時々、気づいてるってこと、あんたは知ってる?







ここ数日でエアーサロンパスのスプレーの中味が随分軽くなった。放課後、学校から一番ちかい薬局の前、特売の籠の前に陣取って筋肉痛に効果がありそうな、廉価なものを探している。応援団の演舞の練習もあるし、中学、高校それぞれの1年男子のうち各二名、合計四名に押しつけられる貧乏くじの伝統のせいで時間はいくらあっても足りない。予行演習までになんとか形になればと思ったのだが、ゴールデンウィーク明けから中間が近づいてなかなか厳しい。だから両腕と両足にまんべんなく乳酸が大量にたまっていそうな筋肉痛だ。なんでこんなに頑張ってるんだろう、と思いつつ先輩お歴々のなにがなんでも優勝、と息巻く空気に引きずられている。

負けることはなにより嫌いだから否やはないのだが、どちらかといえばリレーや騎馬戦といったもので点数を稼ぐのが性に合っているわけで。

「…サスケくん?」
「おまえか」

かかった声に制汗スプレーの2本セットをもった春野サクラは笑う。

「今日も居残り練習って、それ筋肉痛の?」
「まあな」
「大変だよね、応援団。えーと、あのすごい顔の濃い団長とかテーピングだらけじゃなかった?」
「加減しらねえんだ」

濃いって、こいつ意外に口がわるいな、と驚きながらサスケは口にはしない。
学ランの中で携帯電話が振動するのに悪い、といってサスケは立ち上がった。友だちによばれたのだろう、じゃあねとサクラはキャッシャーの方に移動してしまう。

サブディスプレイに浮かびあがる番号を見てわずかに眉を曇らせ、そのままとらなかった。









閉館五分前をしらせるチャイムにライトで照らされた校庭で居残り練習をしていた面々が顔をあげる。三年の解散の合図に一年は片付けを初めだした。明日は第二土曜日だから休みだ。この時期にかぎっては運動部の生徒も部活を休むか遅れるかして体育祭側の練習に参加するのが暗黙の了解になっている。

借りていた備品を返すため体育倉庫にいったが、鍵はないようで南京錠に阻まれる。なければないで教師に保管してもらわなければいけないから、職員室にサスケは向かう。スポーツバッグにジャージ姿のまま、上履きもロッカーにしまってあるため靴下で最後まで施錠のされない特別棟から階段をあがりわたり廊下を歩く。

「すみません」

ノックをするとパーティションの奥から顔をだしたのはカカシだった。

「アンタか」
「まあね、おまえらの実力テストつくってやってんのよ」

前回平均点が高いって怒られたから楽しみにしときなさい、とニヤニヤ笑うのにげんなりする。無駄に塾講師だったせいか、シンプルなそれこそ中学生の範囲ででてきたような公式しか利用しないくせに頭だけはフル回転させるなえげつない問題をだすのだ。中三から予習してんだから内部生は二次関数なんてチョロいでしょ、といわれたテストで最悪の平均点をたたきだしたのはこの教師だった。

「体育倉庫の鍵あるか?」
「あー、イルカ先生もう帰っちゃったよ。いいよ、俺あずかっとくからそこの隅にでも置いといて」
「わかった」
「ビデオどうだった?」
「ああ、あんたの画像とかあったぜ」
「…うわー、それは」

恥かしいねとゆるりと笑う。いつの年のだろうと聞かれたのに、応援団の格好してたぜと言えば顔を大仰に顰める。それから笑った。

「今年はお前らだっけ?」
「……まあな。おかげで筋肉痛だ」
「電話、鳴ってるよ」

カカシの指摘にサスケは首を振った。

「後で掛けなおす」
「ふうん」

嘘だろうと知ってるだろうにカカシは聞き流すだけで何も言ってこない。サスケがカカシのそばを好むのは、懐をいつでも広げているくせに突き放すでもなく引き寄せるでもないのが楽だからかも知れなかった。

「メシでも食いに行こうか」
「……」
「ん、なんか友だちと約束あった?」
「いや。……世話になる」
「おごってもらうつもりなの、おまえ」

意外に図々しいねとカカシは笑うが、おごらないとは一言も言わなかった。

「ミコトさんに頼まれちゃってるからねえ」

贔屓はいけないんだけど、と困ったような顔をしてはっきり前もって線引きをしてくる。兄弟でもなんでもない寄りかかるべき相手じゃないと判っている。だのに時々、傷口を羽で優しくなでるような事を許すようなことをするから甘えてしまっている。

それでも線引きをされると一瞬ためらいが生まれてエントランスで立止まってしまう、不思議そうなあきれたような眼差しをされ、はやくおいでと言われた。近づいていいのか、いけないのかいつもわからなくて混乱する。混乱したまま歩みだせば、変なのと子どもじみたセリフで笑い飛ばされた。

「悩み事の半分はたいがい空腹でできてるんだよ」
「そりゃあんただろ」
「残念、他人の受け売りだよ」

どこかの傷が痛むような、落日を懐かしむようなひどく甘い声と目をしてカカシは笑った。







雨の匂いがする。
耳にやさしく落ちてくる水音に雨が降っているらしいと気がついた。

客用の樟脳くさい、嵩があってシーツの硬さがあまりなれない布団の中で寝返りを打つ。明りが落ちているのにまだ起きているのかと思いながら、体を起こした。明りのついているほう、キッチンへと向かっても人影はなく、シンクのところにものぐさをしたタバコの吸殻がいくつか残っているだけだった。

許されてるという自信はあったし、寝ているかもしれないのを起こすのもバカらしい気がして流しで水を飲んだ。トイレから水音がしたのと息を呑む音がしたのは同時だった。光がいきなり左半分を照らして眩しい。

「……なんだ、起きてたの」

黙って突っ立ってないでよ、とカカシは取り繕うように笑った。幽霊を見るような顔をしている。 誤魔化すように自分の携帯の着信が鳴った。

左眼のレンズにだけ度がはいっていること、電話口で名前を呼ぶとき一瞬ためらうこと、たまにオレの顔を見て驚くこと。

「…おまえ、ちゃんと実家かえってる?」

あんたがオレにすこし困っていること、気づいてるって知ってる?








「晴天なり。」/カカシとサスケ






だらだら行きます。盛り上がりもなく。

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