3、病室にて 上体を背もたれのように起きたベッドにあずけている。手錠をかけられながらもおちつきはらった視線にまるで格子に囲いこまれているのはこちらのような気さえする。 瞬きの音さえ拾いあげられそうな沈黙の中、一番最初に動いたのはナルトだった。 「何分ぐらいで終わるんすか?」 「十五分ぐらいもあれば片付きますよ。今日の検査はもう終わってるし」 「わかりました。邪魔だしいこーぜ、センセイ、サクラちゃん――――おい、また来っから」 さりげなくサクラの背中をおし、カカシを促して踵をかえしたナルトは顔だけで振り返る。格子の奥でサスケはどうも頷いたらしかった。 なんか食わせちゃまずいもんとかあります?と病室からベンチのおいてある廊下のはずれを歩きながら尋ねるナルトに、洗面所にむかっていた看護師はあれこれと答えている。 「んー、なんも俺用意してねぇしなー。かといってこの病棟、一回でたらまたあの面倒なのいかなきゃいけないんすよね?」 「そういえばあんた身軽よね」 「だぁって、サクラちゃん。なんか今更っつうかお互い様って気もするしよー」 ばりばりと頭をかくナルトに笑った看護師はなにか適当なの買ってきてあげましょうかと笑った。すこし休憩もらえているから、と言うのに、悪いっすよ、と言いながら結局たのんでしまったらしい。ひらひらと手を振る彼女に手をふりかえすナルトの背中を見つつカカシは感心することひとしきりだ。なかなか上手い。 「カカシ先生、今何時?」 「時計ならあっち」 「三時かー。イルカ先生がそろそろ来るとおもう」 「へぇ、これまた懐かしい」 「ナルトと一緒に行こうっていったの、イルカ先生だったの」 夕飯はラーメン!と拳をふりあげたナルトはどすんと松葉杖を投げ出してベンチに腰を下ろした。それから慌てたように席を詰める。 「サクラちゃん、膝平気なの?座りなよ」 「ああ、まだちょっと処置はしてもらってるけどね。テーピングも覚えたし、ぜんぜん平気よ」 ありがとう、といって腰掛けるサクラの斜向かい、ナルトの隣に腰掛けたカカシは尋ねる。 「任務は?」 「内勤でイルカ先生の手伝いしてるの。だから今のところはデスクワーク中心」 「いつから?」 「冬ぐらいから。演習で怪我しちゃったの。でも筋トレもしてるし」 「膝は治ったと思って無理すると壊すからね、気をつけな。無理しちゃだめだよ」 「平気よ。かえってサスケ君のお見舞いができるからいいくらい」 「相変わらずだね」 笑ったカカシにサクラはそうかしらと言って笑った。だがすぐに笑みは口元をもちあげるだけのようなものになり、つよい碧色の眼がカカシを見すえた。 「先生、答えられるとこまででいいの。サスケ君、どうなるの?」 唐突に投げられた質問に、いままで空々しいぐらい滑らかだった会話が途切れる。カカシは斜め上をみ、困ったように頭をかいた。 「――俺もねえ、ちょっと外に出張ってたから、なんともわかんないよ。決めるのは結局上だし」 「じゃあ、先生の目から見てどうなの?」 「なんだか、きついね」 笑ったカカシにすこし白い顔色をしたサクラは眼差しを強める。激すると顔色が白くなるタイプだとはしらなかった。 「先生だって、気になるでしょう」 「扱いは、最低じゃないよ」 「嘘じゃない?」 「嘘はいわないよ」 「最悪では、ないってことね」 「黙らざるをえないことはあるけど」 「やな言い方ね」 「しょうがないでしょ。そんなに心配しなさんな。当代はぱっと見ほど考え無しでもないし、薄情な御仁でもないよ」 にこりとカカシが笑うと、ふとサクラの視線がおちた。かたちのよい額を左手で押さえたサクラは俯いて、長いため息をつく。 「……うん、ごめんなさい」 「まぁ、たしかにアレは、ちょっと見るとびっくりするってばよ」 「前はべつにあんな部屋じゃなかったから。理屈では納得して、わかってるつもりだったんだけど、やっぱり不安になっちゃって。ごめんなさい。ちょっとわたし、落ち着く」 「そう心配しなさんな、大丈夫だよ」 サクラは左手をそろそろと下ろし、膝の上におく。ゆっくりと視線をあげるとカカシを見、唇のはしをほんの少しほころばせた。年頃にしては化粧気のない唇に今さら気がつく。十二のときでもサクラはきちんとほんのり赤い唇をしていたとおもう。 「大丈夫だよ」 手さえ届けばむかしのように頭を撫でてあげたかった。 格子でふさがれた窓から外をみていたナルトがイルカ先生が来た、と小さく呟いた。 遅れてきたイルカと簡単な挨拶をし、四方山話をしているうちにどうも病室があいたらしい。ナルトを先頭にサクラ、イルカが病室に入る後ろでカカシは足早に去ろうとする医師に声をかけた。 血縁はないはずだと聞いているのだろう、いぶかしげな顔をする。かつて担当した上忍だといい、病状を尋ねれば、納得したようだ。あまり心配はないと言う。 「火影さまに謁見ができるまでになるのはどのぐらいですか」 「話すだけなら、今でも十分ですけどね。長時間ですか」 「ええ、まあ」 「とりあえず、退院してからが望ましいですね。リハビリもありますし」 「リハビリ?」 「寝たきりですとね、筋肉は落ちますし、関節ってものは固まってしまうんです」 「どれぐらいになります?」 「実戦のカンみたいなのや体力は時間をかけないとどうにもなりませんが、普通に暮らすだけならまあ、かかさずリハビリをして一月もすれば。お若いですからね」 サインペンを白衣からとりだした医師は手ぶりとを使って簡単に説明をしていく。 「まず、ベッドにおきあがれるか、おきあがったら支え無しですわることができるか、そういうところからはじめます。関節にも稼動域がありまして、うごかさないと固まるんですよ。だから肘や肩も動きにくくなってます。その関節も動かしてあげて、それから筋力をもどせるようにするんです、まあ、基礎体力はしっかりしてますからね、本人の意思次第でほんとにすぐ治りますよ」 こればかりは本人の意思次第です、とくりかえす医師にカカシはそうですかと頷き、頭をさげると病室に入った。 (本人の意志、ねえ) イルカとナルトがどこかからもってきた三脚のパイプ椅子をゆずろうとするのに手を振って座ったままでいるよう伝える。 見舞いといっても、患者にさわれなければほとんどすることはない。いそがしく立ち働くスタッフの邪魔もできないし、知識もないのだから手伝うこともほとんどできない。汚れ物を袋にいれたサクラがたちあがったのをしおに、三脚の椅子にこしかけていたナルトとイルカも立ち上がった。 「じゃあな。退院したら、飲みに行こうな。おごってやるから」 笑いながらいうイルカにサスケはすこし眼をすがめた。 「ありがとうございます」 「俺らもおごりー?」 「まあな。快気祝いだからな」 やった、と喜色を顔じゅうにうかべたナルトはとっとと治れよ、と格子の中にいるサスケを見下ろした。処置がおわったからか、もう両の手首は開放されている。 じゃあまた、と言い置いたサクラ、ナルト、イルカがでていったあと、カカシは格子の中で見あげてくるサスケを見おろした。 「おまえの処遇はいまのところ決まっていない。体がなおったところで大老との寄り合いが行われるだろう」 「そうか」 「具合はどうだ」 サスケはかるく肩をすくめ、わずかまぶしそうに目を細める。 「ナルトも、サクラも変わったな」 「ナルトには会ってただろう」 「まあな。あんたはぜんぜん変わらないな」 カカシは肩をすくめた。 雨が降り出したのは夕刻、夜半になってもなおやむ気配はない。面会があってから一週間後の夜だ。窓ガラスにいくつもつたいおちる水滴模様が格子の形をうかびあがらせている。 「生きるか、死ぬか。選びな」 名告りはいるかい、と尋ねた声は雨にまぎれそうなほどひそやかだ。天井を見上げたまま少年は答える。 「一度お会いしたことがあります」 覚えていたのか、と驚いたような面白がるような響きがある。 「なら話ははやい。木の葉の忍びとして復名した場合、目付けに上忍を一人つけ、あくまで従わないというなら言うまでもない。なにか言いたいことはあるかい?」 「ずいぶんと親切ですね」 「人材には予算がかかる。あたし個人はべつに血継限界なんかに重きはおかないさ。あんた個人のこともぜんぜん知らない。まあ色々あったようだがね、べつに今現在にかかわることじゃない。そもそもうるさいのがけっこういるもんでね」 長老連中や大名もうるさいし、とあくびをする気配が返った。 「いちいち謁見の手続きをとってまでお前の処遇をどうなるか聞きたがる奴らもいる。手続きを踏まれれば会うのが筋だし話を聞くのが筋だ。だが何回もおなじことを喋られれば、面倒くさくなるのも当然だろう?奈良だの犬塚だの秋道だの、いちいちかなわん」 「……」 「あの子は強情だったろう?おまえもたいそうな怪我をさせたらしいが」 答えずにいれば、カカシの弟子のわりには無口だね、とすこし笑ったようだ。 「……まあいい。おまえにやる猶予は三日だ。――話は終わりだ」 休むがいい、熱があるだろう、とそれきり気配は絶えて雨音がひとしきり。 そして三日後。 |
「焼けない心臓 3」/カカシサスケ |
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