だめ、いまさら、と口調と声音ばかりやさしくひどいことを言って、こめかみに唇をおとしてくる。もがいても酔って抜けた力ではろくすっぽ抵抗になりもせず、身をよじるだけだった。いつのまにまにかシャツの下にすべりこんだ手が肌のうえをじかにさまよって、脇の下や肋のういた皮膚がうすいところを触るたび体が跳ねた。顔や耳の周りの空気だけが熱くなってうまく息ができず、苦しさに口があいた。 「どこ……さわっ」 ぴんとはじかれた乳首に驚いて見あげると、ゆっくり眼を細めるのが色がわからないくらいの暗さのなかでもわかった。笑う。 「っ」 続けざまに指先を動かされ、つぶすようにされると粟だった肌にじわりと汗が浮いて体を返してうつぶせにして体重をかけて脇で腕を押さえつけた。だがわずかに笑う気配がして、指の腹でじっとりこね回され肩がはねた。 「……っ」 尖りきったのを楽しみ押し込むように幾度もつぶされる。耳殻に湿った唇が落ちてきた。 「ここ」 「ぅっ」 「左のが好き?」 腰のあたりにあたる固い熱がなにか気がついて背中が引きつる。ぐりっとあからさまに押し当てられて体がすくむ。腰のあたりがやけに涼しいとおもったらいつのまにシャツを完全にまくり上げられていて、眼をみひらく。背中に唇が落ちた。 「ぅ、う―――」 シーツにこめかみをすりつけてサスケは奥歯を噛みしめる。頭かくして尻かくさずだねと呟いた声は幸いにして混乱の真っ只中のサスケの耳には入らなかった。入っていたらとにかく仰向けになろうと努力したに違いない。だが努力したところで完遂できたかは疑問ではあるし、不可解な行動を阻止するという目的を達成できたかも怪しかった。つまりははじめから敗色濃厚だったのだ。 「あ」 湿ったあたたかな指先が、かきわけてもぐりこむ。うすい皮膚をたどられてさぐろうとする動きは生まれてこの方、想像もしたことがない触れ方で狼狽えている間中、首筋にいくつも接吻けられる。 「あっ」 ぬるぬるになったところをダメ押しに親指でつぶすようにされ下腹がおかしな具合にひきつって、とうとう下着の中に出してしまう。 太陽が目をつむる 1.さよなら純情 シャワーヘッドからだしたばかりのなまぬるい水が冷えながら耳の横をとおり顎で雫をむすんで足元におちていく。水圧が低いのか水はもつれるように落ちて、タイルをぬらし朝の光のなか白く煙りだす。うちはサスケは瞬きをひとつする。 頭が痛いのは二日酔いのせいだけではない。胸のむかつきも。 タイルに額を押し当てれば骨の硬さと冷たさが沁みるようだ。 (……落ち着け) 落ち着け、といいながら屈みこんで石鹸にのばした手首に指の痕、水を浴びて歪む像をうつす鏡のなか首筋にやや紫がかった噛み痕が視覚を容赦なく叩いてくる。瞬きもろくにできない。乾燥して痛みを訴えてようやく、油のきれた機械のようにぎこちない瞬きができる。 肩でなく腹で息をはいた瞬間なまぬるいとろみが腿まで伝って冷えて落ちる、言いようのない感触。タイルを汚して水に流されていくのに声も出せずにうちのめされて、曇り硝子ごしの空もあかるい浴室の中、芯の折れたボロ傘のようにタイルに膝をつく。 ささいな身じろぎのたび乳酸が溜まっているとわかるほど軋む太股の内側や擦られすぎてすこし腫れたようになっている所がどこなんて考えたくもないし、歯型がどう考えても女のものより大きいだとかも気づきたくない。 ナイロン製のタオルに石鹸をこすり付けて皮膚をけずるような勢いで洗い出す。途中ひきつれるのにタオルを持ち替える。絨毛にこびりついた白いかたまりが水にふやけてぬるつき、なじんだ匂いが鼻をついて息が詰まる。 水圧がもどったのかシャワーがいきなり勢いをまして、妙なところに跳ね返る。まともに顔にかかって咳きこむ。口元を押さえてため息をつけば湯気はあまりに白くぼやける。断片の記憶が嘘ではないといやおうなしに告げてくる。 男とやってしまった。しかも確実に掘られた。 サスケはほんのすこし泣いた。 生垣にからみついた夕顔のつましい淡さが目につく。夏至を過ぎて日が昇ればまもなく影をふかくする陽光に映える、熱帯を思わせる凌霄花や薔薇といった原色の花々は鮮やかに過ぎてアルコール浸りの眼には今毒々しいものとしか見えない。曇り空なのは気分に似合いでありがたかった。磨きあげたような夏空をいま見たら落差に泣いてしまいそうだ。 (合意だった。たぶん) たしかに酔っ払ってはいたが前後不覚というわけではなかった。いまからキスするよ、というのを自分はたしかにきいて、拒むでもなかったのだ。 ポケットにむき出しで入れっぱなしの硬貨がじゃらりとなった。手持ち無沙汰に取り出して数える。けっこうな額があった。シャッターが下り、ゴミ袋が電柱脇に積みあがったそばを鳩がおぼつかなげに歩いている。どこかでカラスの声が聞こえるのに顔をあげると点ったままの一楽の赤提灯がとおりの先に見えた。こぼれている明かりとゆっくりとあがっている湯気に随分と空腹なことに気がつく。 屋台の暖簾をくぐるとパイプ椅子に腰掛け新聞をみていた店主がたちあがっていらっしゃい、と短く言ってからお冷とお絞りを差し出しながら悪いんだけどね、と言う。 「しょうゆしかのこってないんだけど」 「ああ。それで」 閉店間際であることはよくわかった。夜通し酒を飲んで騒いだ連中が最後に立ち寄る時間も終ろうとしている。グラスを持つ指先がかじかむほど冷えた水を飲んでいると気分はだいぶ落ち着いてきたようだ。 お待ち、といって丼が目の前に差し出されるのを受け取る。頼んでいないはずの焼き豚と煮卵が入っているのにどうもと礼を言うと、どういたしまして、と皺のよった口元をすこしもちあげて顎をしゃくった。 「暖簾、下げていいかい」 「どうぞ。こちらこそすみません」 「ごゆっくり」 噛みしめたラーメンは本当にうまかった。飢渇がやすりのように体の内側を削っていたことがまざまざとしれた。いつもはほとんど飲まないスープを半分ほどのんでようやく人心地がつく。 「あれ、おっちゃん、もう終いー?」 「もう玉がないからね。スープはあるよ」 「明かりがついてたから顔だしただけだってばよ!お疲れさま!」 暖簾の後ろから聞こえた明るい声にサスケはゆっくりと首をめぐらせる。お、と眉をあげたおなじみヒヨコ頭の友人はにっと白い歯を咲かせた。毎度おなじみうずまきナルトだ。 「なんだよ、サスケ!昨日は早々につぶれた癖してよー」 「……おう」 「ってまだ酒のこってんのか?」 「おまえこそどうしたよ」 きくなよ野暮!といって頬をほんのり染めて隣に腰をおろしたナルトは至極上機嫌で、いまさらおまけでつけてもらった焼豚の脂身がもたれるような気がしてサスケは無言でお冷のグラスに口をつけた。 つきあうのか、ときこうとしてやめた。なにも自ら傷口に塩をぬりこむ真似なんてしなくていいはずだ。鼻の奥のどの奥がやにわにせばまって目頭が熱くなるのに、泣く寸前だとぼんやり思う。 「なんだよ、なんかお前テンション低いなあ」 「こんな朝っぱらから高くしてられるか」 機嫌わりイなあ、八つ当たりすんなよ根暗、と唇をとがらせたナルトはスープの器を両手で大事にもって唇をつける。正真正銘てめえのせいだ、と内心だけで呟いてサスケは空になったお冷のグラスをカウンターに置いて、回想にはいった。 その日は朝からついていない一日だった。 火影岩を間近にのぞむ、里長の執務室。 「結果だけ端的にいうが、おまえに受験資格はない」 別にはなから申請が通ると思っていたわけではない。面だってでてきはしないが火影といえど独裁者ではなく、意見番や世話役にちかい長老連中がまとめて反対にかかれば太刀打ちすることはできない。 五代目火影であるツナデはナルトに甘いこともあって目こぼしをされたようなものだとサスケはきちんとわきまえている。たとえ一族を皆殺しにされた敵討ちといえど、一度は里のために死ぬとちかった忍が私闘のための里抜け、あげく三代目火影を死に至らしめた抜け忍の大蛇丸に師事したとあっては、里に再び迎え入れられたのだけでも破格としかいいようがない。 つきかえされた封筒には申請書類が入っているのだろう。封筒に却下の赤印が押してある。あげた申請は今期の上忍試験受験への志願書だ。特別上忍以上三名、あるいは上忍二名以上の推薦と本人の志願によって為される試験は中忍試験のように大々的におこなわれるものではなく三ヶ月試験官によって任務をこなすことで行われる。 「却下の理由は?」 「時期尚早。要するに信頼にたる実績がない。反論は」 あるかと訊かれればありません、という以外になにもできなかった。下忍中忍は里の主力部隊になるが、そもそも主幹となる上忍がお粗末では話にならない。 「試験を受けさせて落とせばいいだけの話ではあるんだがな、試験内容が実務に係わる以上不適と判断された」 実務となればランクは当然のことながらAランクに跳ね上がり、里の機密にも係わることが多くなる。 「おまえを信頼してないわけじゃないし、飼い殺しにする気もない」 「わかってます」 「だが、数年は待て。意味はわかるな」 せっかちは血筋とか言うなよ、とツナデは話をしめくくりサスケの退室を促した。 「任務は適当に回してやる。せいぜい、がんばりな」 「ありがとうございます」 ドアが閉じるのを背中で聞きながら廊下をあるきだす。 遠まわしに足場を固めるだけの機会はあたえてくれるといっているのだ。おそらくツナデができるのもその程度なのだろう。手っ取り早くツナデの意見が尊重されるだろう火影直属になる暗部に入るという手もあるが、タカ派と名高いダンゾウの息がかかっている「根」の連中も多く下手をするとツナデが睨まれることにもなり無用の騒ぎをもちこむことになるだろう。 「サスケ!」 おおきな声に振り向けば欄干に降り立った影が斜陽にながく伸びた。ずかずかと大股に歩みよってきたナルトがサスケの腕を掴む。同期連中がそろって時間をとれるのが今日ということで久しぶりに集まることになったのだ。 「おっまえ、おせえよ。他の連中、とっくに移動してんぞ」 「ああ」 ナルトの首元でゆれる首飾りが光をはじく。いつかの夜にナイショだけどよ、と声をひそめてナルトは誇らしげに言ったのだ。 『これ、ツナデのばーちゃんに貰ったんだ。火影になれってよ』 だからツナデにいま火影を退かれては困る。むしろツナデにこそ確固たる足場をかためてもらわねばならなかった。 (まあ、たぶん気づかれてるんだろうが) 足場を固めろとはつまりはそういうことなのだろう。 (別に、今年だけしかチャンスがないわけじゃない) 堪えろ、とサスケは内心呟いた。 西へとおちかかる太陽は眼下に連なる甍も雲もなにもかもを金色に染め上げている。行こうぜサスケ、と振り返るナルトが笑って欄干から飛び降りる。束の間、眩しさに目をほそめていたサスケも欄干から宙に身をおどらせ夕闇の町をかけだした。 だが気分をいくら入れ換えようとしたところで、落胆を自分自身に誤魔化すことは難しい。始まってからすでに二時間はたっていい加減酒もまわりきったらしく店の一角はけっこうな騒がしさだ。 厨房から聞こえる皿がたてる高い音や水音を通り過ぎ、有線ラジオのスピーカー近くにあるトイレにサスケは歩いていく。うすぐらい明かりの男女兼用のトイレは使用中のためか鍵の部分が赤くなっていたのに壁にもたれて目を瞑る。店内に一つしかないため待つしかない。サスケでも知っているような有名な曲がはじまり、つらつらと追いかけた。 (にしても長いな) 先客は羽目でもはずしすぎたのか、もしかして中で寝てるのではないかとサスケはいらつきはじめる。かといってノックをして催促もできず目をあけてため息をついた。喉元をゆるめるが、酔いでまわった熱はしばらく冷めそうになかった。 ようやく先客が終ったのか足元におちた光に目をあげる。顔をあげるとあれ、と目を丸くした知り合いに、よう、といつもどおりいった自分は結構なものだと思う。悪戯を見咎められた子供のような笑いをはにかんではりつけたナルトの後ろ、やたらと髪をなおしている華奢な女を一瞥して、ああ、と目を細めた。嘔吐していたわりには血色がよすぎる。 「……わり」 「いや」 辛うじて言葉を返せた自分を褒めてやりたい。どことなしにおぼつかない足取りの女を支えるようにしてあるくナルトを見送ったサスケはやれやれとため息をついて個室にはいり、窓を開けた。 (それで自棄酒食らって掘られたと) 「……はは」 「なにいきなり笑いだしてんだよ、サスケ」 大丈夫か、ときかれてなんでもねえ、と返す。ふと下げられた時計をみてサスケはカウンターに肘をついて体を起こした。 「もう帰んの?」 「そりゃな。おまえ今日早番だろ。遅れるぞ」 「げ!サスケは?」 「俺は非番」 「裏切りもの!ばーか!うんこ!」 おっちゃん、ご馳走さま、といったナルトはツケといて、店主に笑うと飛び出していった。 俺払います、とサスケがいうと店主はスープだけだし、と笑って手を振ってしまう。暖簾をくぐってしばらく歩いたところで、サスケェ!とナルトの声が聞こえた。 「これ!やる!」 とおりの先、曲がり角から走ってきたナルトが腕を振る。回りながら飛んできたものを掴みとれば、よく冷えたスポーツドリンクの缶だった。自販機で買ってきたらしい。じゃあな、というとナルトはあっというまに屋根に飛び乗って走っていってしまった。 うつむいて、サスケは眉をひそめてどうにか笑った。汗をかいた缶から沁みるような冷たさが気持ちいい。プルトップに爪をかけてあけると、ぷしっと軽い音がした。 「相変わらず、元気だねえ」 のんびりと聞こえた声に顔をあげると、猫背の男がたたずんでいた。いつも左眼をかくしている額宛はしておらず、いつもきている標準装備のベストもしていない。 「黙っていなくなんないでよ」 「……悪い」 「言っとくけど、同意だからね」 「わかってる」 わかってるから死にそうなんだとサスケは呟くと、カカシは、はは、と笑った。 「傷つくなあ。結構ひどいこと言ってる自覚ある?」 笑い含みのなんでもないことみたいに軽い口調で言われて、慌てて顔をもちあげる。 「……わるい」 はは、まじめ、とカカシは笑う。思い出したようにサスケは缶に口をつける。甘みとわずかな塩分、喉をおちていく冷たさに思わずため息がでる。正直、酒びたりになっていた体にはありがたい水分だった。一口ちょうだい、という声に目をあげる。灰に緑がちらばったような虹彩の眼が、ふと色を深くした。わずかに笑う。 あ、くわれる。 思い浮かんだ五文字が「あ、食われる」に変換している間に、唇にあたたかいものがおしあてられて、口付けされているのだと気がついた。呆気にとられて眼を瞠っているうちに、ゆっくりと下唇を唇で食まれる。一気に首筋を駆け下りた悪寒に似たなにかに指先が引きつって、たまらず瞼を閉じた。 |
「さよなら純情」/カカシサスケ |
ナル←サスなカカサスです。 カカサスで終ります。 ちょこっと続きます。 next |