4、昔日 両開きのおもい鉄扉から両手と足にそれぞれ枷をはめたうちはサスケが円形にされた一枚岩の上を裸足で歩いてくる。じゃらりとなる鎖の音にもゆらがず、鏡面のように凪いだ面も瞳を淡々と前方に据えていた。 座れ、と促されるまま鎖をならして屈みこんだサスケは平らに削りだされた岩の上にあぐらをかき両目を閉じた。 桟敷につどった面々、参席をゆるされたのは長老、五代目火影をはじめ上忍の中でも特にと見こまれたものたちだ。最終的な決議は火影が決めるとはいえ、基本的には寄り合いできめられるのが定例だ。抜け忍に対する処遇も同じだった。 半時もたったろうか、足元におちた影にサスケが瞼をもちあげると名前を呼ばれた。 「里の意向に否やは」 ゆっくりと首を振れば、衛人が掲げていた鉄製の杖をもちあげ、鎖を打ち砕く。飛散った破片が小さく頬やむきだしの足を傷つけた。自由にはなったものの痺れる片手をもういっぽうの手で包み込み、サスケは確かめるように手のひらを握ったり開いたりをする。 ざ、といくつかの気配がゆれ、桟敷から火影以外の姿が消えた。 「復名したところで、簡単じゃないのはガキじゃないんだ、わかっているね?」 「およそは」 「忍びの形もだいぶ変わって、主第一、里第一っていうものではなくなってきている。あたしや自来也みたいに好き勝手やる奴もいるが、昔気質の奴も当然いる。一度寝返ったものは当然、寝返るものとみなされる。はめようとする奴もいるだろうさ。それに負けるも勝つもお前しだいだ。なお木の葉をたばかるとなれば、いっそ天晴れだがね。お前はイタチを殺すまで誰の犬にもなれないだろう?」 かえる沈黙に図星だろうと笑う声。 ここからは年寄りのおせっかいだ、いやなら聞き流せ。 人生にはいろんな傷があるし、病気もある。治らない奴も、たちあがれない奴だってある。でもすこししゃがんでたら立ち上がれる奴かもしれない。治る奴かもしれない。だから急ぐな。焦るな。 おまえはまだ若い。視界もせまい。あせる気持ちもわかる。だが人生半分も生きてないだろう。よく見極めることだ。幸い、あんたに味方がないわけじゃあない。 かたどるのは紅でぬられた唇だけ、声にはならない。おどろいたサスケにツナデはふん、と笑った。 「血継限界なんかに重きはおかないと言ったろう?おまえ一匹、殺すのは簡単だよ。だがあたしは里のためにだけ動くし、里のためにだけある」 「どういう」 問いかけにかぶさるようにして簡潔に答えが返る。 「ナルトが生かされてるようにおまえにも使い道があるといってるのさ、おまえはおまえの価値をしりな。以上だ。……追って沙汰を申し渡す、今日は下がれ」 サスケが衛人に案内されて広間から消えるのを見送った里長はざっと裾をさばいて立ち上がった。 「―――さて、だんまりだったが否やはあるかい?」 「盗み聞きって怒らないんですか」 「忍びに盗み聞くなもないだろうさ。お前は目くじらたてるジジイ連中じゃあないだろう」 「里長の決定は火の意思です。一介の上忍ごときが口を出す問題ではないでしょ」 「まったく、弟子も弟子なら師匠も師匠だ」 型どおりのセリフをあいかわらずやる気のない口調でとなえる隻眼の男にかわいくないったらないね、と里長ははき捨てた。 「目付け役はだれです」 「安心しな、お前の名はない」 わだかまりを見抜かれたことにカカシが絶句し、覆面の下でにがにがしく口元をゆがめる。ツナデは莞爾と笑った。 「ただし、おまえの傘下であることだけは承服しな。なにせあの眼だ」 「―――わかってますよ」 (で、なんであのお方はこういうことなさるかね) まったく杜撰なんだから、とため息をつくカカシの後ろをサスケが歩いている。正真正銘、幻なんかじゃない、夢でもないサスケだ。身一つでつれてこられたものだから、ちいさな袋に衣類も全部おさまっている身軽な格好だ。サスケは黙々と歩いていたが町なかをぬけ坂道をくだりだしたところでカカシに声をかけた。 「おい」 「ん?」 「あんたんちに行くのか」 「ううん、ちがうよ。あ、でもこっちってそうか」 俺んちの方向だしねえ、とカカシは呟いて頭を掻いた。 「言うの忘れてたんだけどね、お前が住む部屋って、俺んとこの寮なのよ」 お前の部屋はもう処分されちゃったから、と言うと、さして驚いた風もなくサスケは頷きまた沈黙が落ちる。すでに拘置はされていない。だがサスケに泊まるところはない。里が安価で提供している寮に入るよう指示が下ったのだが、非番だったカカシにコレ幸いとおしつけられたのだった。 (別のとこにすみたいっていっても許可されるかはまあ、別だろうけど) ゆるやかに傾く坂道をくだれば、ならされた直土の道、まだ伸びきらないススキが青々としげり、蝶のようなポピーのオレンジが揺れている。初夏はつなつのにおいはなにも変わらない。まだうすい草いきれも瞬きのような夕暮れもぬるみだした短夜も、かわらなく同じだ。 数日前の雨で水かさをました川がながれる橋をわたると宿舎が見えだした。 昼間ということで住人のほとんどがではらっているのだろう、日もたかいから電気をつけていない分、うちっぱなしのコンクリートがむきだしの寮内の廊下や玄関は外から入ると、極端に暗い。サスケが鍵をうけとり頭をさげて管理人室からでてくるのをカカシは廊下で待ち、部屋番号をみながら階段をのぼる。 「俺んとこの、えーと、二つ隣かね」 「まだここに住んでんだな」 「なによ、今更」 「五年もたってりゃ引っ越してそうなもんだろ」 「色々めんどいからね、けっこうここお世話になってるし」 「じじくせえな」 「はは」 結局その日は埃をかぶった部屋をそうじするだけでおわってしまった。家具もなにもない、むきだしの床で寝せるのもなんだということで、サスケはカカシの部屋に泊まることになった。早い夕飯を終えてもまだ空は明るく、風もぬるいままだ。 床にしゃがみこんで洗い髪を拭いていたサスケが視線をあげるのに、カカシは明り取りの窓ガラスをあけた。かつかつと窓から飛び込んできた鳥がちいさく煙をあげて紙型にもどり、床にひらひらと落ちた。紙片に眼をおとしたままカカシは口を開く。 「えーと、下忍うちはサスケ、本日づけをもって上忍はたけカカシ監督下に復名を許す。……あれ、ちょっと待て」 ごそごそと机の引き出しをあさったカカシはないや、と呟いて踵をかえすと部屋のおくにあるベッドにのりあげ、サイドボードの引き出しを引っ張り出してごそごそとやる。サスケがうでを軽く組んだまま突っ立っていると、ベッドにこしかけたカカシは右手を差し出した。 「はい。預けとく」 カカシのよりも色鮮やかな藍い布地、鏡面のようで傷もあまりない鉢金にきざまれた木の葉かくれのしるし。 「ん?一任されたってことは渡していいのかな、ん?まだかも」 「……じゃあ、あんたが持ってろよ」 「じゃあお預けね」 ごそごそとまた同じように引き出しにしまいこむ背中をサスケは見下ろしていた。相変わらず緊張感というものがない。だがこの年にまでなるとわかる、一目で緊張感を与えないというのは恐ろしいことなのだ。手練れであるならなおさらのこと。 「そんで、サスケ」 「なんだ」 「ちょっと、こっち」 「なんだよ」 手招きされて近寄る間にカカシはよっこいしょ、と体を起こし、サスケの目の前に立った。三十センチほどしかない距離にたじろぐ前にカカシはふと眼差しをゆるめて笑った。 「ああ、やっぱり」 大きくなった、と呟く。時の流れが極端に早くなった気がする。猫だましをやられたように消えた建物や消えた人間、変わってしまったものに気がつき、たまにカカシは呆然とするときがある。 頭がもうカカシの眼のあたりぐらいだから身長は170を確実に越しているだろう。ナルトとどっちが高いだろうと思う。ナルトはそれこそ雨後のタケノコみたいに伸びた、サスケがいなくなってから。骨がいたくて寝れない、と相談をうけたこともあった。 「……あたりまえだろ?」 驚いた顔にカカシは曖昧に唇をもちあげて笑ったが、どうしようもなく悲しそうなことにサスケはまた驚く。カカシはふ、と今度はおかしそうに笑った。悲しい色は拭い去られたように消えていて、気のせいかとサスケは思う。 「あたりまえだろ」 「変な顔すんね、おまえ」 「……んだ、それ」 「なんでもないよ」 せいぜい数ヶ月しか時間はともにしなかった、だがこの五年間はサスケの不在だった。否応無しに時間が流れ出す。なんでだろうね、お前があのときから大きくなってるなんて想像もつかなかったんだよ。 「――――おかえり」 ナルトやサクラ、カカシのしらない痩せぎすの少年がいるだけで、写真の中いごこち悪そうに映っている少年はもうどこにもいないのだ。 |
「焼けない心臓 4」/カカシサスケ |
|