水びたしになった靴下がスニーカーのなかでつぶれた雑巾のような音をたてる。頭からつたってきた雨粒を掌で押さえながらしゃがんだキバは片方の靴を踏みつけて脱いだ。体育用のTシャツと一緒にまとめがいをするスポーツブランドの安いロゴがスニーカーの染料がおちたのか、オレンジ色のしみになっている。

「…げ」

折角とりおきまでして買った限定ニューモデルが、と嘆きながらドアに背中をあずけ、両足から靴下を脱いで制服のポケットにまるめてつっこむ。裸足に感じる水っぽい感触がかなしい。

三階建てアパートの庇からは雨が爪先の十センチちかくまで降りこんでくる。学ランも湿っていて屋内にはいってすぐ脱がなければ風邪をひいてしまいそうだ。まだかよ、といいかげん焦れてたちあがり駐輪場の方をみれば顔の前に手をかざした家主が水溜りをよけながら階段の下まで走りこんだ。

「傘も買えばよかったな」

コンビニの袋からおちた水滴がコンクリートに水溜りつくっている。びしょ濡れだと文句をいいながらサスケは鍵をとりだしてドアを開けてあがりこむと、キバに入れと顎をしゃくった。

「おじゃましまーす」

びしょ濡れだと学ランをぬぎ、袖口のしめったYシャツを撫でていたキバは思い切ってTシャツ一枚になった。ベルトを緩めたところで、クローゼットに頭をつっこんでいたサスケに声をかける。

「下も脱いじまっていい?」

メガネを外しているせいでよく見えないのだろう、普段の三割増でわるい目つきのくせに正確に投げてよこされたジャージとハンガーをうけとる。学ランとスラックス、Yシャツをひっかけた。ハーフパンツに履き替えたサスケが着替えを丸めながら風呂はいるなら沸かすぞ、というのに首をふる。

「シャワーで十分。メシの後でいいし」
「オレが入る」
「じゃあ訊くんじゃねーって」

紙袋に入ったビデオを取り出し、テレビデオの電源を入れる。

「どこから観んだ?」
「ふるい順じゃないのか」
「うわ、これラベルが変色してら。えーと、11年前?」
「すごいな」
「デジカメとかないもんなー。このちっこいカセットとかもっと古いみたいだな。お、十五年前」

これにいれるのか、とカセットテープをいくらか厚くしたようなテープをVHSサイズの専用ケースをあけてはめ込む。飲み物のペットボトルとグラスとマグカップをもってきたサスケがキバのうしろベッドに座り込んだ。

ワンルームの狭いアパートだ。廊下にちいさなキッチンが申し訳程度についてるだけだが、築年数はあまり経っていないからフローリングの床も壁もきれいなものだった。

この春、一人暮らしをはじめたばかりというのにふさわしく、ところどころにまだあけていないダンボールが転がっている。取り出されているのは必要なものだけらしい、テレビデオもちゃんとした台にのせてあるのではなく、つみあげた雑誌の上におかれているだけだった。

「今日一日でみんのか?」
「視聴覚室はあんま借りられねえから、他の連中に回す分も考えると」
「そだな」

画像の乱れが思いのほかひどくて何度もトラッキングを調節する。みだれる画面をガマンしながら早送りをして、騎馬戦と棒倒しのところだけを拾いあげていった。騎馬戦は午前の最終、棒倒しは午後の半ばほどになる。午後の部の最初は応援合戦だった。朝礼台のとなりにたてられた体育祭運営委員会本部からの定点で撮影されているビデオに赤組白組がかわるがわるアップされているのを見て、キバは眉をしかめた。

ふるい学校のせいか文化祭にくらべて体育祭には熱の入りようがちがう。有名なのは応援団のタスキで団長のものともなれば五十メートルにもなる。ただの団員のものも十メートルは優にあって無用なほどだったが、女子や保護者にいわせると走ったときに靡くのがかっこいいそうだ。女子にカッコいいといわれれば悪い気はしないので、伝統はいつまでも守られているわけだった。

もうひとつの伝統もある。

「今年これ誰がやんだっけ、応援団の貧乏クジ」
「……」

むっつりと押し黙ったサスケにキバはマジかよ、と笑いながらコンビニの袋に手をのばし、菓子の袋をあけた。サスケに口をむけるがサスケはまだいらないと首をふる。

「はは、サスケくん、だせーな!」

チィ、と舌打ちをするのに何でと水をむければ、目つきがきつくなる。

「オレじゃない。委員会ででれなかったオレの代理でナルトのアホが」
「じゃ、あいつがやりゃいいじゃんよ」
「あいつもなんだよ、クソ」

ざけんな、とはき捨てたサスケにそりゃお気の毒、と呟いてキバは笑った。

「春野とか喜んでんじゃねえの、女子そういうの好きだろ」
「なんでサクラが出てくる」

はー、おモてになるかたは違いますねえとキバは頭をかいた。

振動音がするのにキバは自分のスポーツバッグをあけるが着信はない。おまえじゃないのか、とサスケに顎をしゃくれば、面倒くさそうにサスケは壁にかけてあった制服のポケットに手をつっこんだ。画面を見下ろして、キバに軽く手をあげる。電話らしい。

(ま、じゃ、研究けんきゅう)

先輩たちの騎馬戦と棒倒し、とわけられた大学ノートを鞄からとりだしてページをめくり年代をたしかめる。もとは黒だったらしいボールペンの文字は日焼して青っぽくなっているのにすこし感動する。中等部と体育祭に対する熱の入りようがちがうとは聞いていたが本当らしい。メンバーのなかには知っている教師の名前もあって興奮した。

「おーい、見ちまうぞー」

ああ、とトイレの方から声が聞こえるのにビデオのリモコンを押すが動かない。キバはつかえねえ、と足をのばしかけてから、自分は客だったと思いなおし、四つんばいになってブレイボタンを押し背中をベッドにあずけた。

ぎし、と後ろのベッドがなったのに見上げれば携帯をしまったサスケがベッドに腰掛けている。

「もう終わったンか?」
「また掛けなおすって」
「へえ」

しばらくテープを見ながら棒倒しのフォーメーションだけに注目してみていく。ニ、三時間、ざっと見続けて面子のことも考えながら拾いあげていくころには、画面の見すぎで目がちかちかした。裸眼の自分はまだいいが、メガネのサスケは相当だろう。目頭をおさえているのに、メシにしようぜと声をかけた。

サスケが準備をしてくれているのに甘えながらユニットバスでシャワーを浴びてでてくると、サスケはレンジの前でシンクに背中を預け俯いて手の中でなにかもてあそんでいる。

「おい、あがった。サンキュー」
「おう」

ごとりと携帯をサスケがシンクにおいたのをみて、ずっと手に持ってたのかとびっくりする。サスケはあまり人とあっているときに携帯を弄ることはないし、メールを打ってるような気配もなかった。

席に座ってスポーツドリンクのペットボトルに口をつけながら、さっき見たビデオを巻き戻して見はじめる。トイレで水を流す音が聞こえたのを見計らったように、サスケの携帯電話が着信をしらせるランプを点滅させ振動しだした。

「サスケー、鳴ってるぜー」

言うより先にいつの間にきたのか、移動してステンレスシンクから流しにから落ちそうだった携帯をとりあげ、サスケはレンジの前に戻った。

「あ!おい!サスケ!」
「んだよ」
「見ろよ、これ!ガイとはたけだぜ、眉毛と数学のはたけ!超わかい!」

携帯から耳をはなしたサスケに、一時停止でかたまった画面の左上を指差す。大興奮したキバの指先を追ったサスケの耳元で「え、オレの名前呼び捨てにしたの、どいつよ」と声がした。

キバには聞こえなかったが。










「晴天なり。」/キバとサスケ






先輩なんですよ。
一応。


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