あの二人、わたしのことなめてんだわ、と三ヶ月ぶりに訪れ唇をとがらせた教え子にカカシは怖いね、と笑いながらミルクパンにできた白い膜を菜ばしですくって流しに捨てた。厚手のマグカップにちょうどいい具合のミルクをそそいでから、もらいもののアカシアはちみつの瓶をあけ、スプーンでお好きなだけどうぞ、とさしだす。

なんとなく原因はわかっている。あの意外性No.1の忍者が帰ってきたのだろう。さてどう話させようか、とカカシがちょっと考え、流しに向かって踵を返しかけたときだった。

ぽつんとカップにできたミルククラウンにカカシは右目をびっくりさせ、ミルクパンを流しにつっこんだ。拍子に取っ手の熱をもったところに指があたってしまい、あつっとうめき流しに水をだし大急ぎで手を洗いだす。

女の涙はどうも加害者になったみたいで苦手だ。しかもそれがたった三人きりの教え子の、一人きりの女の子だったら尚更だった。女だからって甘やかすんじゃないぞ、ためになんねえぞ、と髭面の教師としては先輩上忍にいわれたことなんてもう湯気より先に蒸発してしまっている。カカシは慌てた。











デイジー











どろどろのぐしゃぐしゃ、一週間の強行軍でまるで皮革のようになってしまった忍服にナルトは顔をしかめる。だがもうアカデミーのうすぐらい廊下の先にいるサクラとばっちり眼があってしまったし、なにより先に嬉しさのあまり手をふってしまったのはこっちだった。

「お帰りなさい、すごい格好ね」

ちょっとくさいし、とサクラにいわれてナルトはすこし傷つく。サクラはナルトに対して甘えといっていいほど無頓着で無神経だ。ごめん、と言いながら自分の臭いをかぐが、とうぜん慣れっこになっているからわからない。

「サクラちゃんそれどうしたの?」
「書類と資料よ、会議待ちの」
「……」

ダンボールいっぱいじゃん、とナルトがいう。持ってやろうかと思ったが自分の汚い格好ではだめかと申し出はよすことにした。

「あんたの部屋の新聞受け、すごいことになってるわよ」
「うっそ!カカシ先生に頼んでったのに!」
「カカシ先生が当てになるわけないでしょ。一週間留守よ」
「……うー、くそ」

観葉植物が枯れちゃってたらどうしよう、とナルトは頭をばりばりかく。

「さっきサスケくんもおんなじこと言ってたわよ」
「はは、バッカでー。あいつ俺より先に任地いったからもっとすげえことなってんだろな」

ふうん、と覗きこんでくるサクラのちょっと驚いたような眼がふと伏せられる。白い頬におちた影を見おろしながら、やっぱり翡翠みたいにかわいいとあらためてナルトは思う。どんなにお姉さんな顔をしても手の中に大事にしまいこんでしまいたいと思う気持ちは十二歳のころからずっとかわらない。

と、アカデミーの別棟につながる渡り廊下へのドアが閉まっているのに、ナルトは慌ててサクラより前に出てドアをあけた。

「ありがとう」
「ううん、ほんとは持ってあげたいんだけど俺今汚いし」

サクラがちらりと横目でみあげてくるのにナルトは笑う。女の子泣かせたことあるでしょう、とサクラがつぶやいた。

「きいてるの?」
「あ、ああ……。うん。そーなんかな?わかんないけど」

面食らいながらぺろりと正直に白状したナルトにもう、と呟いたサクラの横顔にナルトは見とれる。ダンボール箱をもつ爪までなだらかに細くなった指先やつるりと丸い肩のライン、子供みたいにすてきな後ろ頭の丸みだとか、鼻のまっすぐな影までサクラの横顔はとてもきまっていてやっぱり好きだ。どうだよ、これがサクラちゃんなんだぞ、と誰かに自慢したいぐらいだ。

「やーね、もう」

ため息をついた唇もやっぱりすてきだ。

「とっとと消えてちょうだい」
「へ?な、なんで?!」
「先生に言われてがまんしようと思ったけどやっぱ無理。あんたのバカ加減も無神経なとこもほんっと許容範囲こえてんのよ」

淡々と吐いたセリフをのせた声の平易さに面食らったナルトの脳がついていかない。

「はっきり言わないとわかんないの?わたし今おこってんのよ。もう行って。あんたくさい」
「え?」
「すぐよ、もう行っちゃって。ほら、換えの上着もあげるわ」

ばすん、とベストを渡されてナルトは慌てる。
サクラが冷房がきいてしまう会議室で着る奴なのだろう、とうぜん女性用のサイズだ。

「え?なんで、ねえ。サクラちゃん」
「なんでじゃないわよ、バカ」
「理由ぐらい教えてって!俺、こんなんやだってばよ!さっき何て言ったの?」
「うるさいな、そんなのもう関係ない。わたし怒ってんのよ、あたりまえでしょ。なんでバカにされてわたし一人がハイハイとかいってわらってなきゃいけないの、わるいけどそんな人間できてるわけないでしょ、なめんな、バカ!」

いっきにまくし立てられてナルトはびくつく。

「わ、わかんねえけど……ごめん」
「わかんないくせにあやまんないでよ!」
「だって、わかんねえし、教えてくれる気ないじゃんかよ。八つ当たりじゃん」

ぬれねずみになった猫より心もとなげなナルトの声にサクラはふん、と泣きそうな目を怒らせる。

「八つ当たりよ、そうよ」

開き直りに一瞬ナルトは呆気にとられる。ずりぃよ、サスケばかり、と思わなかったわけじゃない。きっと今だってずっとサクラのなかでサスケは一番なのだ。ナルトの一番がサクラであるようにどうしようもないのだ。

「あんたたちがわたしにどんぐらいの任務にでるなんて言わないのは別に自由よね。だから八つ当たりよ」

呟いたサクラがうつむいた。唇が怒りのため引き結ばれて色を失っている。

ああこれはもう、オトコノコとしてはぎゅうっと思いきり抱きしめてやんなきゃいけない、とすごい勢いで義務感がこみ上げてくる。慣性にしたがってナルトは腕を伸ばした。が、顔を真っ赤にしたサクラにおもいきり膝蹴りをされた。

「だからもう、あんた無神経だっていってんでしょ、このバカチン!」

あんたともう付き合ってないんだから気安くすんな、と蹴りだされてナルトは途方にくれた。













流し台からひっこぬいた手をカカシはばたばたと振り、ズボンの尻のところで拭くと桃色をした頭の上に乗せた。あいかわらずサクラの頭はカカシがひと掴みできる大きさだった。

ぽかんと、サクラがカカシを見あげる。
カカシはあいつら明日げんこつだな、と思いながらぱちりとウィンクのつもりで右目をつぶったが左眼は眼帯の下になっているため不発に終わる。

「なによ」

先生までなによう、と言って顔をくしゃくしゃにしてサクラはいっそう泣きだした。

ずるいんだわ、わたしに日向でずっと笑ってろって日陰なんか知らぬ気に笑ってろってナルトもサスケ君も言うのね。でも気づいてよ、そんなの全部わたしのためじゃないし優しくもない。ちっともわたしのためなんかじゃないくせにえらそうな顔しないでよ。わたしがいつまでもあんたたちを好きでいてやるとおもうんじゃないわよ。

わがまま言われて笑って許してやるなんて厭よ。怒って恨みにうらんで泣いてやる。わたしは恋人でも母親でもないのに、傷つくのが男の専売特許みたいな顔でいい気になって笑ってんだわ。恋人にしてなんてナルトには言わなかったし、母親にしてなんてサスケには言わなかった。

わたしをもっと可愛がってよ。
わたしの心だって甘めが似合いでとてもやわらかいのよ。

















「デイジー」/サクラ




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