テレビの中でぼくは死にませんと雨か涙か泥水かで顔をぐしゃぐしゃにした男が言う。トラックのライトに照らし出された顔ははっきり言って不細工だ。泣いてる女も不細工だ。泣き顔がうつくしい奴はめったにいない。初恋の女の子の涙でさえ、かわいそうだなと思いこそすれうつくしいとは思わなかった。泣き顔はうつくしくない。

男はまだいっている。女はないている。
ぼくは死にません。だってあなたをあいしてるから。

テレビの箱の中に真実はない。真実を書こうとした虚構があるだけだ。

だからオレは死ぬ。トラックの前に出たら常識に照らし合わせてたぶん死ぬ。トラックの前に行かなくたって、すげない態度に粉みじんにひき殺されてたぶん死ぬ。 オレは死ぬ、きっと死ぬ、だってみじめな恋してるから。

こっぱみじんだ。



静かの海

 








どんどんと外からドアを叩く音に舌打ちしたサスケはカミソリを洗面台に溜めた水のなかに突っ込んだ。顔についたクリームを手早く洗い流し、とりあえずTシャツを頭からかぶって顔を拭く。頬がピリピリするのはカミソリ負けを起こしたせいだろう。無意識にカサブタのできた唇を舐めながら、冷え冷えとした玄関の明かりをつけた。

ガン、と外から蹴られるのにうるせえ、と毒づきながらサンダルに足を突っかけ鍵を外す。こちらがドアノブをひねる前に外から無遠慮に開けられ、一週間ぶりのヒヨコ頭が顔を覗かせた。無視すればよかった、と後悔が掠める。

「……てめえか」
「んだよ、シッケイな野郎だな。せっかく土産持ってきてやったのに」

赤鼻に白い息を吐きながらいうナルトの後ろ、広がる夜空にはスパンコールのように散らばった星が見えて明日の朝は冷えこみそうだと思う。風呂上りで比較的温かいとはいえ、半そでのシャツから剥き出しの腕に鳥肌がたつのがわかった。

「土産?」
「イルカ先生のおでん」

小ぶりの両手鍋をナルトがさしだした。任務明けで夕飯作ってねえだろ、と断定口調が気に入らないが事実なので言い返さない。だてに寡男ではないイルカの料理はナルトに横流しされさらにサスケに横流しされることがままある。おでんもカレーもこまごまと作るより、大量に作った方が美味いのだ。ナルトの唇をすこしひきつらせる傷から目をそらし、サスケはあがれよ、とサンダルを脱いだ。

「サスケすぐ食う?」
「食う」

コンロにがちがちと火を入れる音を背中に聞きながら、ちゃぶ台の上に広げっぱなしだった報告書の束を適当にまとめる。提出期限が明日までだから今日はすこし寝るのが遅くなりそうだ。ファイルにはさんでいると視線を感じてサスケは顔を上げる。

「なんだ?」

疑問が口をついて出てからしまった、と思う。部屋の空気がすこし張り詰め重くなったような気がする。だがナルトは首をかるく傾げ、にっと笑った。

「いんや、なんでもねー。冷蔵庫あけていい?」

浮ついた声にふくまれたウソを知りながら、サスケはごまかしに敢えてのった。ろくなもんねえぞ、といえば、冷蔵庫に顔を突っ込んだナルトがうわ、ほんとになんもねえ、とわざとらしく言うのが聞こえた。

「サスケー」
「なんだ」
「オレさ、別れたわ」

サクラちゃんと、とさらりと乾いた声で続けるのに、そうか、とだけ返し、やはりドアを開けるんじゃなかったと今さら後悔した。











見るともなく見ていたテレビから笑い声が聞こえる。湯気をたてていた鍋ももうすっかり冷えきってしまい、ちゃぶ台の上にビールの空き缶が転がっていた。ビニール袋に空き缶をつっこんでいると、立ち上がったナルトが流しまで空になった鍋を持っていった。片づけたちゃぶ台にファイルを投げ出すと、胡座をかきながらナルトが仕事のこってんのか、と尋ねるのに頷いた。

「邪魔すんなよ」
「明日提出?」

頷いたサスケは感覚を遮断するためにヘッドフォンをつけ、書類を広げた。

チャンネルをいじくっていたナルトは何もおもしろい番組が見当たらないことに鼻を鳴らし、なんとなく、ビデオデッキのスイッチを入れた。点滅した文字に画面を切り替われば砂嵐の後に映像が途切れとぎれに流れだす。録画の状態がわるかったのか、画像のぶれはなおらずコマ送りの人物たちはぎくしゃくと糸繰り人形のように箱の中で動いていた。

「サスケ、このビデオ見ていい?」

ヘッドフォンをずらしたサスケにもう一度言えば生乾きの頭が上下する。

「これお前の?」
「引越しん時に残ってた。前住んでた奴のじゃねえの」
「お前の趣味じゃねえもんな」

画面のちらつきは上下で銀色の火花のような模様が浮かぶだけになり、だんだん話の筋がわかってくる。外見はともかくとして、どうにもサスケに似合わない陳腐なメロドラマだった。すこし笑った後、ナルトはサスケの手が止まっていることに気がついて、悪い、邪魔した、と口をつぐみ画面に没頭するふりをした。横目にペン先が動き出したのをみてすこし息を吐く。

録画のわりにきれいにきこえる歌の甘い声のせいだったかもしれない、泣きながら叫ぶ俳優に背中を押されたのかもしれない。流した視線がうつむいて手を動かすサスケの横顔の輪郭をなぞる。黒髪のかかる頬にうすい傷がはしっていた。傷跡をたどった視線は削げた顎のエッジをおりて、青なじみを浮かべ引き攣れた唇をみた。とたんかさついて冷えた感触を思いだし、ナルトは腕をもちあげる。

呼びかけは息にまぎれそうなほどかぼそく、喉の奥にはりついた。

ちっと小さい舌打ちがきこえ、サスケは乱暴にまちがった箇所をボールペンで塗りつぶした。
ナルトは息を呑む。

おおきな氷の塊を胸の奥に押しこまれるような感覚がおそいかかってナルトは腕をさげようとする。だが思い直してもう一度、腕をもちあげると親の裾をつかむ子供のようないとけなさでヘッドフォンに伸びるコードをひっぱった。サスケの真っ黒に濡れた瞳が上がるのを直視できなかった。フローリングの木目を凝視したが視界はサスケを捉えたがって揺れ、ぶれた。唇の傷がひきつれ、喉からおしだした声は上ずって震えた。

「……わり、もう帰るわ」
「そうか」

気のぬけた缶ビールをあおって飲みこんだナルトは、空き缶を袋になげこむと立ち上がる。玄関に足早にいった背中にまたな、と声をかければドアの前で振り返ったナルトはくしゃりと笑った。すこし冷たい風が吹きこんだあと、鉄階段をかけおりる足音が遠く聞こえた。

やがて壁を青くはいのぼるドラマのエンドロールが終わり、ビデオデッキが止まった。液晶画面に点滅するREPEATの文字にサスケは目を閉じると、ヘッドフォンのコードを引き抜いた。傷ついた青い目が瞼の裏でちらつくのに、唇を噛んだ。カサブタの下の傷が疼くのに卑怯ものめと心の中でだけ呟いた。臆病ものめとも心の中だけで呟くが口をついたのはおきまりの悪態だけだ。唸り出した冷蔵庫の音、秒針が時を刻む音の後ろでスピーカーは何も言わない。















「静かの海」/ナルトサスケ









「サス←ナルで、想いを伝えるナルトと
ヘッドフォンをしたまま聞こえないフリをするサスケ。」

栗山サチさまにささげます。
すてきなイメージ、
ありがとうございました!

→「022:MD」

another episode?→「011:デイジー










TRY !

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