あ、もう時間、とたちあがったナルトはノックもせずに奥のドアを開ける。がたっとたちあがったサスケに目をまばたきさせ、何してんだといえばサスケは不機嫌そうに顔をしかめただけだった。

「せんせー!カカシセンセー起きろってばよ!1時間!」

マットの脇をつかんだかと思うとナルトは顎をしゃくる。あと五分、とうめくのをききながらサスケはナルトのそばによると、ここ持って、と指示されるのにしたがった。

「おーきーろー!」

どっすん、と重みのある音とゴロゴロなにかが転がる音、足元にころがったシーツの塊りが低くうめいた。

「時間通りに起こしたってばよ!」
「…やってくれるね。あいたた」

イルカ先生、おやつー!といってナルト先生は駆け出した。ひっくりがえされたマットから放り出されたカカシは顔をしかめて頭をかきまわし、顔をこすった。ごろりと横向きにころがって肘をつき体を起こそうとしたところで、裸足の足をみつける。足首をつかむと息を飲む音が頭の上から降ってきた。

ごつ、と蹴り飛ばされてカカシは床に額をうちつけた。

「いた、ひど、ちょ、踏むことないでしょ!」
「うるせえ、放せ!」

あんまりな怒鳴り声に寝不足寝起きの不機嫌もあって、カカシは小さく舌打ちをすると掴んだままだった華奢な足首をひっぱる。

「ッ」
「あんまりうるさくしないでよ」


















恋人は危険な暗殺者2











背中をうちつけて息がつまったサスケが気づいたときには、体のしたに引きずり込まれていた。 寝起きの頭に響くのだと手前勝手をいいながら足首をつかんだまま両足のあいだに胴を割り込ませれば、横向いた少年の首筋が淡く光って見えた。黒髪からのぞき、まだ熟すまえの果実のようにあわい産毛につつまれたなめらかな膚に唇をよせると、咲き初めの薔薇のような色をした唇がちいさく息をもらすのがわかった。

「……ッざけんな、どけ」

だのにもれきこえた言葉は甘さとは程遠いものばかりだ。どんなに追いかけても手の中から逃げていく、まるで月のようだ、とため息をつきながら、カカシは指どおりのよい黒絹の髪をかきわけ貝殻のような耳朶に唇をおしあてた。

「よせ」

掠れた声音は震えている。白磁の肌があわく色づいていくさまを見つめていると、ふいに果実のような青く甘い芳香がかすめる。なにかつけているのだろうかと思いながら唇を這わせればますます悩ましく香りたち、カカシを酔わせた。

「よせ…カカシ」
「なにかつけてる?」
「……?」
「すごい、いい匂いがする」

いつのまにか腰まわりの布をたくしあげていた指が侵入してくるのにサスケはあわててカカシの手首をとらえた。どけて、といわれてもどかせるはずもない。足首をとらえていた足がはずされ、悪戯な手が膚を撫でるのに顎をそらした。必死でおさえつけても幾度も首筋にキスをおとされているうちに力がぬけてくる。

「ぁッ」
「相変わらずここ好きなんだ」

うすく汗をうかせ潤みだした膚をなでていた掌、のばされた指先が胸の果実をかすめたとたんあがった高い声にカカシは笑う。一度二度、くすぐるようにしただけですぐに弾力をまして指先をはじいてくる、こりっとした感触を楽しみながら睫をふるわせるサスケを見下ろした。

「や……、んッ」
「あーやっぱ、いい匂い」
「バ、カかッ……ィッ」

罵ったとたん、きつく摘まれて胸をそらした。痛いほど熱をもったところからぬるりと伝い落ちる感覚にサスケは足を力なくふるわせるしか出来ない。

「なに、考えてんだ…ッ」
「んー?」

ぴちゃりと耳朶をはまれ、舌をさしこまれるのに今度こそ高い声が喉からほそくもれた。そんな声ださないでよ、と言いながら不埒な手はとまらず、サスケの肌をなお高めていく。おおきく開かされた足の間、興奮のきざしはみせないもののカカシのものがつよく押しつけられる。それだけでまた新たな蜜が溢れるのを感じた。はりついた下着のぬるついた感触さえも甘い毒になってサスケの頭を冒していく。

「まだ明るいのにそんな顔しちゃって」
「なら、よせ」

乱れた息の合間から漏れた言葉にカカシは目をすがめると、服の裾にさしいれていた手を抜きゆっくりと体をはなした。腕だけで床をあとじさったサスケは体をおこし、胸元までまくれあがっていた上着をおろす。弄られてかたくとがりきった突起の先端をかすった布地の感触にかるく眉根を寄せると見つめるカカシの視線とであった。

「なんだよ」
「おまえさ…」

顎のあたりをかさついた指がなでるのに、サスケはちいさく肩をすくめる。ようやく落ち着きをみせだしていても、カカシの指先ひとつで官能の蛇は頭をもたげ、サスケを捕らえてしまう。よせ、とようやくにもう一度つぶやくと、あまり体温を感じさせない指がはなれていった。うすい唇をシニカルにゆがめたカカシは短く嘆息したちあがる。

「なんでもないよ、起こしてくれてありがと」

髪をかき回す指は犬を撫でるのと同じで、サスケをあれほどまで乱した指とおなじとはとても思えない。ドアの向こうに消える猫背をみおくったサスケは幾度か首をふって、惑乱の名残をおさえつけるとゆっくりとたちあがった。









「自分で指定しといてなんで遅れんですか、あんたは」

はいはいごめんねと言いながら向かいの椅子にすわったカカシをゲンマは見やる。砕けた青磁はきれいにかたづけられ、あたらしい瓶には零れそうなほど赤い花をさかせた石楠花がいけられている。カカシは答えず、おいてある水差しから茶碗に水をそそぎ飲み干している。まったくよめない横顔をみてゲンマは口元をわずかにゆがめた。機嫌わるいでやんの、とぼやいてからドライバーを回し、ばらしていた銃床をもとのとおりはめる。

獣の骨をおもわせる重厚なボディ、ステンレス製、S&W社の44口径のM629だ。シリンダーに装填された弾丸を確認し、ばちりと戻すとグリップを幾度かにぎったゲンマはホルスターに装着すると、椅子にかけた。

「取引は?」
「13時からの予定だったんだけど、くりさげで18時から」
「どこでですか?」
「テンプルストリート、サスケも連れてく」

いって茶碗をおいたカカシにゲンマはなんでまた、と眉をひそめた。

「あんなガキつれてってどうすんですか、まったく」
「面通しさせるから。……聞こえてるでしょ、一時間後にでるから準備しときな」

廊下にたちつくすサスケに言い置いたカカシはジュラルミンケースをどさりと隣の椅子に放り出すや押し開ける。金属製のケースからとりだした弾丸、薬莢をいちいち確認し不備がないことをたしかめてからゆっくりと弾を込めていく。ワルサーPPK、32口径148mm、570gと軽量のためスマートな操作を可能としているモデルだった。

「サスケをつれてくんですか?」
「ええ、それがなにか」

イルカが渋面をつくるのにカカシは淡々としたものだ。防弾ベストを着込み、スラックスの脛に弾丸を装填したカートリッジをくくりつける。

「危ないでしょう」
「イルカ先生、必要なことなんです。こいつがいればこの任務が今日にも終わる。それにね」

作戦の指揮をとるのは俺なんです、とカカシは言うと淡々と準備に戻った。イルカが怒りだしそうな気配にため息をついたカカシはサスケの腕をつかむと引き寄せる。

「こいつが必要なのは最初の一分だけです、ターゲットの顔に見覚えがあるかどうかだけだ。あとのことは全部俺とゲンマがこなしますよ」
「じゃあサスケはどうするんですか」
「あんたが守ったらどうですか」

なんだその言い草は!と眉を怒らせるイルカに反してサスケは無表情のまま口をひらいた。

「別に守ってもらう必要はない」
「言うなよ、ガキが」

なかばあきれたため息をついたゲンマにサスケは凪いだ眼差しをむける。生意気な奴だなあと呆れカカシを見るが、カカシは知らぬ顔で仕込みナイフや装備を確認している。

「要らないっていうんなら要らないんでしょ。いずれにしろ予定は変わりません」







モンコック、男人街とも称されるテンプルストリート。ビルの彼方に暮れていく香港の残照がビクトリアピークを金色にかがやかせていた。男性向けの衣料品や生活用品、剥き出しのアスファルトを埋め尽くす露店の裸電球が宵闇にかがやきだし、行き交う人々の顔を照らす。食べ物の饐えたような匂いと落ちる花をおもわせる甘く重い香り、とびかう広東語と英語に、なげだされる紙幣、風にまぎれてきこえるのは広東オペラだろう。

夜を染め上げるネオンの極彩色、ふと裏路地に入ろうものなら誰も気づかぬうちに闇にのまれる魔窟のようだ。

はぐれるんじゃねえぞ、と振り返るゲンマにサスケは柳眉をひそめる。うるさいよ、と笑いまじりの声が振ってくるのに見あげたが、海風に髪をあそばせるカカシの表情は翳ってサスケからはよく見えない。

(別に利用されているわけじゃない)

つれてこられたのは夜も若者でにぎわう信和中心という四階建てビルの向いにある貸し店舗だった。空になってから数ヶ月は経っているのだろう、不動産業者も手入れをおこたっているのか、修繕しかけの天井からはコードがぶらさがり器材がビニールシートもかけず放り出され埃をかぶっている。

ゲンマとカカシはがらんとした貸し店舗をぬけると裏手の階段を上がり、もとは居住スペースだったらしい部屋にはいりこんだ。いかんせん老朽化がはげしく、床板が軋みをあげる。簡素ながらキッチンやバスルームがついていた。だが二人は中のことなど目もくれず、土足で部屋をすすむと窓際にはりついて見下ろす。やすっぽい花模様がほりこまれた擦りガラスにネオンの明りがにじんでいた。

「サスケ、こっち」

ともったのはマグライト、照らし出されたのは一葉の写真だった。ランタオ島だろう、いまはもうほとんどない水上住居が写真の奥のほうに写っている。手前の露店がだしているテーブルにこしかけ、新聞をひろげている男の顔がみえた。視線もあわず、ほかの焦点が極端にぼやけていることから、たやすく遠方からの撮影だろうと予測がつく。

「この男に見覚えはある?」
「ツァイと名乗ってた。チェンの古参の子飼いだ」

ビンゴ、と呟いたカカシはさらに問いかける。

「どんなポジションだった?」
「斡旋」
「…なんの」
「人間。俺も世話になった」

サスケの台詞にゲンマは口中で短く罵る。そういえばチェンの愛玩物だったのだと思い出すが、どうみても単なる子供だ。性的に扱うなんてとんでもない。男や女といった嗜好に文句をつける気はなかったが毛も生えていなさそうな子供はごめんだ。

「あたりみたいだね」

ぱちんとマグライトの細い明りが消され、響くのは淡々とした声はカカシのものだ。それじゃ行きますか、と立ち上がった。

「とかいって海に放り込まれないでくださいよ」
「あれはね、油断してたの」

その油断が命取りでしょうが、とゲンマもまた立ち上がった。見あげるサスケにカカシは振り返る。

「おまえはここで待ってな、30分もかからないから」



























「ルビーにくちづけ」/カカシサスケ













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