長い眠りから醒めた。
カーテンが幾度もひらめいて、まばらな光の輪が瞼の上を唇を頬を音もなく撫でていた。雨に打たれた新しい土と草の青い匂いがかすかにしていた。 風を孕むたび隙間からのぞく大きな窓、どこに太陽があるかもわからないうす曇りの空を見つめ、それから眼球だけを動かしてベッドの脇をみつめた。 落下防止のためにあげられた白い手すりのむこう、数十センチ離れたところに二つならべたパイプ椅子の上で横向きに腕を枕にしている少女ともう一つベッドが見える。穏やかな寝息が聞こえていた。淡緋色の髪がもつれるように落ちている隙間から、両手に巻かれた包帯の目にしみるような白さがのぞいていた。 狭苦しいところで寝たら、体を痛めてしまう。声をかけようとしたけれど、渇いた喉からはかさついた息の音が漏れただけで、指もろくに動かせなかった。 病室とベッド隔てるようにめぐらされたカーテンの中に、ず、ずず、と聞こえるのは鼾だ。 眠る彼女を挟んだ隣のベッド、重ねられた枕にうずもれ翳りのなか鈍く光る金砂の髪と白いガーゼを頬に当てた横顔があった。病院が貸し出すそっけない寝巻きが包帯だらけの少年の体を包んでいた。腕にも脚にも包帯とギプスがつけられて、鼾がなければぼやけた視界もあいまってくたびれたぬいぐるみのように見えた。はたりとカーテンがひるがえった。瞼の裏に赤く残光が泳いだ。 ベッドの脇には空飛ぶ海月のような点滴の袋が繋がって、足の管の中にゆっくりと落ちていく。 むせぶ涙にも似た雫が、ひとつひとつ落ちていくのを見ていた。 太陽が目をつむる 3.雨降りマーチ ぶつ、と通信を知らせる雑音がインカムに響いた。 『六時方向、信号』 チカリ、と白く光るものが、町をつらぬく運河の向こう、前方およそ五百メートル先に見えた。手前の運河をゆく貨物船からも光が入る。手に持った鏡をかるく上げて、サスケも答える。 確実につながるのは有線、だが設備を整えるのには相当な人手がいるし時間がかかって任務のたび設置していれば財布が到底持たない。かといって無線はどうも精度が安定しないし、中継するおおきなアンテナがない限り精度は望めない、機密保持の点において危険性も増す。だが前提として忍者は隠密、おおきなアンテナなどどう他国に設置しろというのか。 原始的きわまりない。だが結局は昔から確実なものに頼るしかないのだ。 ずん、と腹に響く低い音をたてて、五百メートル先の建物が身震いをして大きく火の手が上がった。間をおかずに閃いた光が三回、一拍をおいて一回、突入の合図。 正面入り口、突きこんだ刃が蝶番を剥がしてドアを蹴破って二人が踏みこんだ。裏手の扉はあらかじめつけておいた起爆札で爆破され、さらに二人が踏み込む。屋上階からはさらに一班四人が投入されている。 サスケの班が担当するのは側面だ。 ワイヤーを巻きつけたまま壁を蹴って蹴って下に下がる。索敵、捕捉。 「目標を発見、いまから確保する」 『了解、こっちは制圧した。頼む』 突入、と短い合図が聞こえると同時にガラスを蹴破って中に飛び込んだ。 悲鳴をあげる部屋に捕まえられたままの人質の横をすりぬけ、ガラスの破砕音に驚いて飛び込んでくる見張りの首に腕を回した。そのまま頚動脈を圧迫して、落とす。膝をつく見張りに猿轡をかませて両腕を後ろで縛り上げて転がした。 半ば恐慌状態に陥っている人質達を随行した医療班のサクラが木の葉隠れの額宛を示してなだめていた。いまだ建物の内部でははげしい剣戟の音が聞こえる状況では当たり前だ。 「人質は全員いるか」 「……二人、情報より足りない。どなたかご存知ですか」 見回したサクラに縛られていた手足をほどかれた女性が、掠れた声をあげた。 「……昨日、の夕食のあと連れて行かれて」 「ありがとうございます」 目礼をしたサスケは捕らえたままの見張りの頬を二度三度はたく。うめき声を上げる相手の眼を、三つ巴の昏い真赭が捕らえた。 「……っ!」 眦を切れんばかりに見開いて、びくびくっと反りかえった男の顔から血の気が失せ掠れた悲鳴をもらした。制圧終了、と飛び込んできた二班が訝しげな顔をするのを黙殺したサスケは、男の前髪を掴んでゆっくり耳元に唇を寄せる。 「答えろ、連れてった大名の子供はどうした? 」 「……こ、うしょうのために、別の、ところに、うつし」 ぜい、と荒く息をついて男の歯が絶え間なく打ち鳴らされ、汗が顎の先から滴り落ちる。 「どこだ?」 「運ぶ船があるから、匙町の船宿に」 そうか、とサスケが立ち上がる、足元に男の上体がごとりと落ちた。咄嗟にサクラが屈みこんで呼吸を確かめようとするのに落ちてるだけだ、とサスケは淡々と告げインカムの送信スイッチを押す。 「報告、制圧終了、依頼の子供二名は匙町のアジト。確保お願いします」 『了解。処理は残り二班にまわして、匙町にいけるか』 「行きます」 出るぞ、と見回して立ち上がった。 運河の上を飛び越え、一帯をうめつくす紡績工場の屋根に乗って走り出す。 連なる甍の波がとだえた先、まず見えたのは船着き場の近く、つい先日もらったばかりの中忍ベストをきたおなじみの金髪、人質の子達は、と見下ろしたところで一人は影分身らしいナルトのそば、もう一人、と捜してサクラが目を見開いた。 ナルトの見あげる先、見あげるほどおおきい汽船の外側、柵にしがみついている子供がいる。すでに動き出しているのか白い水脈をひいている。攫った奴等が今にも手を伸ばそうとしているのに、船着き場を走るナルトが怒鳴った。 「いーから、そっから飛べ!」 影分身を数人まわしてはいるのだが、忍崩れの彼等はけっこうできるらしく、次々に煙が上がって子供を無事に保護することができない。せめて飛び降りるよう子供に呼びかけても、建物七階分はありそうな高さだ、たとえナルトになにか考えがあるにしても怖くて足がでないのだろう。子供は首を何度も横に振る。 「飛べって!」 鼓膜がおかしくなりそうなぐらいの大声にあのバカ、とサクラが呻くよりも早く、サスケが横をすり抜けた。 「ちょ、サスケくん!?」 「援護する」 「って、状況ちゃんと……もう、ばか!」 罵るサクラに心の中でだけ悪いな、と言ってチャクラを足の裏にためて強くはじく。頭上を通り抜けた影にナルトが顔をあげた。 「おっせえ!」 「うるせえ」 錘つきの縄をなげて汽船の柵にひっかける。勢いのまま甲板に降り立つと唖然とする誘拐犯たちの向こうでてんで勝手に声をあげるナルト共に縄を投げた。おっしゃー、と満面の笑みを浮かべた彼等は一致団結して縄の端をもつと甲板を思い切り走る。ぴんと伸ばしたままで。 足元をすくわれる、野太い悲鳴が響いた。 ふん、と鼻を鳴らしたサスケはすっかりあとはナルト共に任せて震えている子供を脇に抱える。ひゃああ、と悲鳴が聞こえるが頓着しているヒマはない。 「飛べェ!」 うるせえ、と呟いてサスケは船着き場の端にたっているナルトを見下ろす。にっと遠めにもはっきりわかるくらい、白い歯をみせて彼は笑った。 「ぜってー受け止めてやっから!」 (そんなの) わかってる、とサスケは心の中で呟いて、そのまま宙を飛んだ。 幾度目かの嵐が梅雨雲をさらい青天に積雲がいくつも白く灼けて湧きあがった。人影もろくに見えない径は油のように照る逃げ水にとろけてゆらぎ、蝉時雨の遠くから風鈴の音が思い出したように響く。向日葵は手をひろげて濃い影をおとし、あぜ道そばの立葵は素白や淡紅の花をのぼらせていく。 落日がはやくなるにつれ夕暮れもだらしなく長ながと延びた。西の空にはいつまでも茜がのこり、日中の茹だるような暑さも冷めず寝苦しい夜がいくつも続いている。水路脇にぽつぽつと散る露草の青さに、最後の雨はいつだったろうかと考えたが覚えていなかった。 「ほんっと、どうかと思うんだけど」 びっと絆創膏の白いテープを伸ばしたサクラが低い声で呟くのに、そばの椅子に腰かけたナルトの肩がびくびくっと跳ねる。アカデミーの医務室だ。 「あんたの確認ミスで?船出されて?」 「でも人質奪還したんだから結果オーライだってばよう〜」 「結果オーライ。へーえ、いい言葉ね?人質の子、アレ以来高所恐怖症だって?」 結局あの後、大量の影分身でつくった即席の肉布団で飛び降りたサスケと子供を受け止めたわけで、傍からみていたサクラにしてみればたいそう心臓が大層冷えたということらしい。 「ゴメンナサイ」 しょげ返るナルトがお前も、と睨むのにサスケも悪い、と呟いた。ふんと鼻を鳴らしたサクラはたっぷり消毒薬のしみこんだ綿球をサスケの傷口に押し当てた。 「こんな怪我して」 「〜〜っ!」 「医療忍がいるからって無茶しすぎないでよ」 手はよどみなく動かしてサクラは嘆息する。ガーゼを固定したテープをはさみできったサクラは黙りこくった男二人をねめつけた。 「……返事しなさいよ。無茶すんななんて、太陽が西からのぼっても無理なことは要求してないでしょ」 「……悪ィ」 「……ゴメン」 「あんまり勝手すると愛想つかしちゃうわよ。師匠に言いつけるし」 しおしおとへたれた菜っ葉のような二人をみやり、ふんと笑ったサクラは軽やかに踵を返して出て行ってしまった。師匠に言いつけるイコール五代目に報告が行くイコール査定に響くの暗黙の了解だ。 「……ぜってえ、あの怒り後なげーぞ」 呻くようにいったナルトにサスケはおめーのせいだ、と返す。 「なぁんだとう!……っ、いでえ!」 「無茶すんなバカ」 「バカっつんじゃねーっつの。ちっきしょ、いってぇえええ」 うるせえな、と嘆息したサスケは俯いてサクラに手当てされたばかりのガーゼの上を手で押さえた。まいど毎度、どうしてこう、もと七班の人間は心配性すぎるきらいがあるのだ。ばさりと伸びた前髪が落ちて、目の前が暗くなる。 「あれ。おい、サスケ」 うっとうしくねえの、と前髪をもちあげられて呼吸がとまる。間近で覘きこんでくる海青色をした虹彩の引力に逆らって目を伏せた。必死に、気取られないさり気なさをよそおった。無表情には慣れていてよかった。 「べつに」 「サクラちゃんほどじゃねえけどけっこうおまえデコ広いな」 だからお前はいつまでたってもサクラに振られるんだと思うが指摘はしてやらない。 「おまえこそ」 笑っている声にどんな顔で笑っているか想像する。夏空みたいな笑顔だ。瞼をひらくなんてできない。開かなくてもまやかしの闇の中、鮮やかに青は眩めいて惑いを呼ぶ。前髪を強く引っ張られて顔を顰め、手を払う。とても堪えられなかった。 「いてっ」 「俺のセリフだ。ベタベタすんな」 「あーっ、感じ悪い!好感度さがる!」 「いらねえよ、そんなもの」 笑うと眉を不機嫌に吊り上げる。もうナルトからは何もいらない。もっと大事なものを貰った、貰っている。勝手に貰った気になっているだけだと知っている。きっと寄こしたことさえ知らない、知らないままでいい。いっそナルトの跣が容赦なく踏みにじるようなものになれたら楽だろうと思う。 少なくとも諦念は当たり前のように胸をひたした筈だ。見果てぬ望みが胸に芽生え蔓延ることすら知らないでいられた。 ナルトをしらなかったら友と呼ぶこともできなかったのなら、暗い夜がいつか明けることすら盲いた目には映らず、冥々の夜で死んでいただろう。 けれど今、いつか同じ闇がりの底で末期の瞼に走り火が躍るなら、それはきっとナルトの顔をしている。サクラの顔をしている。自らの死を他にはけして赦さない。誓いだ。 「断固、いらねえ」 ひっでえ!といったナルトにサスケはかすかに声をあげて笑った。 おまえはオレにもうなにもくれなくていい。 声もなくつぶやく。なにもいらない。笑う自分の声なんて、いまはじめて聞いた気がするのだ。諸々の時は雨のように降り注ぎこの体で確かに血に成ってしまった。心臓だって生まれつきから別物に成り果てて決して思うとおりにはなってくれない。自分の屍にいつか降る涙の熱を思えば返し方なんてわからず迷子より途方にくれてしまう。 「おい、おまえら」 またサクラ怒らしたの、と顔をだしたのは昼行灯のもと上司だった。 げ、と呻いたナルトと眉をしかめたサスケを見下ろして、なんなのよ、とカカシは右目を細める。怪我をした二人に深々とため息をついた。 「やめてよね、サクラ不機嫌にするの。さっき『先生からもしっかり言ってやって!』ってとばっちりくっちゃったよ」 元祖七班男子勢にはどうもサクラに対抗できる相手はいないらしい。ナルトとサスケはどうしたものかと目配せをする。 「……サイにはけっこう甘いと思うんだけど」 ぼそっといったナルトにカカシはどうだか、と肩を竦める。 「あれはあまりの常識欠落振りがあるからでしょ」 「……って、あれ、サクラちゃん最近サスケに厳しくねえ?」 手を口元に当てて、悪巧みをする狐みたいな顔をするナルトをサスケはなんだよ、と見返す。キシシ、と歯をむき出しにしてナルトはにやついた。 「ふられてやんの!」 「……」 「ってことはチャンス到来!春?春?この世の春?オレの時代ってやつ?」 「ま、心配のあまりの八つ当たりでしょ。サクラも可愛いよね。……言っとくけどお前ら」 いきなり腹のそこから低い声をだしたカカシに、やいのやいのと小さく小突きあっていたナルトとサスケが顔をあげる。 「サクラに心配させるんじゃないよ。フォローできないんだから」 「……マジメな顔で堂々とヘタレいってんじゃねえよ」 「……一瞬でもマジメに聞き入ろうとしたのが時間の無駄だったってばよ!よええ!なにその弱気ィ!男見せろよ!オトナだろ!上忍だろ!」 「じゃあ、おまえらサクラに反論できるの」 とたんサスケの視線が泳ぎ、ナルトが咳きこんだ。 「それってさ、カカシ先生。素っ裸で南極点到達しろっていうようなもんだとおもう」 つまり人類には無理。毛皮がある種に進化しない限り到底無理。 「チャクラコントロールでなんとかしなよ。オレも協力するのは吝かじゃないんだけども、ほんとに本心そうなんだけども、スタミナってネックがな〜」 「なにその投げっぱなし!?オレにだってできるわけねえ!」 「いばってんな、ウスラトンカチ」 「お前なら未来の火影になれるって先生は信じてるぞ」 「こんなときだけ煽てても信じねえよ!ヤマト隊長といっしょにすんなってば!火影にだって不可能はあんだろ!三代目のじっちゃんだってエロの煩悩百までだったじゃんか!ばーちゃんだってみろよ、あのカモっぷり!」 「……」 「……」 「だろ!つーか、サスケ、こういう時こそおめーだろうが!」 びし、と人差指を突きつけられたサスケは目を細める。カカシがいいの?と首を傾げた。 「サスケがサクラに顔近づけて肩抱いちゃったりしてさー、『フン、キスしたくなるかわいいデコだぜ』とか」 「……だめ!却下!なしなし!そんなのゆるせねえ!」 真っ赤なバラと白いパンジー子犬の横にはサクラちゃんなんだってばあ、とナルトが悲鳴を上げる。 「ていうのはまあ、ないにしたってさ、かっこつけても赦してくれる子は大事にしなさいよ」 一生ものなんだから、というカカシにナルトとサスケは俯いた。 報告に、と呼ばれたナルトを見送ってから、医務室をカカシとサスケは並んで出た。 「似た者同士だよね」 「なにが」 「お前等」 「一緒にすんな」 返せばなにがおかしかったのかカカシは肩越しに振り返りいつも眠そうな眼を音がたちそうなほどはっきりと瞬きをさせ、唐突に吹きだした。 「……なんだよ」 「誰かさんも『一緒にすんじゃねーってばよ!』」 ご丁寧に完璧な声色で種明かしをしたあと、猫背を丸めて春の鳥みたいな声で笑う。 「悪趣味な奴だよな、あんた」 「拗ねないでよ」 否定すればますます笑わせるだけなので黙るしかない。むやみと逆撫でする科白ばかり選ぶ癖に肝心なところは思い定めたときを除いて触れない絶妙な敏さが苦手だ。 「思い込んだら一直線なあたりとかね」 「あんな考えなしじゃねえ」 「はいはい」 オレからすれば一緒だよ、と言っているに等しいおざなりな「はいはい」だった。よほどお気に召したらしくまだ笑っているのを憎憎しげに睨んだ。 からかうと不躾と言っていいほど相手をみる男だった、とふと思いだす。言葉にして思えば明瞭と肯定が返ってくる。笑う声で徹夜の駱駝みたいに落として笑う瞼の下で、猛禽の沈黙をもって見つめていた。 人となりを知るには慌てさせるか怒らせることが一番手っ取り早いことを知らない男ではない。たいがいナルトとサクラを慌てさせ、サスケのことは怒らせ、じっと見つめていた。苦手さの裏にはきっと、居心地の悪さがあったのだ。 段々とからかいの後の視線は無くなり、笑い声がするようになった。いつのまにか手段と目的を完璧に入れ替えている。思い至ってまったく悪趣味にもほどがあると心中で罵る。 「サスケ」 「なんだ」 「上忍試験の推薦、なんでオレのとこに持ってこなかった」 「あんたなら握りつぶすだろ」 左肩越しに振り返るから結局首のほとんどをねじむけることになる。 「もしくは止めろって言うってわかってたからな」 「断定だね」 「あんたは時々、面倒見がよすぎる」 驚いた眼を見つめながら言った。 おれは、と呟く声にカカシは目をあける。 「誰も彼も大事じゃない、大事にしない、すきでもないし信じもしない、イタチが死ぬんなら何をやったってやられたってどうでもいい。そういう、くずだ。道ばたの石にも劣る。生きていっぺんの価値もない。……でも」 サクラとナルトが、と俯いた。 「あいつらだけだ。あいつらだけには、報いたい。それができないならオレは一生、人でなしのままだ」 イタチが死んでから来る日も来る夜もひたすら寝続けて目を醒ましたとき、手足に包帯をまいたサクラが硬いパイプ椅子を二つ並べた狭い場所で窮屈に寝ていて、隣のベッドでは満身創痍のナルトが鼾をかいていた。 どこに太陽があるかもわからない薄明るい空の高みからたえまなく降る細雨のひそやかな音が許しのように病室をしずかに包んでいた。雪解け水とおなじリズムでむすぼれた点滴の雫が鈍く光って、つぎつぎ血管へと落とされていった。指先も首元も脈打って心臓が足音のように強く鳴っていた。死んでいなかった。どうしようもなく生きていた。 死にたくなんてなかった。だって、ナルトとサクラが居る。 重なってはずれて、また重なって聞こえる寝息と鼾の穏やかさに、バカだな、と言おうとしてとてもいえなかった。 (おまえらにかなうものなんて、もうこの世のどこにも) あのとき心臓はもうサスケのものではなくなってしまった。 「そんなのは、厭なんだ。……時期が来たら、頭下げて頼みに行ってやる」 二年は待たせない、と言えばカカシは天を仰いで嘆息した。聞こえた声は口布の下で唇が笑ってることをありありと想像させた。 「……頼む態度じゃないよね、それ」 「拗ねんなよ、センセイ」 たっぷり二秒間絶句した(いちおう)師匠の物まねで喉を鳴らして笑ってみせれば、苦笑いで随分いい性格になったねと告げられる。反面教師って奴だなと返すと、なにそれと返ってきた声は今度こそ拗ねていた。 「犬みたい」 「それでいい」 |
「雨降りマーチ」/カカシサスケ |
サスケの愛は重すぎるとおもうんだ。 next |