『1時よりクラス委員会議があります。各クラス委員はA棟2階第3会議室まで集合。くりかえします』 ぶれがちなスピーカーからもれた連絡に、購買のまずいサンドイッチを詰めこんでいたサスケは眉をしかめた。教室の正面、黒板の上にある時計を見ればあと七分しかない。目の前で弁当をかきこむ友人を見た。 「キバ。おまえジャージ持ってねーか」 「あるけど何で?」 「5限、体育だけど忘れたんだ。会議の前に着替えてく」 「あー、でもTシャツ一枚しか持ってきてねえのよ、うちのクラス3限だったから、もう使えねえぜェ」 「いや、ジャージだけありゃいい。Tシャツは部活ある奴にでも当たってみる」 「じゃ、ちょっととってくるわ」 「悪ィ」 まったく態のいい雑用係だ、クラス委員という奴は。文化祭がちかづいているせいか、最近クラス委員の招集が多くて面倒くさい。始業式の日に、そこそこ知り合いが集まったクラスだったのが最低だった。面倒くさがって立候補する奴がいるはずもなく、クラス担任の海野イルカが「推薦でもいい、自薦他薦問わず」とかいったせいで、気がついたら押しつけられていたのだった。 女子の委員である春野サクラがいれば、頼むこともできたかもしれないが、彼女は今日具合が悪いとかで早退している。男子のサスケがサボるわけにも行かなかった。 とりあえず水気の少ないサンドイッチをウーロン茶で流し込み、まだ袋を開けていないカレーパンは革鞄にぶち込んだ。ひしゃげるが、仕方がない。のこり五分。 「おい、サスケ」 「ああ、サンキュ。洗って返すな」 キバが投げてよこしたビニール袋を受け取り、とりあえず下をはきかえる。しかしTシャツがなかった。サスケは顔をしかめる。Yシャツにジャージはいかんともしがたい組み合わせだ。 「男バスか男バレの奴いなかったか?」 「あー、運動部の連中は一年生大会近いから早弁して昼錬行ってるよ。うちのクラスも空」 「……」 当然のことながらサスケのクラスも空だ。部活にはいっている連中は部室で食べたりすることが多いため、教室にはしぜん帰宅部が集まる。運動部の連中は余分なTシャツをもっていたりするが、帰宅部の連中は一枚しか持ってないのだから、借りれるわけもなかった。憮然とするサスケにキバはいつものとおり犬歯の目立つ顔で笑い、目を細めた。 「生ジャって気色悪ィよなァ、通気性悪いし、ひっつくし」 「購買でシャツって何円だ」 「二千円。ボッタくってるよな」 「……チィ」 「洗って返すんなら、生ジャでいいって」 「この炎天下にか」 「ま、いーじゃんか、どうせ剣道なんだし」 屋内なんだからまだマシだろ、と言う相手にサスケはため息をつくとチタンフレームのメガネをはずし、ワイシャツの裾をもってボタンを一気にはずした。残暑厳しいこの季節に暑苦しいことこのうえないジャージに袖を通し、じかに感じる生地の感触にすこし顔をしかめ、心安めに肘まで袖を捲り上げる。視力がおぼつかない分、かなり不機嫌そうな顔に見えた。メガネをかけると体育館用シューズと、会議に必要だろうファイルを抱える。 「じゃあな」 「おー。ご苦労さん」 「じゃあ変われ」 「面倒くせー」 友人の口癖を真似たキバはその背中をひらりと手をふって見送り、となりの机の上においてあった週刊誌に手を伸ばした。 木の葉中は3棟の建物でできている。おもに本館、あるいはA棟とよばれる多目的ホールや職員室・会議室、各課の研究室のある建物、クラス棟とよばれるB棟、それから音楽室、LL教室や理科実験室など、特別教室のあつまっているC棟だ。体育館の傍には併設して各部の部室と尚武館とよばれる建物があり、剣道場や柔道場は尚武館にあった。 第3会議室までついたサスケが後ろのドアから顔を覗かせると、生徒の教室とちがい、きっちりとつけられたエアコンの涼しい空気が撫でた。3学年六組AからFまでのクラス委員のうち、半分ほどが集まっていた。一学年で男女二列、クラス順に縦で窓際から廊下へ、よこに一年、二年、三年と並ぶ。一年F組のサスケは窓際の一番後ろだった。書記に出席をしらせるため名前を告げてから、指示された席に向かえば、その一つ後ろに地理教師の見なれた胡散臭い笑顔がある。 「……」 クラス委員顧問のはたけカカシは目礼したサスケに目を細め、かるくこんにちは、と言った。 「春野さんは?」 「具合が悪かったみたいで四限で早退」 「つぎ体育?」 「ハイ」 「いま、なに」 「剣道」 三年のクラス委員議長が議題にかんする多数決をきめるため、ばらばらと挙手する合間に訊ねてくるのにサスケは眉をしかめた。 昼休み終了十分前に終わった会議にばらばらと人が立ち上がりだす。やれやれとサスケも荷物をもって廊下に出れば、また後ろから声がかかる。 「悪いんだけど、先週やった小テストの答案、地理係にわたしておいて貰える?」 たしか6限はこいつの授業だった、と思い出し、サスケはため息をついた。午後の社会あるいは国語、しかも体育の後ほど眠気を催す授業はない。 幸い、カカシの机がある地理研研究室は第三会議室と同じ、A棟二階にあるため、体育の始業時間にはじゅうぶん間に合う。 「相変わらずきたない部屋ですね」 「はは、まあね」 地図やら地球儀、年代物のタバコのヤニで黄ばんだパソコンやプリント作成用のワープロの傍には資料集や地図帳がうずたかく積まれていて、雪崩れを起こさないのがふしぎだ。コーヒーメーカーや急須、電気ポットはまあいいとして、どう考えてもおかしいのは本棚にびっしり詰まっているのが授業用の資料やビデオより、文庫本や新書が多いことだった。 「……私物化しやがって」 「なんか言ったー?」 ダンボールが山積みになった書架の奥、地震がくれば即死まちがいない。窓からはブラインドに遮られた光が差し込んで、奥にあるカカシの机を照らしている。クラス名を書いた付箋つきのプリントの束をたしかめ、地理係用の連絡事項を書いていたカカシがダンボールの向こうから顔をあげる。サスケは何も言ってないです、と返した。 「じゃ、これヨロシク。それとこれ」 プリントと一緒に差し出されたのは白いTシャツだった。 「どうせ体操服忘れたんだろ。お前」 犬塚、と書かれた胸元の名札をカカシの指が撫でるのに、肩が緊張する。ドアはちゃんと閉まっているのだろうか。この男が簡単にへまをしないのはわかっていても、心配するのは仕方がないだろう。すこしでも第三者に匂わせてしまったら終わりなのだ。 「でも」 「あー、これ四年前の忘れ物だから時効。一応洗濯してあるし上下ジャージじゃ暑いだろ。あげる」 それに、と男の爪が喉元まであげてあるファスナーにあたる硬い音がした。タバコをすうためにすこし爪の先が黄ばんでいるのを知っている。メガネの奥で眉をひそめたサスケがすこし体をひくと、困ったように笑い、手を下ろした。そして声をひそめる。 なんかやらしいから着てくれる。 ちょうど始業五分前のチャイムが鳴って声のほとんどは聞き取れなかったが、じゅうぶんだった。ジャージにつつまれただけの上半身がとたん心もとないのは、このエロ教師のせいだ。 「……あんた、アホか」 「好意はすなおに受け取りなさいね」 思わず外向きの敬語もわすれたサスケにくっくっく、と喉の奥で笑う男はじつに満足そうだ。癪に障ったサスケはプリントとTシャツをひったくって小脇にはさんで出口に向かう。A棟から剣道場のある尚武館までは中庭をはさんでけっこう距離がある。そろそろ行かなければ間に合わない。カカシも五限のクラスに向かうため、名簿や資料をまとめに地理研の奥にある机の方に顔を向けた。 「――あとで返すからな」 「ん?」 失礼しました、と言うか言わないか、カカシが顔をあげたときにはもう地理研の引き戸はぴしゃりと閉ざされてしまった。人気のない廊下に遠ざかる上履きの足音だけが響く。 プリントの束をまとめながら、ひさしぶりのお誘いにカカシの口元がゆるんだ。 まったく素直でない。 (口実がなくたって来ていいのに) 理由なんて尤もらしく簡単につくってあげるのだから。 |
「昼休み」/カカシサスケ |
委員長サスケ、ふたたび現る。 |