やったー。イルカ先生、すごいステキ、どうしたのー?」 「とりあえず、褒めことばとうけとっておくぞ。じゃあ連絡するから。おまえら気をつけろよ」 はーい、と二人そろって答え、アカデミーの戸締りをするイルカに手を振った。友人が持つのはまだ木の葉の里では蕾しかついていない水仙の花だ。 肩口と髪の毛についた水滴をはらいながら、病院のドアを押すと特有のにおいとざわめきがある。 「どっち先に行くのー?」 「私のむりが聞くから、さきにお見舞いいこ」 午前でさばききれなかった病人と病院のスタッフでざわつく外来を通り抜け、結露した窓を横目にすすんでいくと、格子扉の奥にしろいペンキでぬられた鉄製のドアが見える。やってきた二人を見つけたのだろう、すっかり顔見知りになってしまった守衛が立ち上がった。 言われる前に取り出していた身分証がわりの額当てを提示し、ごくろうさまです、と言えば、面会者用のノートが差し出される。毎週土曜日の日付け、自分の名前が並ぶだけで、やはり探す名前はなかった。 (つかまらないってイルカ先生も言ってたし) しょうがないかな、と思いながら口をついて出たのはため息だった。 携帯していた武器類、ほかボールペンやヘアピンなど使いようになっては凶器になりうるものすべてをあずける。筆記用具が欲しいものはここでサインペンを借りるのが常だった。 二重の鍵を開けられ、北棟の中にはいれば、ガラスにも格子が入っていて閉塞感がある。もう霙にもならない雨に濡れて、蝋梅が黄色く咲いているのが見えたが、花時と呼ぶにはまだ遠かった。足音のほか、ときおり医療機器の電子音が聞こえたが、かすかな雨音にただよう人の気配は希薄でどこかさむざむしい。 ワゴンをおす職員に頭を下げ、まっすぐ病室にむかった。 「サスケくん?」 おはよう、といいながらどこか声がすぼみがちになるのは、返事が返ってこないことがやはりひどく遣り切れないからだった。 あまり日の差し込まない部屋のため、暖房が入っていてもしんねりと冷たい。 壁から伸びた酸素マスクのホースに繋がったペットボトルの中で水が泡立っていた。右側、眠るサスケの左側にいくつか点滴の袋が下がっている。 目に痛いほど白い部屋に薄あおいシーツ、散らばる黒髪は記憶の中そのまま、削げた頬のラインや顎あたりに傍にいなかった五年間があった。頑なに閉じられた瞼は夢でも見ているのだろうか、ときどき動いている。寄る辺ない子供のような顔と他人と向き合う緊張をなくして弛緩した色褪せた表情がそぐわず、違うとわかっていても死体のようで構えてしまう。死に間近いものは怖いし、みにくい。 紙袋から着替え用の浴衣を取り出し、ベッドの下にいれる。花瓶にいけていた花の水切りをしようとしていたいのがなんとなくサスケの顔をのぞき込んで首をかしげた。 「あれ、点滴が……」 「もう腕だと血管が弱くなってるから、太ももから入れてるらしいよ」 「だから、着替えが浴衣なのー?」 「うん。前袷だしね。そっちのほうがいいって、看護師さんが」 なんか慣れてるねー、といったいのにサクラは曖昧に笑うだけにとどめた。 汚れ物やすこしあたりを片づけるうちに、ぱたぱたと軽い音をさせて看護師がやってきた。 「こんにちはー、うちはさーん?あら、」 「こんにちは」 「こんにちは。ちょっとシーツ交換と着替えするから、女の子はでてってくれる?あまり時間はかからないと思うから」 言いながら点滴のおちる速さを手早くたしかめた看護師は体温計をとりだした。 「はい、うちはさん、体温はかりますからねー。すみません、ちょっと押さえててくださいね、すぐ戻りますから」 傍らにいたいのに頼んだ看護師は来たときと同じくぱたぱたと軽い足音をさせて廊下に出て行った。 「お見舞いっていってもなにも出来ないからさ、自己満足みたいだけどー」 サスケくん触り放題よー、とすこし上体をかがめたいのは笑った。 「身長とか私とおなじぐらいだったのになー」 「男の子だもの、あたりまえじゃない」 「うん」 ぜえ、と呼吸は苦しそうだ。息でくもった酸素マスクのプラスチック、奥にみえた口腔の粘膜は白くふやけて、というより爛れていた。そういえば喉が渇くから、と看護師が湯呑みとスポイトを貸してくれていたはずだ。 意識はなくても反射みたいなものだから、むせることもないだろう。 「じゃあ私、花瓶の水かえてくるね」 「うん」 「なにか飲み物いる?」 「お茶でいいわよー」 態度でかいのよ、と笑いながらサクラは花瓶を抱えて廊下に出た。 トイレ近くの流しですこしぬるつく茎をひとつひとつ水切りして、洗った花瓶に生ける。かれてしまった花房をおとしていると、シーツのワゴンをかかえた職員と看護師がせわしなく通りすぎ、病室からすこし手持ち無沙汰な感じでいのが出てきた。あっというまにおいだされちゃったー、と笑うのに廊下のすみにあるベンチに歩いていく。 飲み物を自販機で買って、特に話すでもなくぼんやりしていたが、沈黙に耐え切れなかったのはサクラのほうだった。 「サスケ君、どうなるのかな……?」 「処分はいまのところ保留ってことよね。そりゃ、簡単に復帰なんてできるわけないし、捕虜扱いだしねー」 それでも身分証の提示だけで見舞いができるのだから、ずいぶんとゆるくはあるのだ。だが里抜けは禁忌、例外はゆるされない。意識がもどればある程度の回復を待ち、尋問がはじまるのは予想に難くなかった。 「あたしら程度までに、知らされるのかなー、って感じしない?結局さ、ナルトたちが動いたのも、帰還してから把握したし」 「うん」 「やなことにならなきゃいいけどー……」 頷きながら起きなければいいのに、と思った。 起きなければ、ずっと自分の手から無心に水を飲むこのままなのに、と思った。 思って気持ちが悪くなり、吐き出した。 「私さ、……向いてないのかなあ……?」 呟いた声にいのが顔をあげた。 「え?」 「ちょっと、思って」 「……いきなりどうしたのよー?何の話ー?」 笑ったいのは忍者として、とサクラが言ったとたん目つきも顔も引き締めた。 「内勤、なんだけどね、上は暫定的な異動とか、言ってたけど、違うみたいで。こないだ、イルカ先生に、春からも内勤しないかって言われて、でも、わたし、このままじゃ嫌で、こんな弱いのいやで」 だめだ、と思いながら笑おうとして、口元をつりあげるとなぜか視界の端にいるいのが痛そうな顔がする。その顔もぼやけてぶれた。どこか遠慮がちにいのが声をかけてくる。 「……納得、できてないのー?」 「やっぱりね。まだ、すこし」 むり、といった台詞で息を吐けば見開いたままの目から白雨みたいなかるい音をたて涙が落ちた。 「でも、現場に行くには、て、適性とか、な……ない…ん、じゃないのかって、思って。カカシ先生とかは、だいじょうぶ、とか言ってくれたけど……、あんまり、最近、いないし……、会ってないしさ、もう先生じゃ、ないから、よくわか、んないし、こないだの、演習も失敗、するし……ッ」 ぐうっと喉がなってあつい塊が言葉と同時にこみあげ、胸あたりがびくびくと波打った。こらえようと口元を押さえても、悲鳴のような音が止まない。 「シ、シカマルが言うのも、ほんとに、言うとおりで、それは、昔は、サスケ君といたいから、忍者になるとか、言ってたけど、でも、もうそんなんじゃないし」 サスケ君のためなら、と同い年の男の子にぶらさがった。好意を言い訳にして、どこか逃げていた。 「サスケ君がきっかけだった、けど、もう、ちがくて、ちゃんと忍者するって、配属も自分で、希望、だして決めたん、だけど…なのに、できなくって。シカ、マルに、はッ、反論で、きなかったし……ッ、なんか、もう、う、膝うごか、ないし武器もっても手とか、ふるえるし、もう、なんか」 ぬるついた生ぬるい涙がどんどん冷えていく。 「もう、や、なのに。ナル、トとか、サスケ君もせ、折角、う、戻ってきても、また、なんか、なんかあったら、置いてかれちゃうのかなあっ……おも、て。なら、いっそ内勤……はッ、が、いいとか。お母さんも、い、うけど……」 「うん」 「で、でも……ただ、単に、怖いから、楽なほうに、逃げて、んじゃないのかなあ……ッとか、おもうと、私、もう、どうしたらいい、のか」 わかんない、と吐き出してサクラは熱にうるむ目を覆った。 子供っぽいってわかってるけど。 「でも、わたし、また置いてかれるのやだよ……ッ」 『お前が女扱いされるのがいやならそうやってすぐ泣くのよせよ』 シカマルの言葉だ。 だけど行き場のない感情が勝手に出口を涙にしてしまうのだ。 『体力的にどうしたって女がおっつかねえのはしょうがねえよ。でもお前が置いてかれたり守られたりすんのが嫌だって言うんなら、泣くにしてもナルトとかの前で泣くなよ。だからイマイチ嘘くせえし、みんな本気で春野が強くなりたいなんて思ってないと思うんだぜ。結局、そうやって女であることに甘えてるじゃねえかよ』 あまりに正論で言い訳もできない。 『できないことはできないって言われなきゃこっちだって指揮する以上困るんだ。それは別の奴がフォローするし、いまは出来ないんだからしょうがねえよ。だからオレは最初に任せていいかって訊いただろ。そしたらお前は出来るっつったんだ。でも出来なかったよな』 言っている内容に反して、シカマルの声はどこまでも穏やかでゆっくりと優しい。 『いまは演習だからいい。でも演習でできないことが現場で出来るわけないだろ』 頷く。 『悪いが春野がどれだけ頑張ったかっていうのは重要じゃねえんだ。任された以上責任があるんだから頑張るなんてあたりまえだろ。どいつもこいつもそれなりに頑張ってんだ。1か0かだ。結果が評価の基準で、結果がでりゃ経過はどうだってよかった。作戦自体は成功したからいいかもしれねえが、結果がでなかったお前は悔しかっただろうよ。でもそこに、悔しいごめんなさいって泣いてみせるパフォーマンスは必要はあんのか。違うだろ。それより先にお前にはやらなきゃいけないことがあるだろ』 たたみかけるシカマルの横っ面をいのが張り倒した。シカマルはつまらなさそうに片眉を上げた。 『別に俺だって苛める趣味があるわけじゃねえよ。いい加減、春野が履き違えてんのに言わなきゃいけねえから言っただけだ』 シカマルが去った後、あー、紅くなっちゃった、といのはシカマルを張り倒した手をひらひらと振ってみせ、サクラのよこに腰かけて足を組んだ。 『あのさー、あいつ普段、女のくせにとか女がこんなことすんなとか云ってるけどねー、だからって女のことバカにしてるわけじゃないから。あたしもいい加減、あんたのそういうとこむかついてたし、正直いわれてあたりまえだって思ったけど、正論だからっていっていいこと悪いことってあるから手ェでちゃっただけだし。でもさーシカマルの、そこんとこ勘違いしないでね』 『……わかってるわよ、そのぐらい』 ならいいのよ、とつきはなした口調で言ったいのはぽつんと呟いた。 『でもずるいしさー、悔しいわよねー。あたしたちがどんなに頑張ってもひょいって出来ちゃってさー』 体力がない分、技の型はどうしたって男子よりもきっちり整えなければいけない。膝が腕が力の入れ加減を最大限に調整しなければすぐに失敗してしまう。 『……うん』 『でも置いてかれて悔しいって思うんならさー』 『うん』 『むりやりついてけるようになればいいだけよねー』 笑って背中をなでる肉刺だらけの手にうん、と頷きながら泣いた。膝が痛いのだと嘘をついた。 男の子になりたいと思ったことある、と訊けばいのはだってあたし、女よーと笑った。 とても悔しかった。 サスケを連れて帰れなかったあのとき、ナルトは何度もごめんといって泣きそうな顔で絶対連れ戻すから、絶対、会わせてやるからといった。サスケは大丈夫だ、と信じていたナルトこそ泣きたかっただろうに泣けなかったのは、きっとうつむいたサクラが泣いていたからだ。そうやって涙をうばって、ナルトを責めていた。 シカマルもあの時いのに悪いな、と言ったのだそうだ。 謝られる筋合いなんて、本当はちっともない。誰より悔しいのはきっと追いかけた彼らだった。悔しいといって泣いてよかったのは、追いかけて手を伸ばす努力したものだけだ。それがわかってるから、こうして肝心のところで泣いて媚びを振りまわす性さががある自分が本気で嫌いだ。女でいることが嫌なくせに女であることに甘えている。 だから自分は置いてかれてしまう。 同じ土俵にすら上がらせてもらえない自分が嫌いだ。 (強く) 中忍にあがって少しはマシになってたかと思ったが、勘違いだった。でもそれを教えてくれたシカマルが嬉しかったし、気を使ってくれたいのが嬉しかった。人前で泣くことがまた少し減った。強くなったと思ったし、どこにだってついて行ってやると思った。 (強くなりたい) なのに、おいかけてもおいかけても逃げていく月のように全部とどかない。 そっかー、と呟いたいのはしばらくしてから独り言のように言った。 「アンタのスリーマンセルって、…七班だっけ?」 置いてかれたとか、そこらへんのこととか、当事者じゃないからわかんないけどー、といのは前置きをして、かさついた唇を人差し指ですこしなぞり、すこし考えるように視線を伏せた。 「……うちさ、サクラんちとちがってさ、お父さんもおなじ仕事でしょー?お母さん、やっぱりほんとうはアカデミーに行かせるのも反対だったみたいで、いまでもたまに喧嘩とかするんだけどさー、なんていえばいいのかなー、賛成してたおとうさんも、お母さんもさ、いつ忍者やめたっていいよーって。やりたくないんなら、やめたっていいよーって。やめるつもりなんか、モチロンないけどー」 「……うん」 「だからさ、まわりがみんな忍者だからわからないけど、そういう道もあるって言うか。忍者っていったって、医療班みたいに後方支援だけの人員もいるしさ、戦うだけじゃないでしょー?隣にいるだけが方法じゃないじゃん。選択肢があるならー、そんな急がなくていいよ、っていうか。実際さー、焦ってるでしょー?怪我してるとか病気のときとか、どうしても焦っちゃうけど」 言われて、躊躇いがちに頷くといのはくしゃりと笑い、サクラの背中を軽く叩いた。 「ね、サクラってまじめだからさー、逃げって思っちゃうのかもしれないけど、シカマルも言ってたじゃない、できないならできないでしょうがないって。できることをやれって。今はさ、現場はできないかもしれないけど、この先ずっと内勤と、現場とどっちか一個しかできないって訳じゃないでしょー?」 「うん」 「イルカ先生もさ、サクラが合わないとかいってるんじゃなくてさ、ちょっと怪我休みみたいな感じで言ったんだと、きっとおもうよー?今は怪我してるし、膝なんてきちんと治さないと、ずっと故障しっぱなしになるところだしー、まだ、17だしさー。復帰はいつだってできるんだから、焦んなくたっていいじゃんって、あたしは思う」 って、親の受け売り―、と笑う友人が一番うらやましくて一番きらいだった。いつだってうつむいたサクラの手をひっぱって、世界を広げてくれる。 「ほら、サスケ君ところに行く前に顔洗ってきなさいよー。ブスがどんどんブスになるわよー」 うるさい、と言いながら声はやっぱりしゃがれてしまって嗚咽になった。 強くなりたい。 強くなりたい、つよくなりたい。 さよならとおなじありがとうなんてもう二度と言ってほしくはない。 そんな哀しいことしか言えなかった彼はほんとうにかわいそうだ。 ならもう二度と言わせない。 だから欲しいのは、泣かないとか、そんなことではなくて、もっと違う、しゃがみこんでも歩き出せるような、風に消えかけたともし火が手のひらの中でまた燃えあがるような、ちいさくかすかな火花、そんな力でいい。涙でとじた瞼を開くだけ月まではじめの一歩を踏みだせるだけ、いつか誰かの背中をたたけるよう明日には笑えるよう、ほんのすこしでいい。 強くなりたい。 ふいに病室のほうが騒がしくなり、いのとサクラは顔を上げた。 |
「天欠く星」/サクラ |
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